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良い警官
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そこから先はほとんど身の上話のようなもので、役に立ちそうな事柄はあまり拾えなかった。
強いて言えば彼女は両親に趣味以上に隠している何かがあるらしいこと、幼少期の思い出の旅行先、祖父母との関係は悪くは無かったーー当然紳士が連絡済み、匿っている可能性も考え難いーーというくらいだ。
家族の暮らしは中流ーーこの街では上等、ということだーーだし、親子三人共周囲とはトラブルの種もない。娘には特に親しい友人がなかったので当然と言えば当然だ。
紳士は本当に娘のことを思っているらしい、という気にもなった。しかし、それよりも娘が他人を傷つけることを恐れていた。親としての責任感なのか、後ろ指さされるのが怖いのか。その二つがない交ぜになっているのか。そこまではっきりとは判らない。判ったところで仕事は変わらないが。
あとは特筆すべきことはなさそうだったが、依頼者を安心させるのも仕事の内、と満足するまで喋らせておいた。無論、仕事に支障が出ない範疇で、だが。
適当な相槌を打ち、頭の中ではこれからの行動予定を練っていた。
俺は話のきりがつくのを見計らって、言った。
「では、早速仕事に取り掛かります。何かご報告すべきことがあればその都度、なくても5日ごとにご連絡差し上げます」
深く頭を下げて立ち去る紳士を見送ってすぐ、俺は友人に情報端末で電話を掛けることにした。
端末のアドレス帳から武宮と言う名を探し、実行ボタンを押す。
「はい。もしもし」
何回かのコールの後、眠たげな声が聞こえてきた。
「お休みでしたか、申し訳ない。お時間良いですか?」
「いえ、大丈夫です。どうされました?」
野太い声の主は警官だ。大丈夫という割りには、また今にも眠りだしそうな疲れを帯びた声だった。
今日は非番か遅番なのだろう。とにかくすぐ捕まったのはありがたい。
「先週、保護措置の終わった少女が施設から出た途端に行方知れずになった件はご存知で?」
「はい、聞いています」
急に声が、しっかりとした調子になった。俺は自分の目算が正しかったことに胸を撫で下ろした。
「ついさっき親御さんが見えまして。捜査を依頼されました」
場合によっては殺せと言われたことは伏せる。武宮は良い警官だ。裏の意味や皮肉抜きの文字通りの意味で。このご時勢だ。随分汚いこと悲惨なことに何度も立ち会っている。にも関わらず武宮はずっと良い警官だ。この無法地帯の中にあって法の正義を信じているし、学校で教わるような道徳を重んじている。
俺が殺しの依頼を受けることは隠しているし、これからもそれは徹底するつもりだ。
殺しがありうる仕事で武宮を頼るのはかなりリスクを伴う。
しかし時間がない。
この類の事件なら武宮は頼りになる。
「そうですか。ぼく自身は直接関わっていないのですが、捜査している者の中に数人知り合いが居ます」
「それでは、もし娘さんが見つかりましたら、手柄はそちらにお譲り致しますということで、お伝えいただけると……」
功績に興味はない。この仕事で依頼者から貰える報酬で充分だ。
武宮もそんなことに興味はない。少女が無事見つかって親元に帰ればそれでいい。声が急にしっかりしたのも少女を気にかけていた所に、その話が来たせいだ。おつとめを終えた少女だろうと、趣味で人を殺すような輩がうろうろしているこの界隈で行方不明になれば武宮は本気で心配する。
だが、武宮の知り合いはそうはいかない。武宮は「友人」と「知り合い」とを明確に呼びわけている。
武宮と同じように自分の稼ぎや身を盾にしてこの街をちょっとでもマシにしようとしている同志が「友人」で、功を急いで昇進、保身を第一に考えているのは「知り合い」だ。
そういう連中は手柄を譲ればスムーズに進む。
「はい。何か情報が入ればすぐご連絡します。ご成功を祈っています」
社交辞令ではない、心からの言葉だ。俺はちくりと胸が痛んだ。
「ありがとうございます。では」
電話を切ると、強い疲労を感じた。短い会話、それも業務的な会話にも関わらずかなり精神的に消耗していた。
これは賭けだ。武宮は身内の不正でも容赦はない。共通の友人の、ケチな犯罪が露見したことがある。摘発したのは武宮だった。割りと仲良くしていて、三人で飯を食ったことも何度かあったが、武宮は淡々と事を処理した。
その翌日たまたま飲み屋であったが、武宮の様子はいつもと何も変わらなかった。
たとえ俺が殺しているのは悪人だけだと釈明しても、武宮はやはり淡々と警官の職務を全うするだろう。
ストレスを少しでも洗い落とそうと俺はシャワーを浴びた。単純に体が求めていたのもある。
気分転換のつもりがなんとなく武宮のことを考えてしまった。
ひょっとすると消耗したのはリスクのことだけではないかもしれない。
武宮は全うな人間だ。性的嗜好を除けば。それだってかわいいもので、人に迷惑をかけるようなものじゃない。
人の醜さを目の当たりにしても尚折れない。
俺は駄目だった。
そのことが意識せぬ内に、負い目になっているのかもしれなかった。
強いて言えば彼女は両親に趣味以上に隠している何かがあるらしいこと、幼少期の思い出の旅行先、祖父母との関係は悪くは無かったーー当然紳士が連絡済み、匿っている可能性も考え難いーーというくらいだ。
家族の暮らしは中流ーーこの街では上等、ということだーーだし、親子三人共周囲とはトラブルの種もない。娘には特に親しい友人がなかったので当然と言えば当然だ。
紳士は本当に娘のことを思っているらしい、という気にもなった。しかし、それよりも娘が他人を傷つけることを恐れていた。親としての責任感なのか、後ろ指さされるのが怖いのか。その二つがない交ぜになっているのか。そこまではっきりとは判らない。判ったところで仕事は変わらないが。
あとは特筆すべきことはなさそうだったが、依頼者を安心させるのも仕事の内、と満足するまで喋らせておいた。無論、仕事に支障が出ない範疇で、だが。
適当な相槌を打ち、頭の中ではこれからの行動予定を練っていた。
俺は話のきりがつくのを見計らって、言った。
「では、早速仕事に取り掛かります。何かご報告すべきことがあればその都度、なくても5日ごとにご連絡差し上げます」
深く頭を下げて立ち去る紳士を見送ってすぐ、俺は友人に情報端末で電話を掛けることにした。
端末のアドレス帳から武宮と言う名を探し、実行ボタンを押す。
「はい。もしもし」
何回かのコールの後、眠たげな声が聞こえてきた。
「お休みでしたか、申し訳ない。お時間良いですか?」
「いえ、大丈夫です。どうされました?」
野太い声の主は警官だ。大丈夫という割りには、また今にも眠りだしそうな疲れを帯びた声だった。
今日は非番か遅番なのだろう。とにかくすぐ捕まったのはありがたい。
「先週、保護措置の終わった少女が施設から出た途端に行方知れずになった件はご存知で?」
「はい、聞いています」
急に声が、しっかりとした調子になった。俺は自分の目算が正しかったことに胸を撫で下ろした。
「ついさっき親御さんが見えまして。捜査を依頼されました」
場合によっては殺せと言われたことは伏せる。武宮は良い警官だ。裏の意味や皮肉抜きの文字通りの意味で。このご時勢だ。随分汚いこと悲惨なことに何度も立ち会っている。にも関わらず武宮はずっと良い警官だ。この無法地帯の中にあって法の正義を信じているし、学校で教わるような道徳を重んじている。
俺が殺しの依頼を受けることは隠しているし、これからもそれは徹底するつもりだ。
殺しがありうる仕事で武宮を頼るのはかなりリスクを伴う。
しかし時間がない。
この類の事件なら武宮は頼りになる。
「そうですか。ぼく自身は直接関わっていないのですが、捜査している者の中に数人知り合いが居ます」
「それでは、もし娘さんが見つかりましたら、手柄はそちらにお譲り致しますということで、お伝えいただけると……」
功績に興味はない。この仕事で依頼者から貰える報酬で充分だ。
武宮もそんなことに興味はない。少女が無事見つかって親元に帰ればそれでいい。声が急にしっかりしたのも少女を気にかけていた所に、その話が来たせいだ。おつとめを終えた少女だろうと、趣味で人を殺すような輩がうろうろしているこの界隈で行方不明になれば武宮は本気で心配する。
だが、武宮の知り合いはそうはいかない。武宮は「友人」と「知り合い」とを明確に呼びわけている。
武宮と同じように自分の稼ぎや身を盾にしてこの街をちょっとでもマシにしようとしている同志が「友人」で、功を急いで昇進、保身を第一に考えているのは「知り合い」だ。
そういう連中は手柄を譲ればスムーズに進む。
「はい。何か情報が入ればすぐご連絡します。ご成功を祈っています」
社交辞令ではない、心からの言葉だ。俺はちくりと胸が痛んだ。
「ありがとうございます。では」
電話を切ると、強い疲労を感じた。短い会話、それも業務的な会話にも関わらずかなり精神的に消耗していた。
これは賭けだ。武宮は身内の不正でも容赦はない。共通の友人の、ケチな犯罪が露見したことがある。摘発したのは武宮だった。割りと仲良くしていて、三人で飯を食ったことも何度かあったが、武宮は淡々と事を処理した。
その翌日たまたま飲み屋であったが、武宮の様子はいつもと何も変わらなかった。
たとえ俺が殺しているのは悪人だけだと釈明しても、武宮はやはり淡々と警官の職務を全うするだろう。
ストレスを少しでも洗い落とそうと俺はシャワーを浴びた。単純に体が求めていたのもある。
気分転換のつもりがなんとなく武宮のことを考えてしまった。
ひょっとすると消耗したのはリスクのことだけではないかもしれない。
武宮は全うな人間だ。性的嗜好を除けば。それだってかわいいもので、人に迷惑をかけるようなものじゃない。
人の醜さを目の当たりにしても尚折れない。
俺は駄目だった。
そのことが意識せぬ内に、負い目になっているのかもしれなかった。
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