S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
579 / 724
紡がれる星々

第五百七十八話 親子三代

しおりを挟む

そもそも、元々この集まりに関しては何も説明を受けていなかった。
時見の水晶の件による魔王の呪いの正体。その二日後に急遽イルマニから屋敷へ呼び出されていただけ。
一体何が起きたのかと来てみれば目の前の事態。全く理解が追い付かない。

「あ、あの? 侯爵様?」
「ん?」
「これはどういったことなんでしょう?」

問い掛けた結果渋い顔をされる。

「あの?」
「お前は黙ってたらいい」
「……はい」

不機嫌なアトムによって口を挟む余地もなかった。動向を見守るしかない。

「息子にきつく当たるなんていうことは褒められることではないな」
「うるせぇよ。だいたい、俺達のことはほっとくんじゃなかったのか?」
「そうは言うが私もヨハンの後見人としての立場がある。貴様に振り回されるのも御免だ」

漂う妙な緊張感。

「「…………」」

もう何度となくこのような無言が流れている。

「あ、あのエリザさん?」
「なぁに? カレンちゃん?」

居た堪れないカレンがエリザに問い掛けるも、エリザは笑顔を崩さない。

「この状況、どういうことなのでしょうか?」

小さく問いかけるとエリザは小首をかしげた。

「やっぱり気になる?」
「そりゃあ、まぁ……」

気にならない方がおかしい。

「そうよね。なら少しだけ話を進めましょうか」
「え?」

パタンと本を閉じるエリザは目の前の小さな円形の木卓に本を置くとすぐに立ち上がる。
向かう先はヨハン達の方へ。

「お二人とも、少しお話をよろしいでしょうか?」

一体何をするのかとその後ろ姿を見送るのだが、カレンの視界に映るカールスとアトムの顔が恐怖に歪んでいた。

(何を恐がっているのかしら? もしかしてエリザさん? でもそんなまさか……)

短い間ながらも、この二日カレンも良くしてもらっているヨハンの母エリザに対してそんな顔をする筈がない。印象としては優しさと母性に溢れる女性。

「母さん?」
「ごめんねヨハン。あんまりにも話が進まないから私も少し入らせてもらうわね」
「うん」
「じゃあ質問をするわね。あなた、ニーナちゃんとの婚約はどうするつもりなの?」
「え? あっ、あぁ……えっと、もしかしてそのことですか?」

確かにそれならばいくらか納得はする。以前物凄い剣幕で訪問された時のことを思い出す。

「……ああ」

確認する様にカールスを見たところ、小さく頷かれた。

「こいつの身勝手な行動のせいで私の立場がないのでね」
「あんたの立場なんて関係ないだろ? 俺の息子だろ」
「私達、ですよあなた」

訂正するエリザにアトムは言い返すことができず目線を逸らす。

「……ん、まぁな」
「それに、そんなことを言ったらあの子の立場もないじゃない」

向ける視線の先はカレン。カサンド帝国の皇女にして息子の婚約者。このまま娶るようであればそれなりの立場に就かなければならない。

「つまり、お互いの立場を主張し合っているのです」
「そうなんですね」

耳打ちしながら解説をしてくれるイルマニ。
竜人族とはいえニーナは一般人。だが父アトムからすれば旧友の娘。しかし侯爵が主張しているのはその比較。釣り合いが取れていないと。皇女であるカレンと王国とのバランス。それならば王国側もある程度の婚約者をあてがわなければいけないのだと。

(そんなに怒ることなのかな?)

わからないのはこの辺り。だがこの辺りは侯爵ならではの苦労があるのだろうと推察する。

(めんどくせぇなおい)

アトムからしてもカレンのことはないがしろにすることはできないのだが、こちらもニーナ同様、知り合いどころか仲間であったラウル。――だが剣聖であり、放棄したとはいえ元帝位継承権第一位の妹。その事実は揺るがない。侯爵の主張も理解できなくはない。

(やはりこのままではエリザ様の二の舞になられますな)

イルマニが危惧するのは既視感。
ただの立場や権力だけの問題だけであればまだ良かったのだが、問題は当人、特にカレン側の気持ちが既にあるのだから。このままいけばようやく修復を図れた元主とその娘夫婦の関係が再び崩壊するだけではない。ヨハンとの関係にも隔たりが生まれてしまう可能性。

(しかしエリザ様があれだけ余裕を見せるのですから恐らくこれは杞憂ですな)

そうであればここは動向を見守りつつそれとなく言葉を足していけばいいだけ。
イルマニの説明によりいくらか理解したものの、まだわからないことがある。

「でも……」

わからないのは二人の関係性。明らかに見知った間柄。父アトムがローファスとも親友であり、伝説に謳われる程の冒険者であればカトレア侯爵とも既知の間柄だということには納得できるのだがどうしてこれほどまでに険悪になるのだろうか、と。

「あっ!」
「んだ?」
「どうした?」

それと同時にふと頭の片隅を過った、忘れていた疑問を思い出した。

「そういえば父さん、僕からも一つだけいいですか?」
「なんだぁ?」

おもむろに立ち上がり、書棚に向かう。

(あれ?)

チラリと視線を向ける先は小さな円形の木卓の上。そこにあったのは目的の物。見える本の背表紙は先程までエリザが手にしていた本。そのままその本に手を送り持つ。

「すいません話が違うんですけど覚えている間に聞いておきたくて。僕が気になってたのはこの本、アインツの本のことなんですけど」

そう言ったところですぐさま目線を逸らすアトムとカールス。エリザとイルマニは小さく笑っていた。

(あら? あの本は、確か以前ヨハン様に揃えておいて欲しいと言われた本ですね)

ヨハンの私室も含めた書棚の本の種別の大半はイルマニの指示によって用意されている。加えて他にいくらかはネネが買い揃えていた。主であるヨハンはほとんど希望を出さなかったのだが、唯一これだけは、と言われて用意したのがそのシリーズ『アインツの冒険譚』。

(でもそれがどうかしたのでしょうか?)

一体今のこの状況でそれがどう関係するのかと。
そんな疑問をネネが抱く中、ヨハンは本のページをパラパラと捲る。

「もし、違っていたらごめんなさい。でも、もしかしてこれって、父さんたちのことじゃないんですか?」
「「えっ!?」」

重なるカレンとネネの声。二人してすぐさま手の平で口を塞いだ。

「申し訳ありません」

自分でも思っていた以上の声量が出たことですぐに頭を下げて謝罪をするネネ。

(あれがヨハン様のお父様の本?)

そうだとすればこれはとんでもない話。
そもそもヨハンの両親の素性をイルマニから教えてもらった際には驚くしかなかった。開いた口が塞がらなかった。

『まさかあの伝説の冒険者だっただなんて』
『いらん騒ぎになるから口外せんようにな』
『え、ええ。しかし納得しました。それでカトレア様がヨハン様をこれほどまでに厚遇なさるのですね』
『まぁそれだけではないがな』
『え? それだけではない、とは?』
『いや、なんでもない。時が来ればまたわかる時がくるさ』

その時は何があるのだろうかといくらか考えはしたものの結局わからずじまい。しかし今この場に於いてそれは劇的な展開を迎えている。

(あれがアトム様とエリザ様の記録だとすれば……)

頭を下げながら僅かに向ける視線の先にはカールス・カトレア侯爵。
その本が創作物ではなくスフィンクスの伝記のようなものだとすれば、それはカールス・カトレア侯爵も無関係ではない。むしろ紛れもなく関係者。

(こんなことって……)

ネネはアインツの冒険譚をこれまで読んだことはなかったのだが、主がどうしても欲しいという本だったこともあり時間を作っては一通り目を通している。内容のそのほとんどは確かに冒険者に憧れる少年が好む内容そのものなのだが、冒険譚にしては異色ともとれるアインツとエルネアの恋愛模様。身分違いの恋の発展に恥ずかしながら焦がれるものがあった。

(だとすれば、エリザ様は……)

思考を巡らせ、色々と符合する。諸々の相関図が。
以前イルマニにヨハンをカトレア侯爵が厚遇している理由がそれだけでないと言っていたことの意味も遅れながら理解した。
しかしまだそうだと決まったわけではない。息を呑む。

「ネネ」
「は、はい!」

不意にイルマニから声をかけられたことでビクッと身体を起こしながら向けるイルマニはテーブルを見ていた。

「し、失礼しました。すぐにご用意致します」

空になったカップに紅茶を注ぎながらカールスとアトムの二人の様子を窺う。

「ではヨハン様も」
「ありがとうございます」

本を片手に元の椅子へと腰掛けるヨハンに紅茶を差し出した。
そうしてネネはすぐさまドアの前に立つ。

「どうなの? 父さん」

問い掛ける質問に、ぼりぼりと頭を掻くアトム。

「わあったよ。正直に教えてやる。お前の想像通りだ。それは俺たちの冒険を元に書かれてる」
「やっぱり。じゃあ母さんって」
「ああ。家は出たけど一応貴族令嬢だ」
「そうだったんだね」
「ついでに言うと、目の前にいるのがお前の祖父さんだ」
「え?」

不意に突きつけられた事実に耳を疑う。

「カールス様が……僕のお祖父さん?」
「あ、ああ。まぁ……そうだ」

決定的な一言が放たれた。恥ずかし気に頬を掻くカールス・カトレア侯爵。その様子を見守っていたイルマニは布で目尻の涙を小さく拭っており、ネネは後ろ手に親指を立てながら拳を握っていた。

「え?」

しかしその場に取り残されるのはカレン。

「うそ?」

まるで信じられない。ただの猟師の子だと聞かされていた冒険者の男の子がまさかシグラム王国の貴族、それも四大侯爵家の正統な血縁者だったのだと不意に知ることになる。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

処理中です...