ナチス最終兵器 サメ人間

名無しの東北県人

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第四章

◆チャプター43

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「飛んだ茶番だったわね……」
 失笑劇を終えて一人歩くソフィアの周囲はまるで、あちこちに臭い焼け焦げが窺える巨大なガラクタ市だった。
「相手して損したわ」
 撃破されたドイツ製ハーフトラックの横には操縦手の炭化死体。更に荷台には、つい数時間前まで負傷兵だったものが詰め込まれている。
 そして天を仰ぐ八十八ミリ高射砲の残骸を始めとする軍資材の山や、脇腹から肉を切り取られた牛馬の死屍累々。
「貴方達を殺すつもりはないわ」
 ソフィアが気配に気付いたのは、ちょうど『美しき病よ、我々は待っている。貴方が絶望から救ってくれるのを』と書かれた壁の前に差し掛かった時である。
「もう十分に殺したから……」
 キーボルク大隊の頭領が視線を巡らせると、疲労困憊の極みにある敗残兵エルフ達が廃墟のあちこちから自分に銃口を向けていた。
「じゃあ教育してあげないとね」
 発砲音と風圧を感じる程に右頬の近くを掠めた七・九二ミリ弾、更に視線先で舞い上がった土煙をソフィアは返答として受け取る。
「エグゾ」
 光学迷彩で透明に不可視化されている右スイッチを親指で二回、左トリガーを人差し指で一度操作してから呟くと、彼女専用に調整されたエグゾスケルトンはその禍々しいフォルムを露にした。
「私には絶対勝てないって」
 ソフィアは整った顔を左方に向け、ロンメルのDAKが北アフリカで発見したエネルギー・コアなる結晶体で動く重武装強化外骨格装備で敵を見る。
「イワンの親玉が!」
 すぐに見られている側だけではなく全方位から無数の弾丸が叩き込まれるが、システムエラーで軍服が透明になり、今は下着として常用している、アノニマと同じ赤い星付きマイクロビキニに肘・膝パッドを取り付けた姿になっている者は唸りを上げる鉄の長帯をアクティブ防護システムで弾きつつ前進した。
「ただのお山の大将よ」
 ソフィアは右手を前に出し、左手同様シールドの内側に縦二連式で装備されたPPSh‐41短機関銃を猛連射――大量の七・六二ミリ弾で数名を撃ち倒すと飛翔して敵の背後に降着、今度は盾先を用いて三名を殴り殺す。
「全ての弾丸が当たるに非ず」
 直後、右後方の建造物からPTRS1941対戦車ライフルで狙い撃ちされたソフィアは貫通こそ防いだものの衝撃で四つん這いになってしまう。
「降伏より死を選ぶ者は破れず」
 しかしその体勢のまま、バックユニットの右側アーム部にマウントされている七十五連サドルマガジン付きMG34軽機関銃をすぐさま自動旋回させて反撃し射撃者を地獄へ送る。
「そして旗手倒るるも」
 一人語りつつ起き上がったソフィアはエルフ達に引っ張られてきた車輪付きFlak38二十ミリ機関砲にホバーを用いた超信地旋回で体の正面を向け、
「軍旗は高し」
 バックユニット左部の六連装ランチャーを連射する。やや短く切り詰められたパンツァーシュレックからの三連撃で吹き飛んだ死体は大爆風で金属部品と共にこれでもかと引き裂かれた。
「呼吸すらおこがましい、神が認めた無法者め」
 短時間の戦闘でドイツ軍部隊を一方的に壊滅させたソフィアだったが、彼女はまだ帰還を許されなかった。人間でもエルフでもない敵が現れたのである。
「一体何人殺せば満たされる……!」
 先程死体から奪ったMP40短機関銃を瓦礫の上から怨敵に向けるレベッカは関節が真っ白になる位、強く得物のグリップを握っていた。
「言いたいことを言いなさい」
 ソフィアは人間の姿に戻っている一九四五年冬の生き残りを見上げた。恐らく駅からここまでずっと追ってきたのだろう。
「私は悪く言われるだけのことを山程してきたし、特にミュータントの貴方には誰よりも私を憎む資格がある」
「テメェ……」
 どこか他人事のように聞こえる響きさえ含まれている言葉を受けたレベッカは歯軋り音を大きくする。
 お前のせいで俺達はヴォルクタという居場所を失い、腐れナチス共に協力して生きる以外の人生を失ったというのに!
「変な話だけど……それは私が保証するわ」
 しかしレベッカがエルフの出自や胸中、故郷に大して関心を抱かなかったのと同じように、ソフィアもまた彼女の内面を想像することはなかった。
 所謂『こういったこと被害者の復讐』はこれまで何回も何十回も繰り返されてきたことだし、これからも延々と続いていくだろう。
 ソフィアが今後どれだけ善行を重ねても、どれだけ深い罪悪感に苛まれても、彼女に傷付けられた者達はアイアンランドやノヴォ・ソフィアの元首長を決して許さないのと同じように。
「貴方は私を全力で殺そうとするけど、私はあらゆる手段を使って抵抗する」
 故にソフィアは反論も自己正当化も否定もせず、ただこれから起こるであろう出来事だけを口にした。
「貴方の肉を裂き、骨を砕き、最後は首と胴体を切り離す」
「随分と自信満々だな」
「ごめんなさい。でもわかるのよ」
「頭飛んでやがるぜ……」
 暴虎馮河ぼうこひょうがの勇を重ね、あらゆる闇を見てきた人物は寂しげに微笑んで「他にもわかることがある」とレベッカに返す。
「一つ目」
 ソフィアは語る。
 自分は死んで当然の悪人で、許してほしいと思うのもおこがましい程の大罪を重ねてきた。しかし、絶対にこの世界から消えることはない。
「二つ目」
 ソフィアは語る。
 自分の人生は七年前のスターリングラードで完全に終わった。でも生きたい。どれだけ憎まれても、恥知らずと罵られても生きていたい。
「つまり自分が悪いとはカケラ程も思っていない訳だ」
 レベッカの失笑がコルダイト火薬臭い空気を震わせ、
「お前、化け物の俺よりも遥かに化け物らしいよ」
 言い終えるや否や隆起し始めた皮膚によってイギリス自由軍団用の制服が破れ、隠れていた天使の羽のタトゥーから触手が伸びていく。
「だったら俺が終わらせてやる」
 しかし変身によって大きく裂けた口や、眼帯の裏から現れた赤い巨眼を見てもソフィアは全く動じない。
「終わらないわ。私は、あまりにも強くなり過ぎてしまったから……」
 最強最悪のミュータントが凄まじき雄叫びと共に飛び掛かってきても、それは何一つ変わらなかった。
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