S級冒険者の子どもが進む道

干支猫

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神の名を冠する国

第七百二十一話 アインツの冒険譚(後編)

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「マックス公爵様。先程の話は事実で間違いないのですね?」
「ああその通りだよレイライン嬢」
「す、素晴らしいです!」

がっしりと両の手を組むレイライン。

「何が素晴らしいというのだい、レイライン?」
「あっ、やはり叔父様はご存知ないのですね。実は叔父様、これは最近一部の貴族界を賑わしている本なのです。それで、そのような本ですので……――」

そう言いながら、鞄に手を伸ばすレイライン。

「――……丁度、わたくしもそのシリーズの本を読んでいたところなのです。最近、侍女たちが面白い、いえ、憧れるといった方が表現としては適切ではありますが」

周囲を見回すレイライン・ブルスタン。

「これまでわたくしも平民の読み物はどんなものなのかとある程度は目を通してきました。そのような書物があることは把握しておりましたが中身までは見ていなかったのです。そんな折、最近そのアインツシリーズの本が貴族の中で広く布教されていたのです」
「で、それがどうした?」
「ここに、その中の一冊があるのです」

そうしてレイラインが鞄から取り出したのは、マリオの手の中にある物と同じ装丁の本。しかし背表紙に描かれているタイトルだけが違っている。
そこには【アインツの冒険譚~大森林の密約~】と書かれていた。

「………………言われてみれば、確かに既視感の覚える内容も描かれていました」

僅かの沈黙の後に口を開いたレイラインが表情を落とす理由は、本の内容がとある種族の血を巡る凄惨な内容だったからである。だがそれも空想の物語であれば、と読み続けていたレイラインなのだが、これが史実を元にしているのであれば、その物語の元となっている話はおよそ十五年前のエルフの里襲撃事件のことなのであるとすぐに理解していた。

「確かに、我が国の汚点とも言えるべき、恥ずべき歴史を堂々と書物として残すことはできないな。だが、それがどうした? そのようなもの、資料室にいくらでもあろう?」
「ええ。その通りではありますが、わたくしが憧れると言った話は当然このような血塗られた歴史ではないのです。言うまでもなく、これらは繰り返してはならない悲劇です」
「ならばどこに憧れる要素があるというのだ」

さも当然だとばかりの顔をするマリオ・ブルスタン。

「この物語は主軸となるある話が存在しています。本のひとつひとつは確かに少年が憧れるような英雄譚となっていますが、その実、一貫して読み取れるのは、多くの女性読者へ向けられた愛の物語でもあるのです」
「愛の物語、だと?」
「はい。全てを通して得られるのは、孤児の少年と高貴な貴族の身である二人が時には反発しながらも支え合い、素晴らしい愛を育む、固い絆を描いた場面が多く描かれた作品なのです」
「ま……――」

恍惚とした表情を見せるレイライン。その顔を見るマリオはレイラインが何を言っているのか察した。視線の先にはエリザの姿。

「――……ま、まさか、それがあのエリザ嬢だと……いうのか?」

誰もが認める程に博識なレイラインだからこその説得力。そのレイラインがこれ程までに心酔していることからして、それだけの壮大な物語が描かれているのだろうということは容易に想像がつく。

「ふむ。あなたにわかるようにこれから説明をしようとしたのだが、どうやらこれ以上は不要なようだね」

小さく息を吐くマックス公爵はマリオ侯爵に背を向けた。

「そうそう。せっかくだからあなたも読んでみると良い。女性だけでなく、これは英雄譚だ。中々どうして、幼い頃に置いて来た童心をくすぐられるものがあるよ」
「ぐっ……」

わなわなと肩を震わせているマリオ・ブルスタン。

(このままではマズい)

不測ともいえるレイラインの介入。この場を逆転させる一手を持ち合わせていない。むしろ、この本が史実と重ねることができるのであれば、これほどの証拠などない。

(いや、待て。それならばこれは並々ならぬ問題があるのではないか)

しかし、マリオ・ブルスタンはふと同時にあることを思い出した。
史実であるからこその問題。捨て置けぬ問題。だからこそ、これまで秘匿せねばならなかった事情。
形勢逆転の一手。

「あ、あなたはそれでよろしいのですか!?」
「何がだい?」

マックスを呼び止めるような声にピタと足を止め、肩越しにマリオを見るマックス・スカーレット公爵。その視線の先には笑みを見せているマリオ・ブルスタン侯爵がいた。

「これは由々しき問題でございます。それらの話が事実であるとするならば、あなたはエリザ嬢、そう、かつてのあなたの婚約者であったエリザ・カトレア嬢を奪われた、ということではありませんか」

意気揚々と口にするマリオ・ブルスタン侯爵。これだけの事情、おいそれと表沙汰にできないからこそこれまで黙っていたのだと。
ならば、ここを突けば道が開けるはず。
しかし会場は高揚するマリオの気持ちとは対照的に冷え切っていた。

「お、叔父様。それは」
「あなた程ともあろうお方が、どこぞの馬の骨ともわからぬ小僧に許嫁を攫われたともなれば怒り心頭のはず。穏やかであることは尊ばれることではありますが、本来であればもっと怒りを露わにされてもよろしいのですぞ?」

叔父の発言を止めに入ろうとするレイラインが本を手放し急いで駆け寄るのだが間に合わず、マックスは振り返るとマリオの前に笑顔で立つとゆっくりと右肩に手の平を置く。

「ああ。その通りだ。私は怒り心頭だよ」
「で、では!」
「怒り心頭だった、ではなく、今この場で煮えたぎっているのだがねっ!」
「あがっ」

次の瞬間には盛大に響く鈍い音。バサッと床に落ちるのは赤い装丁の本。

「ぐぅっ」

マリオが尻餅を着いたその視線の先には、普段は温厚なマックス・スカーレットが振り切った拳を引いている姿。

「あなたは私を愚弄した。いや、それだけではない。私の妻も娘も、全てを、だ。それもこれだけの衆目がいる中で、辱めたのだ」
「あっ…………」
「当然、あなたにはその報いは受けてもらわないといけない」
「…………っ」

おろおろと顔を振りながら視線を左右に走らせ、自身の愚行をそこでようやく理解する。この場にいるのが誰なのかということを。

「お前の言いたいことはそれで全て言い終えたか?」

淡々とした口調で声を掛けてくるローファス王を始めとして、四大侯爵を始めとした貴族たち。いったいどれだけの人物が揃っているのかということを。
混乱を来す思考の最中、再び肩へと乗せられる手の平の感触。目の前にはマックス公爵の微笑み。

「あっ……ああっ…………」
「と、言いたいところだが、あなたも可愛い姪の前でこれ以上みっともない姿を曝したくはないだろう」
「は、はい、それはもちろん!」
「私も同じだ。最近ようやく姿を見せた可愛らしい姪の前なのでね」

マックスがウインクする先にはモニカの姿。そのまま小さく呟く。

「それにしても女性の憧れか。これはあの子にとっても、彼にとっても丁度良いね」

隣に立つ本件の主役。

「ねぇヨハン? どうして公爵様がこっちを見ているのかしら?」
「……さぁ? それよりも、僕はどうしたらいいんだろう」

正直なところ、過分な身分を賜ってしまった。しかし断りようがない程に一切の介入の余地がなかったやり取り。
辺境伯などという地位に就いてもどうすればいいのかわからない。どうしたものかと考えていたところ、目が合うマックスの温厚な笑みの奥には何らかの若干の思惑があるのだろうということだけは感じられる。
そうした中、その場には他に別の思惑を抱いている者がいた。

(ふぅ。一時はどうなるかと思ったけど、上手くいって良かったわ)

壁際、幾人も並ぶ使用人たちの中にいるのはネネ。普段ヨハンの屋敷で使用人として働くネネは、主の論功行賞ということもありこの場に出席している。この後に控えるパーティーの手伝いも予定していた。

「ね、ねぇネネは知っていたのこのこと?」

隣に立つ顔見知りの使用人からひそひそと問いかけられる。

「このことって?」
「勿論ヨハン様のことに決まってるじゃない! 英雄の子どころか、カトレア侯爵様の孫じゃないの!」
「ああ……そのこと」
「思っていたよりも驚かないのね」
「そんなことないわ。ちょっと他のことを考えていたから」
「こんな時に何を考えるっていうのよ。でどうなの? 知ってたの?」
「あー…………――」

数瞬、どう答えたものかと考えるのだが、答えは決まっていた。

「――……そんなの、私が知るはずないじゃない」
「そっか。それもそうよね。そもそもこんなこと、使用人のあなたが知っている方がおかしいものね。それにしてもはぁあ、ほんとあなたは勝ち組よねぇ。まさかこんなことになるなんて」
「そうね。私もそう思うわ」

とは言いつつも、思考は他のことに巡らせている。

(まさか、辺境伯だなんて、これから忙しくなりそうね)

ネネの視線の先には、腕を伸ばして侯爵である叔父を立たせるレイライン・ブルスタンの姿――――ではなく、その下。

(それもこれも、全部あの本のおかげね)

床に落ちている二冊の本、アインツの冒険譚。
想定よりも上手く事が運んだのはレイライン・ブルスタン令嬢のおかげ。

(念のために広めておいて良かったわ)

レイラインは知らなかったのだが、侍女たちにその本の存在を広めたのがネネを始めとしたカトレア家所縁の者たちであったことに。

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