31 / 52
第一章
死なないで
しおりを挟む「……殿下!」
呼びかけても呼びかけても、クロードは目を覚まさない。
繋いだ手から力も抜けていくようだ。
ハァハァハァ
それどころか段々、呼吸も荒くなり息すらしづらそうに見える。
(わたくしは、一体どうしたらっ!)
大切な人が突然倒れると言う出来事に、エルシアは混乱してしまう。
職員は町医者を呼びに行ったようだ。
それを待つしかないのだろうか。
「姉上! 殿下に何が!?」
そんな彼女の前に現れたのは、弟のカインであった。
「カ、カイン何故ここに? 殿下が! 殿下がいきなりお倒れになったらしいの」
「そんなことは今はいい! 落ち着いて姉上! 殿下の命が懸ってるんだぞ!!」
錯乱した様子のエルシアの肩を、カインは両手でガシリと押さえつける。
その言葉にエルシアの目は大きく見開かれた。
(……しっかりしなくては)
1つ大きな深呼吸をして。
エルシアは心配そうに周りを取り囲む子供達に目を向ける。
ーーこの子達なら、何か見ていたかもしれないわ
「……誰か、殿下が倒れた時の様子を知らないかしら?」
エルシアの問いかけに、ポツリポツリと拙い言葉で話し出す子供達。
ーーカナって子が黒いパンを渡して、殿下が倒れた
(……毒物を摂取したってことかしら)
病ではないのなら。
エルシアはクロードの喉に指を突っ込む。
おぇっ
気持ち悪さにクロードがえづき出した。
(お願い! 吐いて!!)
「あ、姉上! 何を?!」
カインの制止の声も聞かず、エルシアはひたすら続ける。
すると、クロードはエルシアのスカートに吐瀉物を吐き出した。
彼女はそれを簡単に拭うと、スッと立ち上がりカインに命じる。
その佇まいには王者の風格が垣間見えた。
「貴方は今すぐ伯爵家に戻り、王宮医を全て集めるよう城に早馬を出しなさい」
(……名だたる王宮医なら、毒の種類も分かるかもしれないわ)
エルシアの言葉にカインは頷く。
「分かりました。父上にも伝えます!」
そう言ってカインは急いで孤児院を出る。
エルシアもクロードを連れて馬車に乗り込むと、残った職員達にも言葉をかけた。
「今起きたことは他言無用です。カナという子供も探しなさい。そして城から連絡があるまでは、決して誰も孤児院から出さないように」
「畏まりました」
事の重大さに青ざめた職員達が一斉に頭を下げた。
彼女が頷くと、馬車は猛スピードで駆け始める。
このスピードなら半刻程で城に着けるだろうか。
「……殿下」
エルシアの腕の中で、苦しそうに顔を歪めているクロード。
ーーこのまま、殿下の意識が戻らなかったら、どうしよう。
嫌だ、そんなの絶対に嫌。
エルシアは恐ろしい考えを追い出すように、大きく首を振る。
(お願いだから。死なないで)
祈りを込めて彼の手を強く握りしめるが、その手が握り返してくれることはない。
男性らしく、逞しい手。
エルシアが両手で握っても溢れてしまうくらいなのに、今はその力強さを感じることはなくて。
そればかりか袖口から見える腕全体が、いつの間にか黒い斑点に覆い尽くされているではないか。
ーーわたくしが代わって差し上げられたら、どんなにいいか。
エルシアの目からは大粒の涙がこぼれ落ちた。
「わたくし、まだなにも。なに一つ殿下に大事なことは、お伝え出来ていませんわ」
クロードへの尊敬も感謝も。
そして何より、この気持ちも。
ーー殿下。わたくし殿下がこんなにも好きで好きでたまりません
「……愛しています」
けれど、初めて口に出したその言葉は、彼の耳には届かない。
それでもエルシアは祈り続けることしか出来ないのであった。
★
城に到着すると。
ケインと数十人の王宮医が待ち受けていた。
「殿下をこちらに!」
医師達にクロードを託した安堵でエルシアの体から力が抜ける。
「エルシア嬢! お気を確かに」
その場に倒れないよう、ケインが肩を支えてくれた。
「ケインさん。わたくし、殿下の異変に気が付かなかったの……」
見知った顔を見たことで、エルシアの胸に後悔が押し寄せてくる。
ーー殿下の一番近くにいたはずなのに。
わたくしが、もっとちゃんと見ていたら。
「エルシア嬢のせいではありませんよ。殿下が元々、王族にしては無謀な所があるんです。目が覚めたら、一緒にお灸を据えてやりましょう」
ケインは、エルシアを気遣ってワザと明るく言う。
「それに、見事な采配でした。知らせを受けてすぐ陛下にも早馬を出しましたし、すぐにお戻りになるでしょう。ですから、エルシア嬢もお召し替えをなさって一息ついて下さい」
「それは心強いわ。ありがとう」
ケインに指摘されて、エルシアは汚れたスカートの存在に改めて気が付いた。
侍女達がやって来て、両脇から支えてくれる。
そのまま自室に向かおうとするエルシアに、ケインは礼を言った。
「ああ、あと。カイン殿が後から送って下さった研究結果も専門家に回しておきました。興味深いものをありがとうございます」
何のことかは分からなかったが、疲れ切ったエルシアはただ小さく頷き、歩き出したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています
腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。
「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」
そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった!
今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。
冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。
彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜
しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」
公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。
死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」
目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。
「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」
隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。
そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……?
「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」
資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした
鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました
幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。
心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。
しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。
そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた!
周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――?
「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」
これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる