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第一章
サリー夫人の喝
しおりを挟むその日の夜更け。
コンコン
自室をノックする音に、放心していたエルシアは気を取り戻す。
「エルシア様! 開けないで下さい!!」
ドアの前で騎士達が怒鳴り、女性と言い争う声がするものの。
「そこをおどきなさい!」
ー一その女性はたった一言で彼ら論破し、部屋に突入して来た。
「……サリー夫人!」
彼女は、エルシアの王太子妃教育を担う、教育係のサリー夫人であった。
夫人は、真っ暗な部屋で蝋燭も灯さず、夕食にも手付かずなエルシアを呆れた顔で眺める。
「全く、貴女という人は! なんという有り様です!」
(……殿下をお守り出来なかった事をお叱りなんだわ)
「わたくしが至らなかったばかりに、殿下がこの様なことになったこと、真に申し訳ございませんでした」
サリー夫人の怒りは当然だと思ったエルシアは、深々と頭を下げる。
だが、夫人は謝る相手が違うと言う。
それを言うなら、両陛下や殿下だと。
「宜しいですか、エルシア様。貴女は王太子妃になるのですよ」
だから、簡単に頭を下げてはいけない。
そして心中を人に悟られる様な行動をしてはいけない、と夫人は続ける。
「今の貴女は、殿下がお倒れになった事で頭が一杯です、ボロボロです、と周りに知らしめているのです」
エルシアはその言葉にハッとする。
サリー夫人はエルシアに、王太子妃として正しい行動を取るように、発破をかけに来てくれたのだ。
(これがもし、殿下の政敵が仕組んだことだったとしたら)
例えクロードの容態について秘匿されていたとしても、エルシアの状態をお喋りな侍女から聞き出すだけで容易に想像が付くだろう。
「……わたくしが、浅はかでした」
エルシアは失態に気付き、自分の行動が恥ずかしかった。
何も出来ない、無力だと嘆き悲しむ前に。
エルシアが平常よりも平常に振る舞うことが、国をそしてクロードを助けることに繋がるかもしれないのだ。
「分かれば結構。エルシア様、私は無駄な事は致しません。貴女に厳しくしたのは、期待したからです」
ーー次の授業は、サボったりしたら容赦しませんよ
厳しい言葉に似合わない、優しい顔で夫人は言う。
きっと今までの指導にも、夫人の優しさが込められていたのだ。
「は、はい」
背筋を伸ばして、エルシアも微笑んで答える。
次の授業。
それは、クロードが無事でなければ実現しない未来。
ーー皆が殿下の回復を信じてる
そのことがエルシアには、無性に嬉しく感じた。
(これから、どんなに厳しい授業でも。わたくし、サリー夫人の期待に応えたいわ)
その思いを込めて、エルシアはしっかりと頷くのだった。
夫人もまた、頷き返すとしかめっ面に戻って言う。
「只今、両陛下がお戻りになられました。関係者を順に謁見の間に召集されていらっしゃいます」
ーーお呼びがかかるまでに、自分が為すべきことをなさい
「分かりましたわ」
サリー夫人は満足そうに微笑むと、背を向けて踵を返す。
カチャン
エルシアは閉まったドアの内側で、深く深く頭を垂れたのだった。
(……夫人の言う通りだわ。それに、しっかりするって決めたじゃない!)
サリー夫人のおかげで、正気を取り戻したエルシアは、部屋中のランプに火を灯す。
赤々とした火は、まるで希望の光のようだ。
それから、彼女は冷めきったスープを口に含むと、あっという間に夕食を全て平らげたのだった。
チリリン
呼び鈴を鳴らすと、侍女に皿を下げてもらう。
「あなた達、ありがとう」
礼を言うエルシアは、まるで平素の時のように優雅に笑って見せるのだった。
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