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第一章
◆チャプター5
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「火星にぃ……っ! 火星に農場ができちゃうぅぅぅううっ!」
上官から任務遂行の褒美として与えられた情交でこのような絶叫を上げていたアノニマは、それから数時間後、再び王の部屋に戻った。
「夜食をお持ち致しました」
銀髪の少女が机に置いたトレイには、切り分けたハムチーズトーストとサラダ、硬め仕上げのゆで卵が半分、スプーン一・二五杯分の砂糖及び粉ミルクを入れたコーヒーがある。
「ちゃんと食べてくださいね」
アイアンランドの中枢とも言える豪邸に住み、今や東西双方への傭兵派遣業で巨万の富を得るようになった精神的超人は、特別な用事がある時以外は基本的に朝昼晩毎日同じメニューを消化していた。
「うん」
バスローブから肩口や臀部をだらしなく覗かせているソフィアは部下に対し、ベッド上に力なく横たわりながら生返事を返す。白いシーツは乱れ、枕も足元で曲がっていた。情事が終わった直後のまま、片付けもせず放置されているのだ。
「後で食べるから」
長い黒髪の少女は澱み切った表情で、尽く自分の顔だけが乱暴に削り消された昔の写真を代わる代わる見続けている。
「人生における最大の悲劇は二つあるの。一つは、欲しいものが手に入ること。もう一つは、欲しいものが手に入らないこと」
「ソフィア様……」
スペクター全体から見ても非常に高度な戦闘能力を持つアノニマではあったが、上官が抱える深い心の闇だけはどうすることもできなかった。
「私は誰も手に入れられないものを手に入れた。でも……」
西側のスペクターがマスコット的な存在であるのに対し、東側のスペクターは大戦の初期から躊躇なく最前線に投入され、今日に至るまでの戦いでその大半が戦死していた。
そして、その多くはソフィアと親しい間柄にあった者達だった。
「ソフィア様が達成してきた偉業の数々は誰にでもできることではありません。地道な努力の賜物です。誰もが無理だと考えていたスペクターによる国家運営、生存圏の確立、経済基盤の安定化……」
それは遮るように口走ったアノニマの揺るぎない本心だったし、私情を抜いた客観的な見方でも間違いないと公言できる確証が彼女にはあった。
「私が保証します。だから、そろそろ自分を褒めてあげても良いと思います」
ソフィアはスペクターとして何の特殊能力も持たない一方、他のスペクターが決して真似できない精神力とバイタリティを持っていた。その部分をアノニマは心から尊敬している。
「ありがとう」
ソフィアは感謝を口にしつつも、「それでも」と付け加える。
「私が欲しいのはね、私の至らなさ故に死なせてしまった昔の仲間達と再会して、またあの頃みたいに楽しく過ごす毎日だけなの」
ソフィアの過去に以前何があったかを把握しているアノニマは、それが絶対に不可能であることを知っていた。
「それだけなのよ……」
「わかりました」
だが、だからこそ、今日も「それは無理でしょう」とは言えなかった。本人もそれを重々承知しているからこそ、過去に囚われて苦しみ続けているのだから。
「イルザ博士から『例のモノ』が完成したとの報告がありました」
だからアノニマは、今日もソフィアが内側から怪物に食い破られないように、現在進行形の対応すべき事項を自然な形で差し出す。
「ベルリン行きの飛行機は準備できています」
そうしないと、きっと彼女は正気ではいられなくなってしまうからだ。
上官から任務遂行の褒美として与えられた情交でこのような絶叫を上げていたアノニマは、それから数時間後、再び王の部屋に戻った。
「夜食をお持ち致しました」
銀髪の少女が机に置いたトレイには、切り分けたハムチーズトーストとサラダ、硬め仕上げのゆで卵が半分、スプーン一・二五杯分の砂糖及び粉ミルクを入れたコーヒーがある。
「ちゃんと食べてくださいね」
アイアンランドの中枢とも言える豪邸に住み、今や東西双方への傭兵派遣業で巨万の富を得るようになった精神的超人は、特別な用事がある時以外は基本的に朝昼晩毎日同じメニューを消化していた。
「うん」
バスローブから肩口や臀部をだらしなく覗かせているソフィアは部下に対し、ベッド上に力なく横たわりながら生返事を返す。白いシーツは乱れ、枕も足元で曲がっていた。情事が終わった直後のまま、片付けもせず放置されているのだ。
「後で食べるから」
長い黒髪の少女は澱み切った表情で、尽く自分の顔だけが乱暴に削り消された昔の写真を代わる代わる見続けている。
「人生における最大の悲劇は二つあるの。一つは、欲しいものが手に入ること。もう一つは、欲しいものが手に入らないこと」
「ソフィア様……」
スペクター全体から見ても非常に高度な戦闘能力を持つアノニマではあったが、上官が抱える深い心の闇だけはどうすることもできなかった。
「私は誰も手に入れられないものを手に入れた。でも……」
西側のスペクターがマスコット的な存在であるのに対し、東側のスペクターは大戦の初期から躊躇なく最前線に投入され、今日に至るまでの戦いでその大半が戦死していた。
そして、その多くはソフィアと親しい間柄にあった者達だった。
「ソフィア様が達成してきた偉業の数々は誰にでもできることではありません。地道な努力の賜物です。誰もが無理だと考えていたスペクターによる国家運営、生存圏の確立、経済基盤の安定化……」
それは遮るように口走ったアノニマの揺るぎない本心だったし、私情を抜いた客観的な見方でも間違いないと公言できる確証が彼女にはあった。
「私が保証します。だから、そろそろ自分を褒めてあげても良いと思います」
ソフィアはスペクターとして何の特殊能力も持たない一方、他のスペクターが決して真似できない精神力とバイタリティを持っていた。その部分をアノニマは心から尊敬している。
「ありがとう」
ソフィアは感謝を口にしつつも、「それでも」と付け加える。
「私が欲しいのはね、私の至らなさ故に死なせてしまった昔の仲間達と再会して、またあの頃みたいに楽しく過ごす毎日だけなの」
ソフィアの過去に以前何があったかを把握しているアノニマは、それが絶対に不可能であることを知っていた。
「それだけなのよ……」
「わかりました」
だが、だからこそ、今日も「それは無理でしょう」とは言えなかった。本人もそれを重々承知しているからこそ、過去に囚われて苦しみ続けているのだから。
「イルザ博士から『例のモノ』が完成したとの報告がありました」
だからアノニマは、今日もソフィアが内側から怪物に食い破られないように、現在進行形の対応すべき事項を自然な形で差し出す。
「ベルリン行きの飛行機は準備できています」
そうしないと、きっと彼女は正気ではいられなくなってしまうからだ。
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