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第三章(過去編)
◆チャプター28
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「ねぇ、怒ってる?」
シェルターに向かうため、周囲を傭兵達に守られて地下通路を進むソフィアは前を往くアノニマに恐る恐る声を掛けた。
「凄く怒っています」
アイアンランドに戻るなり、自分の恰好を棚に上げて「なんと破廉恥な!」と四号駆逐戦車の上からソフィアを引き摺り下ろした人物は一切振り返らなかった。
「ごめん」
上官からの謝罪で鼓膜を叩かれた銀髪鬼は立ち止まって振り向く。
「ごめっ……」
その目に涙が浮かび、唇も強く噛み締められていたのでソフィアは思わず顔を背けてしまうが、
「本当にそうお思いですか?」
アノニマは円陣を組んで自分達を守る多国籍兵士など存在していないかの如く一歩前に踏み出し、両手で上官の頬を掴む。
「本当に?」
そして薄紫の瞳から伸びる視線でソフィアの双眸を射抜いた。
「ソフィアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
壁の崩壊音と咆哮が地下空間を震わせたのは、柔らかな頬を掴まれている側が「思って……います」と心から発言した、まさにその瞬間である。
弾かれたように美女二名が見た先には不発に終わったパンツァーシュレックの成形炸薬弾を体中に突き刺しているチェーダが、進路上に立ちはだかる形で撃つ傭兵を蹴散らしながら迫ってくる姿があった。
「急いでシェルターへ!」
二人の周囲を固めていた戦狼達が一斉に駆け出し、イギリス人傭兵のニロンも前に出て銃撃に加わるが、最後の異形はダメージの蓄積著しい体を無数の弾丸で貫かれても構わず進む。
「間に合わない。ガラスを下ろせ!」
「了解!」
まだシェルターまで距離があることを知っているアノニマがそう叫ぶと天井で火花が散り、拘束を解かれた分厚い防弾ガラスが重力に引かれ始める。
透明な絶対的防壁の完成と、仲間達に続いてチェーダの凄まじき一撃を受けたニロンの鮮血と腸が床を汚すタイミングはほぼ同時。
外気に曝された臓物から湯気が立つ前に傭兵を殺し尽くしたチェーダの巨体が防弾ガラスに叩き付けられ、衝撃で解けた縫合跡から赤黒い液体が飛び散った。
「俺達はヴォルクタを――ヴォルクタを忘れていない!」
地下空間震わす気迫を受けて流石のアノニマも思わず数歩後退してしまうが、競泳水着を纏う黒髪の少女は逆に数歩前に出る。
「それで?」
ソフィアの表情や声色からは恐怖も怒りも伺えない。
何故なら彼女にとってのミュータント軍団は、そのような感情を抱くことさえ勿体ないような下位者だからだ。
「お前は自分達の居場所を守るために、俺達の居場所を潰した!」
アイアンランドの初仕事はヴォルクタに生活共同体を作り、そこを拠点として夜な夜な人を襲っていたミュータントの殲滅であった。
正規軍では対応できなかった問題を僅か二時間で制圧したことでソフィア達は内外にその実力を誇示できたが、潰された側にしてみれば、突如として居場所に攻め込んできた畜生共が自分達を踏み台にして実績を手に入れただけの大悪行に過ぎなかった。
「潰されるのが嫌だったら、誰も文句を言えないような強者になりなさい」
「そんなもの……そんなもの生き残った奴の傲慢だ!」
チェーダの怒りで空気が再び激震するが、何十回も全人格を破壊し尽くされ、罪悪感と自己正当化の狭間で常に苦しみ続けてきた人物の瞳色は変わらない。
「そうね。でも私は、そんな傲慢を口にしても許されるだけの対価を払ったわ。人を傷付けてしまうことで負った、一生消えない心の傷という対価をね」
ソフィアの両掌に死んでも消えないであろう、柔らかな腸の感触が蘇る。
死にたくない。助けて。家に帰りたい。
続いて脳裏に、自らの愚かさの象徴ともいえる少女達の声が再生された。
どちらも払拭したくて忘れたくて仕方ないものだ。だがスターリングラードのトラクター工場で体験して以来、ソフィアは何をやっても、何を手に入れても、絶対にこの二つから逃れられないでいる。
「でもね、悪いことばかりじゃないの」
ソフィアは革手袋から三分の二だけ伸びる右手人差し指で、向こう側で血滴を幾つも垂らしている異形の顔をガラス越しに一撫でした。
「対価を支払ったお陰で、私は誰よりも強くなれたんだから……」
微笑を浮かべたソフィアが左手の指を鳴らすとチェーダの後方の壁が爆破され、そこから現れたイルザ率いるドイツ兵――ヒトラーではなく、彼女だけに忠誠を尽くす事実上の私兵――が一斉に最後の敵への射撃を開始する。
「私は誰かのせいにしないと自分を守れない、最低の人間だから……」
ソフィアは無残に打ちのめされていくチェーダを視界に捉えながら一人語る。
聞いてもらうつもりも、理解してもらうつもりも毛頭なかったが。
「戦時国債の販促ばかりしている西側のスペクター達が最前線で戦ってくれれば、自分はこんな苦しみを背負うことはなかったと思ってるの」
小銃擲弾を撃ち込まれたチェーダの右前腕部が千切れて宙を舞う。
「だから制裁として、彼女達に自分と同じ苦しみを与えてやる」
続いてFG42自動小銃の掃射で左足首が吹き飛び、巨体が床に倒れ込んだ。
「だって私には復讐者としての正当極まる資格があり、連中には裁かれるだけの十分過ぎる理由があるんですもの」
今や残る四肢が左手一本のみとなったミュータントからの返答は「楽しそうでいいもんだな!」という心からの侮蔑が込められたものだったが、言われた側は表情に浮かべている愉悦の色合いをより濃くするだけだった。
「貴方は今、私に対して『地獄に堕ちろ』と思ってる筈」
ソフィアが醒め切った視線を向ける先で、褐色肌の狂人が金メッキが施されたルガーP08拳銃を半ば肉塊と化したチェーダの左側頭部に押し当てる。
「大丈夫よ。私はもう、とうの昔に地獄に堕ちているから」
そしてソフィアが諦観の滲む口調でそう呟いた直後、発砲音と共にガラス面が真紅に染まった。
シェルターに向かうため、周囲を傭兵達に守られて地下通路を進むソフィアは前を往くアノニマに恐る恐る声を掛けた。
「凄く怒っています」
アイアンランドに戻るなり、自分の恰好を棚に上げて「なんと破廉恥な!」と四号駆逐戦車の上からソフィアを引き摺り下ろした人物は一切振り返らなかった。
「ごめん」
上官からの謝罪で鼓膜を叩かれた銀髪鬼は立ち止まって振り向く。
「ごめっ……」
その目に涙が浮かび、唇も強く噛み締められていたのでソフィアは思わず顔を背けてしまうが、
「本当にそうお思いですか?」
アノニマは円陣を組んで自分達を守る多国籍兵士など存在していないかの如く一歩前に踏み出し、両手で上官の頬を掴む。
「本当に?」
そして薄紫の瞳から伸びる視線でソフィアの双眸を射抜いた。
「ソフィアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!」
壁の崩壊音と咆哮が地下空間を震わせたのは、柔らかな頬を掴まれている側が「思って……います」と心から発言した、まさにその瞬間である。
弾かれたように美女二名が見た先には不発に終わったパンツァーシュレックの成形炸薬弾を体中に突き刺しているチェーダが、進路上に立ちはだかる形で撃つ傭兵を蹴散らしながら迫ってくる姿があった。
「急いでシェルターへ!」
二人の周囲を固めていた戦狼達が一斉に駆け出し、イギリス人傭兵のニロンも前に出て銃撃に加わるが、最後の異形はダメージの蓄積著しい体を無数の弾丸で貫かれても構わず進む。
「間に合わない。ガラスを下ろせ!」
「了解!」
まだシェルターまで距離があることを知っているアノニマがそう叫ぶと天井で火花が散り、拘束を解かれた分厚い防弾ガラスが重力に引かれ始める。
透明な絶対的防壁の完成と、仲間達に続いてチェーダの凄まじき一撃を受けたニロンの鮮血と腸が床を汚すタイミングはほぼ同時。
外気に曝された臓物から湯気が立つ前に傭兵を殺し尽くしたチェーダの巨体が防弾ガラスに叩き付けられ、衝撃で解けた縫合跡から赤黒い液体が飛び散った。
「俺達はヴォルクタを――ヴォルクタを忘れていない!」
地下空間震わす気迫を受けて流石のアノニマも思わず数歩後退してしまうが、競泳水着を纏う黒髪の少女は逆に数歩前に出る。
「それで?」
ソフィアの表情や声色からは恐怖も怒りも伺えない。
何故なら彼女にとってのミュータント軍団は、そのような感情を抱くことさえ勿体ないような下位者だからだ。
「お前は自分達の居場所を守るために、俺達の居場所を潰した!」
アイアンランドの初仕事はヴォルクタに生活共同体を作り、そこを拠点として夜な夜な人を襲っていたミュータントの殲滅であった。
正規軍では対応できなかった問題を僅か二時間で制圧したことでソフィア達は内外にその実力を誇示できたが、潰された側にしてみれば、突如として居場所に攻め込んできた畜生共が自分達を踏み台にして実績を手に入れただけの大悪行に過ぎなかった。
「潰されるのが嫌だったら、誰も文句を言えないような強者になりなさい」
「そんなもの……そんなもの生き残った奴の傲慢だ!」
チェーダの怒りで空気が再び激震するが、何十回も全人格を破壊し尽くされ、罪悪感と自己正当化の狭間で常に苦しみ続けてきた人物の瞳色は変わらない。
「そうね。でも私は、そんな傲慢を口にしても許されるだけの対価を払ったわ。人を傷付けてしまうことで負った、一生消えない心の傷という対価をね」
ソフィアの両掌に死んでも消えないであろう、柔らかな腸の感触が蘇る。
死にたくない。助けて。家に帰りたい。
続いて脳裏に、自らの愚かさの象徴ともいえる少女達の声が再生された。
どちらも払拭したくて忘れたくて仕方ないものだ。だがスターリングラードのトラクター工場で体験して以来、ソフィアは何をやっても、何を手に入れても、絶対にこの二つから逃れられないでいる。
「でもね、悪いことばかりじゃないの」
ソフィアは革手袋から三分の二だけ伸びる右手人差し指で、向こう側で血滴を幾つも垂らしている異形の顔をガラス越しに一撫でした。
「対価を支払ったお陰で、私は誰よりも強くなれたんだから……」
微笑を浮かべたソフィアが左手の指を鳴らすとチェーダの後方の壁が爆破され、そこから現れたイルザ率いるドイツ兵――ヒトラーではなく、彼女だけに忠誠を尽くす事実上の私兵――が一斉に最後の敵への射撃を開始する。
「私は誰かのせいにしないと自分を守れない、最低の人間だから……」
ソフィアは無残に打ちのめされていくチェーダを視界に捉えながら一人語る。
聞いてもらうつもりも、理解してもらうつもりも毛頭なかったが。
「戦時国債の販促ばかりしている西側のスペクター達が最前線で戦ってくれれば、自分はこんな苦しみを背負うことはなかったと思ってるの」
小銃擲弾を撃ち込まれたチェーダの右前腕部が千切れて宙を舞う。
「だから制裁として、彼女達に自分と同じ苦しみを与えてやる」
続いてFG42自動小銃の掃射で左足首が吹き飛び、巨体が床に倒れ込んだ。
「だって私には復讐者としての正当極まる資格があり、連中には裁かれるだけの十分過ぎる理由があるんですもの」
今や残る四肢が左手一本のみとなったミュータントからの返答は「楽しそうでいいもんだな!」という心からの侮蔑が込められたものだったが、言われた側は表情に浮かべている愉悦の色合いをより濃くするだけだった。
「貴方は今、私に対して『地獄に堕ちろ』と思ってる筈」
ソフィアが醒め切った視線を向ける先で、褐色肌の狂人が金メッキが施されたルガーP08拳銃を半ば肉塊と化したチェーダの左側頭部に押し当てる。
「大丈夫よ。私はもう、とうの昔に地獄に堕ちているから」
そしてソフィアが諦観の滲む口調でそう呟いた直後、発砲音と共にガラス面が真紅に染まった。
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