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第四章
◆チャプター31
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一九四九年九月六日。
「長耳を生やした鼠共よ! そこで死ねることを光栄に思え!」
降伏勧告の完全拒絶から約十分後――M3ハーフトラックの車上でアノニマが無線機越しに叫んだ刹那、かつてソ連の一大軍閥が事実上の第三勢力として行う傭兵派遣業の拠点としていたアイアンランドに対する総攻撃が始まった。
『戦後の午後六時に!』
瞬く間に半ば崩落した強化コンクリート防壁で四方を囲まれている東欧某所の元武装要塞国家は、意気揚々と大侵攻するも旧アイアンランドの傭兵部隊こと、現『キーボルク大隊』の反撃でその中に閉じ込められたドイツ軍の処刑場と化す。
「撃て!」
仰角を付けた数十門の百五十ニミリ榴弾砲が発射の反動で次々に跳ね上がり、少し離れた場所では横一列に並ぶトラックの車体からカチューシャ・ロケットが負けじと死を放つ。
「私はやれるだけのことをやったのよ」
レンズ内で車体後部に傭兵を乗せた(タンクデサント)T‐34/85中戦車やJS‐2重戦車が猛進撃している双眼鏡を一旦下ろした攻勢側の指揮官は、敬愛する上官の言葉を不意に思い出した。
そこから少しだけ、どんな戦場であろうとも黒いマイクロビキニに身を包む、銀髪と薄紫の双眸の持ち主は午前六時の地獄から記憶の宮殿に足を運ぶ。
「だからもう、いいんじゃないかなって……」
ソフィア・マリューコヴァが打ちひしがれた様子でアノニマにそう言ったのは一九四九年八月十日である。
喜んでその命を捨てる味方と同じ位、心の底から死んでくれと願っている敵が米英軍・ソ連軍・ドイツ軍の全ての中に存在する状態で一秒も気を抜けぬ日々を過ごしてきた彼女の糸は、逃亡先のスペインで遂に切れてしまった。
「これがね、これが私の結果なのよ……!」
当時ソフィアはフランコ総統から与えられた邸宅に到着してからというもの、ほとんど一日中自室の机に視線を落とし続けるだけの日々を送っていた。
「優しい言葉を掛けてもらえるとでも思いましたか?」
最初こそ大目に見ていたアノニマだったが、三日目の朝にとうとう言わないと『正気ではいられなくなり』、改造軍服から腹筋と肉感的な太腿を露出させている紅瞳の持ち主にそう告げたことをはっきりと覚えている。
「貴方は越えてはならぬ一線の向こう側にいる。自分自身の歪んだ目的のために何百万という人間を死なせた貴方は、もうただの少女には戻れない」
東部戦線のチェルカッスィ包囲戦やユーゴスラビアのドルヴァルで戦ってきたスペクターは同種に対して続けた。
「そして貴方が諦めた後、今までの人生で一度も戦ったことがない分際で貴方を笑ってきた連中は『当然の結果だ。ざまあみろ』とソフィア・マリューコヴァの墓標に糞を塗りたくるでしょう」
アノニマがそこまで言い終えた時には、ソフィアは早くも握り締めた両の拳を激しく震わせ、右口端から鮮血を一筋滴らせるようになっていた。
「ふふっ」
現実世界に帰還したアノニマは、コルダイト火薬の臭気で鼻腔を突かれながら口元を緩める。
結局アイアンランドの元首長が諦めなかったのは、現在こうして東欧の片隅で恐るべき死と破壊が勢い良く弾け飛んでいることで証明されている。
アノニマは、それが嬉しくてたまらなかった。
注1 フランシスコ・フランコ。スペインの最高指導者。
注2 ナチスとの戦いが激化する中、世界各地で現れたドイツ軍に抗う少女達。
「長耳を生やした鼠共よ! そこで死ねることを光栄に思え!」
降伏勧告の完全拒絶から約十分後――M3ハーフトラックの車上でアノニマが無線機越しに叫んだ刹那、かつてソ連の一大軍閥が事実上の第三勢力として行う傭兵派遣業の拠点としていたアイアンランドに対する総攻撃が始まった。
『戦後の午後六時に!』
瞬く間に半ば崩落した強化コンクリート防壁で四方を囲まれている東欧某所の元武装要塞国家は、意気揚々と大侵攻するも旧アイアンランドの傭兵部隊こと、現『キーボルク大隊』の反撃でその中に閉じ込められたドイツ軍の処刑場と化す。
「撃て!」
仰角を付けた数十門の百五十ニミリ榴弾砲が発射の反動で次々に跳ね上がり、少し離れた場所では横一列に並ぶトラックの車体からカチューシャ・ロケットが負けじと死を放つ。
「私はやれるだけのことをやったのよ」
レンズ内で車体後部に傭兵を乗せた(タンクデサント)T‐34/85中戦車やJS‐2重戦車が猛進撃している双眼鏡を一旦下ろした攻勢側の指揮官は、敬愛する上官の言葉を不意に思い出した。
そこから少しだけ、どんな戦場であろうとも黒いマイクロビキニに身を包む、銀髪と薄紫の双眸の持ち主は午前六時の地獄から記憶の宮殿に足を運ぶ。
「だからもう、いいんじゃないかなって……」
ソフィア・マリューコヴァが打ちひしがれた様子でアノニマにそう言ったのは一九四九年八月十日である。
喜んでその命を捨てる味方と同じ位、心の底から死んでくれと願っている敵が米英軍・ソ連軍・ドイツ軍の全ての中に存在する状態で一秒も気を抜けぬ日々を過ごしてきた彼女の糸は、逃亡先のスペインで遂に切れてしまった。
「これがね、これが私の結果なのよ……!」
当時ソフィアはフランコ総統から与えられた邸宅に到着してからというもの、ほとんど一日中自室の机に視線を落とし続けるだけの日々を送っていた。
「優しい言葉を掛けてもらえるとでも思いましたか?」
最初こそ大目に見ていたアノニマだったが、三日目の朝にとうとう言わないと『正気ではいられなくなり』、改造軍服から腹筋と肉感的な太腿を露出させている紅瞳の持ち主にそう告げたことをはっきりと覚えている。
「貴方は越えてはならぬ一線の向こう側にいる。自分自身の歪んだ目的のために何百万という人間を死なせた貴方は、もうただの少女には戻れない」
東部戦線のチェルカッスィ包囲戦やユーゴスラビアのドルヴァルで戦ってきたスペクターは同種に対して続けた。
「そして貴方が諦めた後、今までの人生で一度も戦ったことがない分際で貴方を笑ってきた連中は『当然の結果だ。ざまあみろ』とソフィア・マリューコヴァの墓標に糞を塗りたくるでしょう」
アノニマがそこまで言い終えた時には、ソフィアは早くも握り締めた両の拳を激しく震わせ、右口端から鮮血を一筋滴らせるようになっていた。
「ふふっ」
現実世界に帰還したアノニマは、コルダイト火薬の臭気で鼻腔を突かれながら口元を緩める。
結局アイアンランドの元首長が諦めなかったのは、現在こうして東欧の片隅で恐るべき死と破壊が勢い良く弾け飛んでいることで証明されている。
アノニマは、それが嬉しくてたまらなかった。
注1 フランシスコ・フランコ。スペインの最高指導者。
注2 ナチスとの戦いが激化する中、世界各地で現れたドイツ軍に抗う少女達。
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