【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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第一章:生活基盤を整えます

2.フリーター、〇〇との遭遇

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ねえねえ、もりにだれかきたよ
ちいさなおんなのこがやってきた
どれどれ、くろいかみのおんなのこだ、はじめてみた

なんかへんなかっこうしてる
ほんとだ、へんなかっこうしてるね

でもでもなんかいいにおいがする
くんくん、なんかいいにおい
もっとちかくにいってみようよ
うんうん、なんかくっつきたいね

このこのちかくはあったかくってきもちいいよ
つめたくってきもちいい
よくわからないけど、いいかんじ
はなれたくなーい
ぼくたちをダメにするけはい
それそれ、そんなかんじ
きゃははは、なにそれなにそれ、おもしろい

ひっしにはしってるけど、どうしたのかな
なきながらはしってるけど、うごきはゆっくり
ぎゃーぎゃーいってておもしろい
きゃははは、おかおベタベタ、おもしろいおもしろい
ねころんでないてる、おもしろい

あれは、この世界のヒトではないな…

なになに、それってどういうこと?
どういうこと?
どうでもいいよ、なんかおもしろいんだもん
そうだねそうだね、なんかきもちいいんだもん

もっとちかくにいってみようよ
ちかくにいってかんじてみようよ

さんせー
さんせー
さんせー




「はぁっはぁっはぁっはぁっ……」

 やだやだやだ、怖い怖い怖い怖いっ…

 私は惨劇を目にした衝撃からパニックをおこして逃げ出し、鬱蒼とした森の中を獣道がのびるままあてもなく、必死になって走っていた。

 あのような血生臭い状況など、当然これまでの人生に存在したこともなく、ましてや明らかに人外生物との未知との遭遇など、望んだこともない…でもないが、ゴブリン…あれはダメだろ。

 今時、ゴブリン主役の異世界ファンタジーは数あれど、あれはダメなゴブリンだ。
 あれはそのうち成り上がって種族進化して王になるとか、人間に寄り添って「わるいごぶりんじゃないよ」なんてバイプレーヤー化するような良いゴブリンではなく、ダークファンタジーで某冒険者に殲滅されたり人間の村を襲ったりして害獣指定される側のゴブリンだ。

 あの3人がどうなったかなど、最早考えたくもない。
 私は頭の端に出現しかかったR指定待ったなしのグロ映像をかき消すかのように、泣きながら一心不乱に走った。
 少しでも物音がしたらそこを避け、やたら巨大な昆虫みたいなものが見えると遠く離れるように迂回して、小動物みたいな獣が見えても逃げ回り、目茶苦茶に走って走って走って……最早もと来た道もわからない程、夢中で走っていた。

ぜーぜーぜーぜー…げほっげほっ

 呼吸もままならず咽るほど走り、体力の限界を迎えて立ち止まると、そこは木々の隙間から日光が差し込み明るくて、少し拓けた草むらだった。
 周りに不穏な気配は何もない…これが重要。
 先ほどの巨大な昆虫や得体のしれない獣が追ってきたり、新しいゴブリンに出会ったりなどしたらたまらないじゃないか。

 他にも変な生き物がいるかもしれないし…。

 私は、ビクビクと周囲を警戒しながら足首程の長さの草がまだらに生え、所々薄茶色の地面が剥き出しになっている地べたに座り込んだ。

はぁっ、はぁっ、はぁっ………

 乱れた呼吸を整えながらハンカチで汗や涙を拭いて、バッグに入れていたペットボトルの水をあおり、大きく深呼吸をする。

 ふぅーーーー…

 …水と空気がおいしい……

 ホッと小休止しながら空を見上げ、千々に乱れていた心が落ち着くのを感じていた。 …その時である。

カサっ

 森の奥から何かが動いた音がしたので、私は咄嗟に立ち上がり、いつでも逃げられるようにしながら、固唾を飲んで音のする方を見つめ、動向を窺った。すると森の中、木々に紛れて大きな熊っぽいシルエットが見え、無言で再び必死に逃げ出した。

 いや、だから、ホントなんなの、ここはっ!?

 束の間の休息も得られぬまま、私は再び森の中を無我夢中で走って走って……木の根に足をとられてすっころんで、足やら胸やらをしたたかに打ち付けて倒れる。

 痛い…うっうっ、痛いよぉぉ…もう疲れたよぉ…

 転んだ衝撃で張り詰めていた心の糸が切れ、体力も限界に達して地面に倒れこんだままえぐえぐと泣きべそをかきだした。こんな所で倒れていたら危険だと、頭の隅で冷静に訴える自分がいたが、疲労困憊な上に心がへし折れている私は、どこに逃げればいいのかもわからず途方に暮れて動けなかったのだった。

 もう、こんなとこやだ…。家に帰りたい…。

 大学に入学してから一人暮らしを始めて、長期の休みに時々実家に帰りはするものの、ほとんど帰らなくなったはずなのに、こんな時にはお父さんやお母さん、思春期に入ってから可愛げもなくなった高校生の弟や、去年亡くなったおばあちゃんなど、家族の顔が思い浮かんで、余計に涙が止まらなかった。
 …すると、

 ヒュコッヒュコッ

 と、某コミュニケーションアプリのメールの着信音が耳に入り、うつ伏せに倒れこんだままピタリと泣くのをやめて耳を澄ませた。

 ヒュコッヒュコッヒュコッ

 …随分連続で着信してる………アンテナ復活したの!?

 私はガバッと起き上がって、急いでスーツのポケットにしまっていたスマホを取り出し、画面を確認する。
 指紋認証とコードナンバーで画面を開き、最初の画面に設定してある黄緑色のコミュニケーションアプリには、13件のメッセージ着信があった。

 ええ、ここ、着信通るの?

 私は喜び勇んで電波の受信状態を確認したが…画面上部のアンテナは、依然『圏外』のまま……解せん。
 何か腑に落ちないものを感じながら三角座りになってスマホを覗き込んだ。そして、とりあえず内容を確認してみようとアプリを開いてみると、登録してあった友人・知人・家族のアドレスはなく、『おともだち』なる、怪しげなグループアドレスが一つだけポツンと登録してあった。……2〇世紀の少年的なアレですか?

 なにこれ?…こんなアドレス、私許可した覚えないんだけど…てか、他のアドレスが消えてる……

 何やら、得体のしれないウイルスに感染でもしていたのだろうか…という恐怖と、突然現れた謎のアドレスの存在に、うすら寒いものを感じながら、そうしているうちにもヒュコヒュコとどんどん増えていく着信メッセージを開いてみることにした。

≪やっとつうじた。これ、おもしろいね≫
≪おはなしできるかな?≫
≪やっほー、げんき?≫
≪ねえねえ、なにしてるの?≫
≪どこからきたの?へんなかっこうしてるね≫
≪おかおがベタベタだよー≫
≪ぎゃーぎゃーいってて、おもしろい≫
≪これなにこれなに、おもしろいねー≫
≪あそぼあそぼ≫

…なんだこれは?

≪そっちに行くとあぶないよ≫
≪こっちにいくと、まものがでるよ≫
≪まもってあげるから、あそんであそんで≫
≪いいにおいがしてきもちいい≫
≪へんなくうきでおもしろい≫
≪うーん、きもちよくってダメになる≫

 着信時間を確認すると、多分私が逃げ回っていた時のものじゃないかと思うんだけど、なんだこの内容。たくさんの幼児が語り掛けるように話しかけてきているが…どこから見ているの? この辺にいる?
 
思わず私は周囲を見回したが、何もいなかった。
 そして、背中に薄ら寒いものを感じながらメッセージを読み進んで行く間にも、どんどん新しいメッセージが入ってくる。

≪あのくまはきけん、きけん。こっちににげてにげて≫
≪こっちにはおおきなへびがいるよ。たべられちゃう≫
≪やっつけちゃえばいいんじゃね?≫
≪うん、うん、やっつけちゃえやっつけちゃえ≫
≪まもってあげるから、なかないで≫
≪ねころんでえぐえぐないてる、おもしろい≫
≪なかないで、なかないで。かなしくなるからなかないで≫
≪なんかおもしろいけど、ないちゃだめ≫
≪ずっといっしょにいるから、だいじょうぶ≫
≪あそぼ、あそぼ。いっしょにあそぼ≫

 ………え、やっぱり誰かいるの? いないよね?周りにだれもいないよね!?
 ていうか、幽霊? 幽霊とか? 片言で子供口調なのが、より一層怖いんですけど!? 花子さんですか!?

 まるでどこかから見られている様な不気味な内容のメッセージに、スマホを持つ手も震えて戦慄していると、突然電話の着信音が響いた。 

 なぜに着信音が黒電話!? 設定したこともないのに!?

 不意に黒電話の音で電話がかかると、なんでこんなにビビってしまうのだろうか。
静かな森の中に黒電話の着信音が木霊するも、スマホの画面から当然相手の名前や電話番号はわからない。

…この見ているかのようなタイミング…嫌な予感しかしないけど、出るしかないよね…

 私は恐る恐る画面をタップし、電話に出た。

「はい…、もしも…<もうすぐ雨が降る>…はい?」

 私の「もしもし」という言葉も遮って、何の抑揚もない、性別もわかりにくい声で、相手は性急に言葉を重ねてきた。
 …というか、電話という意識、ないのだろうか。 そんな感じの話し方だったが、それよりその内容が気になったので、構わず続きを聞くことにした。

「雨が降る…ですか?…えっ、雨!?」
<そうだ、雨が降る。人の子は雨に濡れたら病になるのだろう>

 確かに、いつのまにか日が陰っており、雨の気配を感じさせる。傘もささずにこんな屋外で雨に濡れていたら風邪をひくだろう。しかし、どこかで雨宿りしないと…とは思うが、こんな場所で雨宿りできるところなんて考えつかない。どこに行っても危険が潜んでいるとしか思えないから。

「うえぇ…。どうしたらいいんでしょうか…」
 私は途方に暮れて泣きそうになり、この声の相手にすがりついた。もう、怖いとか言ってる場合じゃない。

<同胞が人の子も滞在できる場所に案内するので着いて行けばいい>

 そういって、電話がプツッと途切れた。突然切れたが、ちゃんとフォローはしてくれるらしい。

 あああ…ありがとうございますぅ…。

 私はスマホを両手で抱え、思わず拝んでしまった。
 相手がどのような存在で、どのような思惑の元で言っているのかなどはわからないが、現状は八方ふさがりであることは確実。このままここで一人でいたところで、生き抜けるようなサバイバル技術もなく、専用のアイテムももっていないのだ。ましてや、無茶苦茶に走ってきた自分は、今から帰り道を探すような気力も体力もない。今はもう、運を天に任せてついて行こうと思った。
 すると、再びヒュコッヒュコッとメッセージが着信する音が鳴りだしたので、スマホを確認する。

≪いまからみちをおしえるよ≫
≪これこれ、このちずにのっけるね≫
≪ここからあるいてちょっとだよ≫
≪うーん、かぐわしいかおり≫
≪こらこら、くっついちゃだめだめ≫
≪わーい、ぴったりべっとり≫
≪はれんち、はれんち≫
≪ぼくもぼくも≫

…何を言っているのかよくわからない所もあるけど、とりあえず近場にいいところがあるらしい。

 地図と言われて、スマホの地図アプリを再び開いてみると地図には『精霊の森』という場所が表記されており、ここから数キロ先の地点に目的地を表す旗のマークが付いていた。どうやら、ここを目指せということらしい。
 今から向かうには、ちょっと遠い気もしたが、闇雲に歩き回るよりはよっぽど安全だろう。 そう思い、私は周りの気配に注意しながら、旗のマークを目的地に設定してナビ音声に従い歩き出した。

 そして、30分程歩いて私は小さな小屋に到着した。
 深い森の中、草木をかき分けかき分け、木の根や凸凹した山道に足をとられながら歩いてきたのだったが、何故か不思議と獣やら魔物やら昆虫やら、ましてやゴブリンや原住民やらとは一度も遭遇しなかった。…いや、数回程ニアミスしたかもしれないが、何故か相手が何かを認識する前に謎の突風に吹き飛ばされたり、ジャッと走った光線に丸焦げになっていたり、近寄っただけで急に逃げ出したりしたので、襲われるような状況にも合わず、目的地に到達できたのだった。

 いや、ごめんなさい。気づいてました。何故かとか、考えないようにしてました。
私を案内してくれた親切な相手が、何やら人知を超えた存在なんじゃないかって、ちょっと思いました。
 でもでも、まさか、そんな……。
 20歳もいくつか超えたいい大人が、〇〇だなんて声にだすの、恥ずかしくないですか?
 地図に『精霊の森』ってあっただろって? いやいや、土地の名前ですって。土地の名前ってどこの国でもなんか『花の都』とか『哲学の森』とか、それっぽい名前あったりするじゃないですか。多分、きっと、そんな感じの人たちなんですって。 〇〇とか、まさかそんな……いやいやいやいや……。

 そんな葛藤を感じながらも、私は人工的な建造物を前に、安堵で涙を流して立ち尽くしていた。
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