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第四章
◆チャプター32
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「報告致します。先程アイアンランドのドイツ軍部隊に対し、キーボルク大隊の総攻撃が開始されました。ブダペスト筋の信頼できる情報です」
たった今朝食を済ませたばかりのJDは秘書からの報告を受けて、中立国たるスイスの某所に建つ屋敷内の一室で嬉しそうに微笑んだ。
「多くの罪を重ね、全てを否定されてもなお生きようとする」
ジョン・ドゥに因んだ偽名を好き好んで用いるこの資産家は、ファシズムにもボルシェヴィズムにも一切興味を示さない。
「やはり彼女は最高のアーティストだ」
いつものように手元で葉を弄る彼が感心を抱くのは『人が必死で運命に抗って生きようとする姿』のみであり、それに強い美意識を感じているからこそ悪夢のスターリングラード攻防戦で大勢の仲間を死なせて僻地に追放されたソフィアに手を差し伸べ、彼女に復讐を誓った者達にも支援を行ってきた。
「ボヘミアの伍長も少しは見習うべきだ」
呆れ混じるJDの発言は、一九四六年終盤から始まったアドルフ・ヒトラーとナチスドイツによる世界支配が結局のところ、到底三年目を無事終えられそうにないことに起因している。
今年初頭に戦力再建に成功した連合軍が西海岸・カナダ・メキシコ方面からの攻撃で北米大陸を即時奪還したかと思えば、間髪入れず六月にはウラル地方から突如出現した新興勢力『神聖ロシア帝国』によってユーラシア大陸のドイツ軍は北のソスノヴィ・ボールから南のオデッサに至る線まで押し戻されていた。
この状況下でソフィアと彼女が率いる軍閥は根拠地としていたピッツバーグを放棄した上で北米から脱出、中立的立場を取るスペイン経由でアイアンランドに出戻るが、ロシア側への再合流を危惧したヒトラーは同地への侵攻を指示した。
東部戦線で四百キロも突出したドイツ中央軍集団の正面には、首都ベルリンを最終目標する大軍が控えているにも関わらず……。
「今度こそあの女狐も終わりだろう」
とはいえアイアンランド時代からソフィアを忌み嫌う者達は世界各地で密かに溜飲を下げていた。何せ正規軍と消耗し切った武装集団の戦いなのである。
こうして一九四二年のドン川周辺が雪なき季節に再現されることとなった。
ソフィアの『キーボルク大隊』はドイツ軍をアイアンランド内部に引き込んで凄惨極まる市街戦を展開、その後無数の航空機や戦車及び火砲を持つ予備兵力を投入して包囲してしまった。
そして今日、大隊の名を持ったまま巨大化した軍集団は降伏勧告を無視した孤立地帯に容赦ない総攻撃を仕掛けたのである。
「世界は団結して彼女を阻止した。これ以上の厄災を起こさぬように」
今もソフィアから支援金の返済を受け続けているパトロンは秘書が机に置いたカップを手に取ると、いつも通り落ち着いた様子で中の紅茶を一啜りした。
「だが世界は何も理解していない。ソフィアは厄災を引き起こすのではないよ。彼女自身が大いなる厄災なのだ」
そして小音を立ててカップをソーサーに戻し、机上のアイアンランドの地図を食い入るように見つめた。
きっと現地は今頃、魔女の大釜と化しているであろう!
たった今朝食を済ませたばかりのJDは秘書からの報告を受けて、中立国たるスイスの某所に建つ屋敷内の一室で嬉しそうに微笑んだ。
「多くの罪を重ね、全てを否定されてもなお生きようとする」
ジョン・ドゥに因んだ偽名を好き好んで用いるこの資産家は、ファシズムにもボルシェヴィズムにも一切興味を示さない。
「やはり彼女は最高のアーティストだ」
いつものように手元で葉を弄る彼が感心を抱くのは『人が必死で運命に抗って生きようとする姿』のみであり、それに強い美意識を感じているからこそ悪夢のスターリングラード攻防戦で大勢の仲間を死なせて僻地に追放されたソフィアに手を差し伸べ、彼女に復讐を誓った者達にも支援を行ってきた。
「ボヘミアの伍長も少しは見習うべきだ」
呆れ混じるJDの発言は、一九四六年終盤から始まったアドルフ・ヒトラーとナチスドイツによる世界支配が結局のところ、到底三年目を無事終えられそうにないことに起因している。
今年初頭に戦力再建に成功した連合軍が西海岸・カナダ・メキシコ方面からの攻撃で北米大陸を即時奪還したかと思えば、間髪入れず六月にはウラル地方から突如出現した新興勢力『神聖ロシア帝国』によってユーラシア大陸のドイツ軍は北のソスノヴィ・ボールから南のオデッサに至る線まで押し戻されていた。
この状況下でソフィアと彼女が率いる軍閥は根拠地としていたピッツバーグを放棄した上で北米から脱出、中立的立場を取るスペイン経由でアイアンランドに出戻るが、ロシア側への再合流を危惧したヒトラーは同地への侵攻を指示した。
東部戦線で四百キロも突出したドイツ中央軍集団の正面には、首都ベルリンを最終目標する大軍が控えているにも関わらず……。
「今度こそあの女狐も終わりだろう」
とはいえアイアンランド時代からソフィアを忌み嫌う者達は世界各地で密かに溜飲を下げていた。何せ正規軍と消耗し切った武装集団の戦いなのである。
こうして一九四二年のドン川周辺が雪なき季節に再現されることとなった。
ソフィアの『キーボルク大隊』はドイツ軍をアイアンランド内部に引き込んで凄惨極まる市街戦を展開、その後無数の航空機や戦車及び火砲を持つ予備兵力を投入して包囲してしまった。
そして今日、大隊の名を持ったまま巨大化した軍集団は降伏勧告を無視した孤立地帯に容赦ない総攻撃を仕掛けたのである。
「世界は団結して彼女を阻止した。これ以上の厄災を起こさぬように」
今もソフィアから支援金の返済を受け続けているパトロンは秘書が机に置いたカップを手に取ると、いつも通り落ち着いた様子で中の紅茶を一啜りした。
「だが世界は何も理解していない。ソフィアは厄災を引き起こすのではないよ。彼女自身が大いなる厄災なのだ」
そして小音を立ててカップをソーサーに戻し、机上のアイアンランドの地図を食い入るように見つめた。
きっと現地は今頃、魔女の大釜と化しているであろう!
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