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第一章
カザルス〜王都へ
しおりを挟む(くそっ! 何でただの井戸水がこんなに重いんだっ)
棒の両端に括り付けられた、二つのバケツを両肩で支えて歩くカザルス。
彼は今にも転びそうなくらいフラフラだ。
だが、前を歩く老人は老人とも思えない健脚でしっかりと歩いて行く。
「そんなんじゃ、ダメだの。日が暮れるぞ」
呆れ返った声で注意されても、これ以上は早く進めない。
老人はサッサと行ってしまう。
だが、休み休み行くカザルスの目に入った物があった。
荒れ地に生えている数本の小麦だ。
「……小麦は育たないんじゃないのか」
その呟きは2周目の水汲みで、彼の隣に並んだ老人の耳に入ったようだった。
「あれは合併前に、先祖達が小麦を育てようとした名残よの。年に数本しか生えんから結局、腹の足しにはならんがの」
(……そうなのか)
カザルスの頭に何かが浮かぶ。
だが、その考えが形になる前に。
草むらから、小刀を持った刺客が飛び出して来た。
「小麦を寄越せ! 何処にある!!」
刺客は近くにいたカザルスに、真っ直ぐ向かってくる。
「うわぁぁぁ」
バッシャーーン
転んだ拍子に、井戸水が地面に溢れ落ちた。
(さ、さ、刺される!)
だが、実際はそうならなかった。
隣にいたはずの老人がカザルスの前に飛び出し、彼の懐刀を使って刺客と相討ちになっていたからだ。
「お、おい! 大丈夫か!?」
血塗れで倒れた老人は荒い息をしている。
刺客の方は心臓を貫かれ、こと切れていた。
カザルスが老人を背負って何とか砦に帰ると、騒ぎを聞きつけた首領が戦から戻って来ていた。
「……爺サマ!」
首領は手慣れたように、老人を手当していく。
だが、その傷口を見て青ざめた。
ーー蛇の毒が塗られている。
何でも、この地方には毒消しのネバネバ草があり、それは万能に近い毒消しの効力を持つそうだ。
だが、蛇の毒だけには聞かず、最近それを知った隣国が毒塗りの剣を使ってくるらしい。
皆が、涙を流す。
その場の空気は諦めに満ちていた。
「……医者を呼べばいいじゃないか。蛇に効く毒消しの薬だってあるだろう」
カザルスが思わず口にする。
だが、その言葉は首領の怒りに火を付けた。
「医者? そんな者は居ねぇよ。そもそも薬なんて高価なモンが此処にある訳ネェだろうが!!!」
(……そうしたら、この老人は死ぬのか?)
言いようのない不安が襲う。
老人は何も持たなくなった、無力のカザルスを助けてくれた、唯一の人だ。
あの助言も、パンも。
そして老人が庇わなければ。
今、生死を彷徨っているのはカザルスだったはずだ。
ーー嫌だ、死なせたくない。
恩義もある。
けれど、それだけではない感情がどうしようもなく、湧き上がるのだ。
だが、カザルスが次期公爵の時なら、一言で手に入った医者も薬も遠い過去のこと。
(……誰か。誰なら助けてくれる?)
必死に頭をフル回転させる。
浮かぶのはやはり、エルシアの顔だ。
けれど、次期王妃の彼女には簡単には会えないだろう。
(……そうだ、弟がいたよな。確か、小麦の研究をしているとか言ってた)
優しいエルシアの縁戚なら、落ちぶれたカザルスでも、話しくらい聞いてくれるのではないか。
「僕は王都に行く。行って、薬を手に入れてくる。だから、荒れ地に生えてた小麦をくれないか」
ーー珍しい小麦なら手土産にくらい、なるかもしれない。
老人の周りを取り囲んでいた人々が、驚きと猜疑心に溢れた目でカザルスを見てくる。
だが、それでも一人一人に目を合わせてカザルスは付け足した。
「言っただろう。これでも僕はまだ公爵子息だ」
その言葉に希望を持ったのだろうか。
「……勝手に持って行け」
突き放したように。
だが、首領はカザルスに許可出した。
女達が小麦を先程のネバネバ草で纏めて、カザルスに持たせてくれる。
ーー1日でも早く戻る
それだけを誓って、来た時の馬で駆け抜ける。
だが、カザルスは知らない。
彼が王都に持ち帰った毒消しの草と小麦。
ソレらが王太子を黒死麦から救い、近い未来には寒冷地に耐えうる小麦が辺境を救う一歩となることを。
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