S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

文字の大きさ
580 / 724
紡がれる星々

第五百七十九話 内なる葛藤

しおりを挟む

全てが明かされることになるのだが、説明などほとんど必要としなかった。
それというのも、アインツの冒険譚の内容を記憶してさえいればどうして母エリザが貴族の位を放棄して父アトムと一緒になったのかということは記されているのだから。壮大な親子喧嘩。
補足する程度にいくらかの説明が行われるのは、カレンに対してのもの。そしてそれは不仲のアトムとカールスに対しての理解も同時に得られる。カレンもその冒険譚のいくらかは目を通していた。

(身分違いの恋、か)

自身はカサンド帝国に貢献するために明確にその身分を捨てきることはできなかったのだが、視界に捉えるエリザはそれを成したのだと。

(……すごい)

そうして抱く憧れ。
しかし、ここで問題が二つ起きた。正確には既に起きている。

「だから、元々エリザは貴族家に嫁ぐべき血筋だ。ならば私の孫であるヨハンがそうなっても何も問題はない」
「それはお前らの都合だろう?」
「誰が問題をややこしくしてると思っておる?」
「んなもん知らねぇっての。約束しちまったもんはしょうがねぇよ。今さら無理だっての」
「貴様…………」

つまるところ、カールス・カトレア侯爵はヨハンの扱いについていくらか画策していたことがあったのだと。
周囲に孫がいるということはよっぽど親しい人間以外にはほとんど知られていなく、一般的にはエリザは遠い異国に嫁いだのだと触れ回っていた。
それが事実とは実際に異なるのだが、ヨハンが巨大飛竜討伐によって貴族家に認知されたこと、実力と知名度を大きく上げたことで対応の舵取りをしたのだと。
つまり、名うての冒険者として知れ渡った後に貴族家へと婿入りすれば、内情はことなれども、公表することなくエリザの子が本来の位置である貴族家に入る――戻るということには変わりない。

しかし予定外だったのはカサンド帝国にて騎士爵とはいえ爵位を賜られ、それどころか皇女であるカレンを婚約者として伴っていたこと。ラウルのその判断にいくらか憤慨して国王のローファスへと訴えたものの結局はどっちつかず。

「これまで秘匿していて申し訳ない」
「いえ……」

カールスからカレンに対して隠していたことと王国側にも思惑があるということには謝罪の言葉を述べられた。しかし理解して欲しい、と。王国側の思惑、有力貴族家と婚約を結ぼうということに。

(確かにこの問題は困ったものよね)

それ自体はカレンも大いに理解できる。立場がある以上は仕方なしなのだと。それに侯爵が悩ませたことにも納得した。予定外だったニーナとの婚約。

(わたしにはどうにもできないわね)

王国の貴族家を差し置いて一般人との婚約を認めることはできない。破談にしろと詰め寄っているのが今の状態。
しかし、アトムはそれを頑なに拒否している。正確にはニーナの父であるリシュエルが。娘が喜んでいるのだと。

アトムとしてもヨハンを貴族家に婿入りさせること自体忌避していたのだが、それはヨハン自身が決めればいいと考えている。しかし、ニーナとの婚約は竜人族の――リシュエルが抱える背景も踏まえれば簡単に反故にはできない。

「頑固者めッ!」
「どっちがだよ!」

睨み合う二人の間で板挟みになっているヨハンは苦笑い。エリザは窓際の椅子に腰かけ、ニコニコとしていた。

「ごめんなさいね。ややこしくて」
「い、いえ。それはいいのですが……――」

実際は全くよくない。
しかしそう返答したものの、明らかに心情を見透かされている気がするエリザの眼差し。ニコッと微笑まれながらもその疑問を口にする。

「――……どうされるのでしょうか」
「そうねぇ……」

顎に指を一本持っていきながら首を傾げるエリザはヨハンを見た。

「私としても、あの人と同じでヨハンが決めれば良いと思うの」
「そう、ですか……」
「それが親心だもの。だからこそ、お父様の気持ちもわかるの」

貴族家としての、名家であることの誇り。家柄の存続。それは我ながらに勝手だと思えるのは、当時の自分はそれを全て捨てて今に至る。

「ただ、なんにせよこのままだとどうにもならないわね。あっ、もちろんモニカちゃんのことよ?」
「……はい」

モニカの魔王の呪いの件が解決しなければヨハンが腰を落ち着かせることなどないということはエリザもカレンも理解していた。結婚など二の次。
その会話をそのまま言葉にするかのように、苦笑いしていたヨハンは困惑しながらもカールスに対して口を開く。

「申し訳ありません、カールス様。少し、よろしいでしょうか?」
「う、むぅ……。かまわん」
「正直、突然のことで戸惑いました。でも、今は何を言われてもお断りするつもりです」
「いや、無理強いするつもりはないのだ。国王様からの命ではなく、これは私個人としての思いでな」

王国の貴族家との関係。カールスとしては本音を言えば全てを公表した方が良い。ここで変にカトレア家所縁ゆかりの人物を婚約者として関係を持たせてしまえばそれこそ他の貴族家から大顰蹙だいひんしゅくを買う。

「違います。カールス様がそういったことをなさらない方だとは存じていますが、問題はそういうことではないんです」
「どういうことだ?」
「……っ」

言葉に僅かに詰まった。どこまで話していいものなのかと。納得してもらえるような話し方がわからない。

「お前の素直な気持ちを言えばいいさ。言えないことは言えないでいいから。そうすればこの頑固親父もそれぐらいの意は汲んでくれるさ」
「ああ。お前の思うことを聞かせてくれ。酒癖の悪い父親だと話にならん」
「んだと?」
「二人とも?」

口を開けば喧嘩腰になる二人に差し込まれるエリザの鋭い一言。すぐに黙る二人。

「……わかりました」

そうして、ゆっくりと口を開く。

「あの、僕にはまだやらなければいけないことがあるんです。何をっていうのが正確には言えないのですが、それを成さないとこういった話のどんなものでも受けることはできません」

いつになるのか、果たして本当に呪いを解くことができるのかという疑問と不安を抱くのだが今一番不安なのはモニカ自身。ここで不安を抱かせるわけにはいかない。

「だから、また落ち着いた時にでもゆっくりとお話できればと思います」

言い終えるとカールスには盛大に溜息を吐かれるのだが、次に向けられるのは笑顔。

「わかった。良くも悪くもお前は間違いなくエリザとアトムの子だ。二人もよく私に内緒で裏で色々と動き回っていた。それを後から知らされて何度怒鳴ったことか。それでも一向にやめなくてな。エリザにはそれこそだったら勘当するとまで言われていた。もう同じ轍は踏まないさ」
「……ははは。そうなんですね」

それはアインツの冒険譚の回想場面でも記されていた。少女時代のお転婆だったエルネア。アインツを愛するが故の行い。
だが、それと同時に思い返すこともある。

「でも、僕はカールス様の母さんに対する愛情と、僕に向けてくれる親愛をしっかりと感じています。それがまさか、お祖父さんだったからなんていうことには正直驚きましたけど、それでも、カールス様がお祖父さんで僕は嬉しいです。これまで助けてくれていたのがただの厚意だけじゃなく、お祖父さんとしてだってことがわかったから」
「……嬉しいことを言ってくれおる。わかった。ではお前が抱える問題が解決すればまた話をさせてもらおう」
「はい。これからもよろしくお願いします」

笑顔で答えると、カールスも笑顔で頷き返した。

「さて、それでは一つ確認だが」
「はい」
「王国として爵位を賜らせるといえばお前は断るか?」
「え? あぁ……いえ、断らないです。もちろんそれに見合う成果を出せればということが前提ですが」
「ほぅ。どうしてだ?」
「まぁ……」

チラとカレンを見る。
カサンド帝国で騎士爵を賜った以上、そういうことがあればこれ以上祖父の顔を潰すわけにもいかない。王国側からそういう話があれば受けることがあるかもしれない。

「そうか。わかった。ではその時が来ればことが上手く運ぶよう根回しはしておこう。それであれば問題を全て片付けられる」
「おい、親父さん、まさか……?」
「ここまで来た以上、貴様も嫌とは言わせんぞ? 先のヨハンの言葉を聞いただろう?」
「ぐっ」
「あっ、あの?」
「気にするな。お前が嫌がる様なことはしない。ただ、何人かは納得しないかもしれないがな」
「そう、ですか」

何を考えているのか教えてもらえなかったが、確かにカールス・カトレア侯爵であれば無理矢理、強硬手段に及ぶということをしないのだろうということはわかっていた。

(いったいなんなんだろう?)

若干気にはなったのだが、それから三日後、アトム達は旅に出ることになる。それまでは喧嘩しつつも親子三代のんびりと過ごすことになった。

ヨハン達に動きがあったのはそれから約一月後。
それはパルスタット神聖国からの大使が派遣される日。

しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

老衰で死んだ僕は異世界に転生して仲間を探す旅に出ます。最初の武器は木の棒ですか!? 絶対にあきらめない心で剣と魔法を使いこなします!

菊池 快晴
ファンタジー
10代という若さで老衰により病気で死んでしまった主人公アイレは 「まだ、死にたくない」という願いの通り異世界転生に成功する。  同じ病気で亡くなった親友のヴェルネルとレムリもこの世界いるはずだと アイレは二人を探す旅に出るが、すぐに魔物に襲われてしまう  最初の武器は木の棒!?  そして謎の人物によって明かされるヴェネルとレムリの転生の真実。  何度も心が折れそうになりながらも、アイレは剣と魔法を使いこなしながら 困難に立ち向かっていく。  チート、ハーレムなしの王道ファンタジー物語!  異世界転生は2話目です! キャラクタ―の魅力を味わってもらえると嬉しいです。  話の終わりのヒキを重要視しているので、そこを注目して下さい! ****** 完結まで必ず続けます ***** ****** 毎日更新もします *****  他サイトへ重複投稿しています!

スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜

東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。 ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。 「おい雑魚、これを持っていけ」 ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。 ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。  怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。 いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。  だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。 ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。 勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。 自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。 今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。 だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。 その時だった。 目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。 その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。 ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。 そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。 これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。 ※小説家になろうにて掲載中

【完結】悪役に転生したのにメインヒロインにガチ恋されている件

エース皇命
ファンタジー
 前世で大好きだったファンタジー大作『ロード・オブ・ザ・ヒーロー』の悪役、レッド・モルドロスに転生してしまった桐生英介。もっと努力して意義のある人生を送っておけばよかった、という後悔から、学院で他を圧倒する努力を積み重ねる。  しかし、その一生懸命な姿に、メインヒロインであるシャロットは惚れ、卒業式の日に告白してきて……。  悪役というより、むしろ真っ当に生きようと、ファンタジーの世界で生き抜いていく。  ヒロインとの恋、仲間との友情──あれ? 全然悪役じゃないんだけど! 気づけば主人公になっていた、悪役レッドの物語! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿しています。

転落貴族〜千年に1人の逸材と言われた男が最底辺から成り上がる〜

ぽいづん
ファンタジー
ガレオン帝国の名門貴族ノーベル家の長男にして、容姿端麗、眉目秀麗、剣術は向かうところ敵なし。 アレクシア・ノーベル、人は彼のことを千年に1人の逸材と評し、第3皇女クレアとの婚約も決まり、順風満帆な日々だった 騎士学校の最後の剣術大会、彼は賭けに負け、1年間の期限付きで、辺境の国、ザナビル王国の最底辺ギルドのヘブンズワークスに入らざるおえなくなる。 今までの貴族の生活と正反対の日々を過ごし1年が経った。 しかし、この賭けは罠であった。 アレクシアは、生涯をこのギルドで過ごさなければいけないということを知る。 賭けが罠であり、仕組まれたものと知ったアレクシアは黒幕が誰か確信を得る。 アレクシアは最底辺からの成り上がりを決意し、復讐を誓うのであった。 小説家になろうにも投稿しています。 なろう版改稿中です。改稿終了後こちらも改稿します。

少し冷めた村人少年の冒険記 2

mizuno sei
ファンタジー
 地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。  不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。  旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

処理中です...