【完結】婚約破棄された伯爵令嬢、今度は偽装婚約の殿下に溺愛されてます

ゆーぴー

文字の大きさ
33 / 52
第一章

カザルス〜王都へ

しおりを挟む

(くそっ! 何でただの井戸水がこんなに重いんだっ)


 棒の両端に括り付けられた、二つのバケツを両肩で支えて歩くカザルス。


 彼は今にも転びそうなくらいフラフラだ。


 だが、前を歩く老人は老人とも思えない健脚でしっかりと歩いて行く。


「そんなんじゃ、ダメだの。日が暮れるぞ」


 呆れ返った声で注意されても、これ以上は早く進めない。


 老人はサッサと行ってしまう。


 だが、休み休み行くカザルスの目に入った物があった。

 荒れ地に生えている数本の小麦だ。


「……小麦は育たないんじゃないのか」


 その呟きは2周目の水汲みで、彼の隣に並んだ老人の耳に入ったようだった。


「あれは合併前に、先祖達が小麦を育てようとした名残よの。年に数本しか生えんから結局、腹の足しにはならんがの」


(……そうなのか)


 カザルスの頭に何かが浮かぶ。


 だが、その考えが形になる前に。


 草むらから、小刀を持った刺客が飛び出して来た。


「小麦を寄越せ! 何処にある!!」


 刺客は近くにいたカザルスに、真っ直ぐ向かってくる。


「うわぁぁぁ」

 バッシャーーン

 転んだ拍子に、井戸水が地面に溢れ落ちた。



(さ、さ、刺される!)


 だが、実際はそうならなかった。

 隣にいたはずの老人がカザルスの前に飛び出し、彼の懐刀を使って刺客と相討ちになっていたからだ。



「お、おい! 大丈夫か!?」



 血塗れで倒れた老人は荒い息をしている。

 刺客の方は心臓を貫かれ、こと切れていた。

 カザルスが老人を背負って何とか砦に帰ると、騒ぎを聞きつけた首領が戦から戻って来ていた。



「……爺サマ!」

 首領は手慣れたように、老人を手当していく。

 だが、その傷口を見て青ざめた。


ーー蛇の毒が塗られている。



 何でも、この地方には毒消しのネバネバ草があり、それは万能に近い毒消しの効力を持つそうだ。


 だが、蛇の毒だけには聞かず、最近それを知った隣国が毒塗りの剣を使ってくるらしい。


 皆が、涙を流す。

 その場の空気は諦めに満ちていた。


「……医者を呼べばいいじゃないか。蛇に効く毒消しの薬だってあるだろう」


 カザルスが思わず口にする。

 だが、その言葉は首領の怒りに火を付けた。


「医者? そんな者は居ねぇよ。そもそも薬なんて高価なモンが此処にある訳ネェだろうが!!!」



(……そうしたら、この老人は死ぬのか?)

 言いようのない不安が襲う。


 老人は何も持たなくなった、無力のカザルスを助けてくれた、唯一の人だ。

 あの助言も、パンも。

 そして老人が庇わなければ。

 今、生死を彷徨っているのはカザルスだったはずだ。



ーー嫌だ、死なせたくない。

 恩義もある。

 けれど、それだけではない感情がどうしようもなく、湧き上がるのだ。


 だが、カザルスが次期公爵の時なら、一言で手に入った医者も薬も遠い過去のこと。
 

(……誰か。誰なら助けてくれる?)


 必死に頭をフル回転させる。

 浮かぶのはやはり、エルシアの顔だ。


 けれど、次期王妃の彼女には簡単には会えないだろう。


(……そうだ、弟がいたよな。確か、小麦の研究をしているとか言ってた)


 優しいエルシアの縁戚なら、落ちぶれたカザルスでも、話しくらい聞いてくれるのではないか。


「僕は王都に行く。行って、薬を手に入れてくる。だから、荒れ地に生えてた小麦をくれないか」


ーー珍しい小麦なら手土産にくらい、なるかもしれない。


 老人の周りを取り囲んでいた人々が、驚きと猜疑心に溢れた目でカザルスを見てくる。


 だが、それでも一人一人に目を合わせてカザルスは付け足した。


「言っただろう。これでも僕はまだ公爵子息だ」


 その言葉に希望を持ったのだろうか。


「……勝手に持って行け」

 突き放したように。

 だが、首領はカザルスに許可出した。


 女達が小麦を先程のネバネバ草で纏めて、カザルスに持たせてくれる。


ーー1日でも早く戻る


 それだけを誓って、来た時の馬で駆け抜ける。


 だが、カザルスは知らない。

 彼が王都に持ち帰った毒消しの草と小麦。


 ソレらが王太子を黒死麦から救い、近い未来には寒冷地に耐えうる小麦が辺境を救う一歩となることを。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

死に物狂いで支えた公爵家から捨てられたので、回帰後は全財産を盗んで消えてあげます 〜今さら「戻れ」と言われても、私は隣国の皇太子妃ですので〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能、我が公爵家の恥だ!」 公爵家の長女エルゼは、放蕩者の父や無能な弟に代わり、寝る間も惜しんで領地経営と外交を支えてきた。しかし家族は彼女の功績を奪った挙句、政治犯の濡れ衣を着せて彼女を処刑した。 死の間際、エルゼは誓う。 「もし次があるのなら――二度と、あいつらのために働かない」 目覚めると、そこは処刑の二年前。 再び「仕事」を押し付けようとする厚顔無恥な家族に対し、エルゼは優雅に微笑んだ。 「ええ、承知いたしました。ただし、これからは**『代金』**をいただきますわ」 隠し金庫の鍵、領地の権利書、優秀な人材、そして莫大な隠し資産――。 エルゼは公爵家のすべてを自分名義に書き換え、着々と「もぬけの殻」にしていく。 そんな彼女の前に、隣国の冷徹な皇太子シオンが現れ、驚くべき提案を持ちかけてきて……? 「君のような恐ろしい女性を、独り占めしたくなった」 資産を奪い尽くして亡命した令嬢と、彼女を溺愛する皇太子。 一方、すべてを失った公爵家が泣きついてくるが、もう遅い。 あなたの家の金庫も、土地も、働く人間も――すべて私のものですから。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

婚約破棄された幼い公爵令嬢、目覚めたら絶世の美女でした

鍛高譚
恋愛
『幼すぎる』と婚約破棄された公爵令嬢ですが、意識不明から目覚めたら絶世の美女になっていました 幼すぎる、頼りない――そんな理由で婚約者に見限られた公爵令嬢シルフィーネ。 心ない言葉に傷ついた彼女は、事故に遭い意識不明となってしまう。 しかし一年後、彼女は奇跡的に目を覚ます。 そして目覚めた彼女は――かつての面影を残しつつも、見る者すべてを惹きつける絶世の美女へと変貌を遂げていた! 周囲の反応は一変。婚約破棄を後悔する元婚約者、熱視線を送る他家の令息たち、さらには王太子からの突然の縁談まで舞い込み――? 「もう、誰にも傷つけられたくない。私は私の幸せを手に入れるの」 これは、冷たく突き放された少女が美しく咲き誇り、誇りと自由を手に入れる、ざまぁ&逆転恋愛劇。

処理中です...