雇われ者の小唄

杉田杢

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仕事開始

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 それでいい。探すのと殺すのと。この街で両方達者にやってのけるのは俺の他はそうはいない。
 これでいいのだ。きっと。多分。
 急がなければならない。単純な算数の問題で、追う側は逃げる側よりも速く走らないことには追いつくことはできない。更にかくれんぼの要素が加わるので単純な距離の問題ではない。
 更に悪いことには退所は先週と言っていたか。既に一週間のハンデがある。
 そして極めつけはこの街の治安だ。捜索対象が加害者になるにせよ被害者になるにせよ時間の問題だ。
「早速仕事に掛かります。まずは前金を頂戴したい。何かと入用になりますので」
 嘘ではない。急ぎとなれば提示額で足りるかどうか不安なほどだ。
 紳士は震える手で、鞄から厚い封筒を取り出し、半ば落とすようにしてテーブルに置いた。
 俺はその中身を検める。言った額より少々多い余分な額を抜き出して、紳士の目前に差し出した。
 貰っておきたいのは山々なのだが、ここで不誠実なマネをすれば信頼関係に差し支える。
 依頼人からの信頼はこの仕事の生命線だ。稼ごうと思えば特に上客は大切にしなければ。
「これで結構です。非合法な仕事になります。領収証の類は出せませんが了承願います。娘さんの写真などお持ちですか?」
 紳士の震える手が上着のポケットから写真を取り出した。
 受け取って写真を見る。一見して細い輪郭は紳士とは似ていない。小さな口、すっと通った鼻筋も紳士のものとは違う。
 しかし、厳しい光の宿る目は間違いなく彼から受け継いでいる。
 写真を観察していると、紳士が口を開いた。
「根は優しい娘……そう信じております。小さい頃は素直で。明るい子ではありませんでしたが」
 その声もまた震えている。依頼したのを後悔しているのかもしれない。怖れているのかもしれない。
 たとえ、娘が無事帰ってきたとしても。殺して欲しいと言ったことは決して消えない。
 金輪際そのことが紳士の心を苛み続けるだろう。
「そうでしょうね。そう見えます」
「反抗期でしょうか。思春期でしょうか。急に。突然でした。自分のことを話してくれなくなりまして」
「厳しく、もしくはしつこく問いただしたりは?」
「していない、つもりです。そういう時期もある、と思って」
 俺は写真から紳士に目線を移し、頷きで応えた。
 その目のつくりはやはり厳しく、意志を感じさせるものだ。だがその目は今、深い悲しみ、そしてどうしていいかわからないという弱気に染まっていた。
「でも、放っておくのも冷たいと思って。娘の読んでいる物や趣味を理解しようと努めました」
「……それは、どんな?」
 紳士は俯く。
「あまり良い趣味ではありませんでした。ですが、頭ごなしに叱ったりはしませんでした」
 大体の察しはついた。しかし、父母のそういった気遣いが余計に羞恥を刺激して反抗期を拗らせた可能性はある。
「死体であるとか、猟奇ものといえばいいのか。なんというか退廃的なものに惹かれるところがあったようです」
 俺は今日何度目かのため息をついた。
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