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第二章:周囲の状況に気を付けましょう
幕間―吾輩は暗躍するのニャ―
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吾輩はマーリン。ご主人に仕える上位魔獣:霊猫族が一頭の優秀な参謀役ニャ。
…いや、参謀は言い過ぎたニャ。…不本意ながら主のレベルがアレ過ぎて、どちらかと言うとお世話係か教育係が正しいかもしれないニャ…。
というのも、丸っきり何も知らないのかと思うと変なことに詳しかったりするのだが、吾輩のご主人はちょっと常識に欠けるというか、物を知らニャイので、吾輩が身の回りで見張っていないととんでもないことになるのニャ。
この間は教会が管理する聖地でしか育たないような希少薬草を風呂に漬けこんで
「故郷のジャスミンみたいないい香りがするので、ハーブ湯にしてみました」
とか言って常識では考えられない程高価な薬草風呂に入っていたし(度々暗殺者が使う毒草の解毒薬となる薬草。ちなみに高位貴族や王族が高値で購入させられる)
「やだかわいい~!」
と言って、獰猛なマッシュルームラビット(頭にキノコが生えたウサギであるが、肉食。本体はキノコの方で、そこから出る胞子でエモノに寄生する)に近寄ろうとするし、危なっかしくって目が離せないニャ……子供の世話ってこういう感じ? と、時々思うニャ…。
ご主人と出会ってから多少成長はしたとはいえ、吾輩はまだ幼体ニャので、自分より幼い子供と接したことなどニャイんだが…。
しかしそういう、常識知らずで無防備な一面はあるくせに、自分に関わる者には慎重になるというアンバランスな一面もあるニャ。というのも、森で出会った狐獣人の子供を保護して家に連れていくニャんて、ご主人の危機感の無さにはタロウも吾輩も呆れたものニャのだが、絶対に住処は悟らせないという用心深さは感心させられたニャ。…そんなに嫌ニャらその辺に放っておけばいいとも思ったニョだが、
「人としてそれはできない」
…とか。よくわからないニャ。
しかしニャ、吾輩たちはそんなご主人だからこそ、あの家に受け入れられ、こんな恵まれた生活を送ることができている自覚はあるニョで、ご主人のそういうところも受け入れる心の準備はできているのニャが、それだけにいつかご主人の気まぐれで吾輩たちが邪魔になって、捨てていってしまわないかと不安になるときもあるニャ。
ご主人は、どこか遠い場所からこの地に降り立った、得難い人物なのニャ。
理由はまだ教えてもらえていニャいが、時々故郷から離れてしまったことを嘆いていることがあり、「早く帰りたい」などと言っているニャ。 ご主人は独り言だと思っているかもしれニャいが、吾輩もタロウも、耳は人間と比較にニャらニャい位優秀ニャので、ばっちり聞こえているのニャ。
ご主人と離れるニョは、絶対いやニャ!
タロウと吾輩の意見は一致しており、ご主人の願いを極力叶えたいと思っている精霊たちも、想いは一緒のはずニャ。
ご主人が、ずっと我々といるには、どうすればよいニョか? タロウと吾輩と精霊たち(多分その辺で聞いているはずなのでメンバーとして数えるニャ)で話し合ったのニャ。
ご主人が作業している間、見えないところでご主人の普段の言動から書き記していってみると、
・ぐうたらしたい
・モフモフ癒される…
・早く帰らないと、社会的に殺される……
・結構悪い生活じゃないんだけど、ぶらじゃー…でなくてもぱんつはほしい…マジで
・ちょっと人とも交流したいけど、突然こんな自分の身も守れない異邦人の小娘が出てきて、奴隷商人なんかに見つかって隷属のなんちゃらいうチート魔道具つけられちゃって肉奴隷として売り出された挙句禿デブチビで息もくっさい素人童貞のゲス商人とかに買われる監禁リョナエンドとかマジ死ねるから、……帰るまではここでずっと隠れて過ごせたらいいな
………全体的にしょうもない感じだったのに、最後のやつ。本当にご主人には何があったニャ? 時々言葉の意味はわからニャいが、ここだけやけに具体的で悲痛な叫びの様に見えるニョだが…。
さすがに吾輩もそのあたりは知らなかったニャ。タロウを見ると、やつも首をぶんぶん振って『ちがう、我は言っていない』と主張しているし…。
……姿は見えないが、どうも精霊からのとんだ情報リークがあったものニャ。
とりあえず、この辺りから我々の行動指針を立てていくことにするニャ。
① 肉体とご奉仕でご主人を虜にして我々から離れられニャイようにする。(ご主人は毛皮や獣人嗜好の気があるようなので)
② 人間用の生活用品を徴収もしくは交易するために、人間の集落を支配下に置く。(ぶらじゃー、ぱんつ…とは恐らくご主人の世界で使用していた下着の事ニャ。ご主人は常々布製品を欲しがっていたニャ)
③ ご希望通りこの家でご主人を匿って生活する。(ご主人は、どうも人間に対して恐怖感を持っておられるようなので)
あと、「早く帰らないと」のくだりは、ご主人が帰ってしまったら殺されるかもしれニャいので、やはりそれとなく帰れないように誘導する必要があるようニャ。
これらの決議結果を発表すると、タロウは『異議なし』と重々しくつぶやき、どこからともなく “さんせーい” との声が聞こえたような気がしたニャ。
そして、現在。吾輩の前には100匹足らずの人間どもがひれ伏している姿があるニャ。
4日前、ご主人に「おねがい」されて、キツネの獣人の子供を精霊の家で1泊させると伝えに行った際、腹いせに少々吾輩の力の片鱗を見せつけてやったのニャ。
ご主人が善意で保護してやったと言っているニョにこやつらが信じず、無謀にも数人程度のやせっぽちな獣人風情が吾輩に攻撃を加えようとしてきたからニャ。
イライラしてやった。後悔はしてニャい。
とはいえ、もちろん手加減してやったので、誰も死んではいニャいし、傷もポーションで治療してやったニョだから、吾輩も甘くなったもんニャ。 ……揉めたと知れたらご主人に叱られるとか、そそそそんニャことはないニャ。
そして、ポカーンと間抜けな表情をしている奴らに、去るときに言ってやったのニャ
『吾輩のご主人は、お前たちと敵対するつもりはニャい。むしろ交友したいとすら思っているニャ。お前たちがどうするつもりニャのかは、また明日、子供を送り届けた時に確認するニャ』
口を開けたまま吾輩を見送る間抜けな顔は、思い出しても笑えるニャ。
そして、吾輩はご主人の「おねがい」通り、キツネ獣人の子供を無事村に送り届けたニャ。…途中遠回りしまくってグルグルと同じところを回ったりしたので、子供の足取りがふらついていたニョだが、これも「おねがい」通りニャんだから、特に問題はないのニャ。
背に子供を乗せる吾輩の優美な姿を確認した村人は、急いで村長だという子供の祖父や、他の村人たちを呼んできたニョで、我々は村の中央の開けたところで獣人どもに囲まれているニャ。どうでもいいニョだが。
「おじいちゃん、ただいま!」
「おお、ロビン! …無事だったのか…」
子供の祖父だという、キツネの獣人は頭もキツネなので、顔や体が全人種の様な孫と共通するのは耳と尻尾だけニャ。まあ、この子供がこの村の中では特異ニャ位、魔力を備えているということニャのだが…ニャンか、ちゃんと「保護してやった」と言ったのに、そう思われてニャかったかと思うと、ちょっとムカつくニャ。
『吾輩の言葉は信じてもらえてなかったニャ? 吾輩のご主人は、無抵抗な子供に危害を加えるような方ではないのニャ』
「す、すみません、魔獣様! 村長はそんなつもりではなかったのです!」
村長の横にいて、吾輩を警戒しながら見ていた若い犬の獣人が咄嗟に頭を下げながら謝罪してくると
「申し訳ありません、孫の無事な姿を見て、つい不用意なことを口にしました」
キツネの村長も急いで吾輩に謝罪してきたニャ。 まあ、分かってくれれば別にいいのニャ。
「そうだよ、おじいちゃん! お姉さんは、すっごく優しくしてくれたんだよ!」
子供も興奮しながら村長に訴えているニャ。そりゃ、優しくしてくれただろうニャ…イロイロ…。
思い出したら、ちょっとムカついてきたニャ。
「おねえさん……?」
「うん、すごいごちそう食べさせてくれて、お風呂にも入れてくれて、一緒に眠ってくれたんだよ!」
「ごちそう、お風呂……?」
「お姉さんはね、たくさんの精霊様や、上位魔獣さまたちに大切に守られてる、お姫様なんだ!」
「おひめさま……?」
『ぶほっ!』
話に付いて来れない村長や村人たちを置き去りに、子供は興奮して訴えているニョだが……お姫様って!
ご主人は確かに浮世離れしたところがあるし、まあ人間の貴族のような感じに見えなくもニャいのだが、「おひめさま」は何か違うニャ! 思わず吹き出してしまったではニャいか!
そして、笑いをこらえて悶えている吾輩を尻目に、話を聞いていた村人たちも
「お姫様? そんな高貴な女性があんな秘境の奥にいらっしゃるというのか?」
「いや、そんなまさか。 あんなところで暮らせる人間なんかいるものか」
「でも、精霊様や上位魔獣さままで付いていらっしゃるというなら、不可能ではないのかも」
「それこそまさかだろう。精霊様の加護のある人間だって、あそこでどうにか暮らせるものか? そこらの魔法使いや精霊使いだって到達できるかどうかも怪しいというのに」
「しかし、ロビンは今まで一緒に過ごさせていただいていたんだから…」
「いやいや……」
と、追い打ちをかける様にこそこそと話し合っている。吾輩の耳には筒抜けニャ。
確かに、庶民と言い切るには疑問があるが、高貴な女性って、誰ニャ!?
ニャンか違和感しかニャいのは何故かニャ!?
笑いをこらえて髭がプルプル揺れるじゃニャいか! ちょっと、もうやめてほしいニャ!
笑いで憤死しそうな吾輩に構わず、そんな村人たちの声を聞きながら、村長がまとめる様に尋ねる。
「ロビン、今まで一緒にいたのはどういうお方だったんだい?」
「真っ黒な髪と目をした、きれいな全人族? のお姉さん。すっごく濃厚でいい匂いのする魔力をまとって、精霊様に愛されてた! でね、おじいちゃんのことを言ったら、これ! リモーの花とお土産もいただいたんだよ!」
子供はそう言って、ご主人が渡した根付きの花を渡すと、横から垂れミミで茶色い髪の犬獣人がそれを受け取った。どうやら前に言っていた「治療師のおじさん」というやつらしいニャ
「おお、これは、リモーの花…根もついている。これを渡してくれた御仁は、ちゃんと必要な部位をわかっていらっしゃったようだな」
「あと、これはおじいちゃんにって、お土産も。きっとこれで体もよくなるからって」
そう言って、乾燥したポカリの実と、吾輩も好物な池の魚を干したやつも治療師に渡すと、見ていた村長も一緒になって目を見開いた。
「これは……ポカリの実と……この土地の魚……か?」
「うん、病気の後に体力がなくなってるだろうから、どうぞって」
「確かに、この二つは滋養強壮にとてもいい。しかも、このポカリの実…その辺で売っているものよりも魔素がしみこんでいて、滋養がありそうだな」
治療師は、目を凝らしてその二つを見ている。…こいつ、鑑定眼ももっているようだニャ。まあ、レベルは低そうだが。
「病後の滋養には、うってつけの組み合わせというわけか…この方は薬師の素養もおありのようだな」
「うん。お姉さんは、色々お薬とかも自分で作ってるんだって。お姉さんの家は珍しいものがたくさんあって、お庭も天国の楽園みたいだったよ」
子供は夢見る様にうっとりと笑う。
まあ、その気持ちは吾輩もわかるニャ。初めて見た時は、吾輩もそう思ったしニャ。
「村長、これで薬を作れば、病は治りますぞ!」
すると、黙ってやり取りを聞いていた村人たちから歓声があがった。
「あれだけ探しても見つからなかったのに!」
「村長、よかったです!」
「やったーーっ!」
などなど…。 なかなか人望ある長のようであるニャ。 ふむ。
『さて、お話もまとまったようで何よりニャのだが、こちらもいいかニャ?』
村人総出で盛り上がっているところ、水を差すようで悪いニョだが……。
ふーっと爪についた埃を吹き飛ばしながら、そんな前置きで、吾輩は本題に入った。
すると、村人たちはハッとこちらを注視して動きを止め、緊張した面持ちで吾輩の動向を見守っている。
『吾輩のご主人は、この子供が言ったように、大変慈悲深い。縁もゆかりもない、初めて会った獣人の子供を保護して土産まで持たせる位には、お人よしニャ』
まるで、主と自分は違うとでも言わんばかりに威圧しながら言うのが、舐められない秘訣ニャ。
もっとも、前回でのやり取りで、吾輩を舐めるような命知らずもいニャいだろうけどニャ。
『そして、ご主人はこの村と交易することを望んでいる。交易なのだから、ちゃんと対価は支払う。異論があるニャら受けるつもりだが、どうするニャ?』
「……すこし、時間をいただいてもよろしいでしょうか? 何分、未だ病床の身なので、せっかくいただいた薬草を使って、治療をさせていただきたい」
顔を蒼くした村長が、少し前に出て申し出る。 吾輩は、ニヤリと笑って
「まあ、いいニャ。こちらもそれ程急ぎというわけでもないし、ご主人がせっかく渡したものだから、早く使って治すといいニャ。では、三日後にまた来るニャ」
と、申し出を受け入れた。 まあ、今日決めることもないからニャ。
「ありがとうございます。 薬草、無駄にしないよう使わせていただきます」
「じゃ、3日後ニャ」
と、深々と頭を下げる村長に別れを告げ、吾輩は一時住処にもどったニャ。 子供は心配そうに吾輩と村長を交互に見ながら吾輩を見送って、「ありがとうございましたー」と、手を振っていた。
ということで、前述の“吾輩の前には100匹足らずの人間どもがひれ伏している姿があるニャ” に戻るわけで。
「我々は、精霊の家にお住まいの姫様を奉ずる者として、精いっぱいお仕えさせていただきたいと存じます!!」
……へ?
ちょっと、村長の表情が決意を感じさせるような、それでいて浮ついたように見えるんだが……なんか思ってたのとテンションが違うニャ。
「姫様の慈悲深いお心と、幼子への慈しみに感銘を受けました!!」
いつくしみ……? そんなだったかニャ?
「僕は、きっと将来お姉さんを守る存在になります! 魔法しか取り柄のない僕ですが、きっとお姉さんを一生守って見せます!」
…お前もか? いや、確かに思い込みが激しそうニャきらいはあったけども。…てか、どさくさ紛れに何言ってるニャ?
「我ら一同、権力闘争に敗れた主家に付いてこの地に移り住んで以来、細々と森の魔獣や魔虫などと戦いながら生活してきておりました。この地は人が暮らすには過酷すぎるのですが、我々も腕に覚えのある一族の末。貧しいとか、周囲に強敵があふれているとか、そんなものは案外気合でなんとかなる……。魔獣や魔虫に戦いを挑んで負けた者も、戦士の末裔なれば戦いに身を投じて戦死したようなもの。残された者に悲しみはあれど、納得はできます」
そ、そうニャのか? 気合でなんとかなるものなニョか?
そして村長、病み上がりで大丈夫にゃのか? すっかり元気をとりもどしたようで何よりニャ。
…って、そうじゃなくてニャ?
「常に思っておったのです……お仕えする主人のいない日々のなんと空虚なことか…と。しかし、我々は、姫様の存在を得た! 精霊に愛され、魔獣さまを従えるような姫様には、我々の想いなど必要ないかもしれません。しかし、そんな無力な我々を慈しみ、憐れんでくださるそのお心! 我々は感動しました!!」
ちょっと待てニャ。……いかん、なんか吾輩の理解を飛び越したような理論展開で戸惑いしかないニャ。
そして、いつからそんな話に……と、村長の傍らの子供をチラリとみると、「テヘ」と子供が頭を掻いた。
キツネ耳の子供、おまえかっ!?
村長の孫としての地位と、子供の純真さを武器に、村人をご主人の信者に仕立て上げやがったニャ!?
吾輩の計画としては、地味に村全体に恐怖のプレッシャーと、ご主人のもたらす恵みの両輪でジワジワと陰から支配していくつもりだったニョだが。 ご主人は、あくまで陰からヒッソリと交易だけやりたかった様だったしニャ。支配までしようと思ったのは、吾輩たちニャわけで。
「「「我々は、精霊の姫様に全てを捧げていきます」」」
…こいつら、思ったより偶像に飢えていたようだニャ。
…大人数で雄たけびを上げてる様子なんて、以前見かけた狂信者のような目つきに見えるニャ。
しかし、さすがの吾輩も、この展開は想像できなかったニャ。…まあ、村を支配下に置くのは規定コースだったので、結果オーライ…なのだが、なんかニャ~…。
その熱気に、さすがの吾輩もちょっと引いたニャ。
でも、吾輩たちが愛するご主人が他の者たちに愛されるのも、悪くない気分でもある。
くくく…人間は時々突拍子もないことをしでかすので面白いニャ。
吾輩は、何となく寛大な気分になり、以前ご主人からいただいたドラゴンの残骸(肉は吾輩とタロウが喰ったニャ)を異空間から取り出して、
『これは、ご主人からの賜りものニャ。お前たちに下げ渡すから、ご主人を守ると言っているお前たちが、武器なり防具にするなり、好きに使うと良いニャ。また、今度様子を見に来るニャ』
と、村の広場に放り出して、吾輩はこの地を去った。
その後、一拍置いてから
「「「おお~~~っ!!!」」」
と、歓声が上がったのを、吾輩の優秀な耳は拾っていた。
…いや、参謀は言い過ぎたニャ。…不本意ながら主のレベルがアレ過ぎて、どちらかと言うとお世話係か教育係が正しいかもしれないニャ…。
というのも、丸っきり何も知らないのかと思うと変なことに詳しかったりするのだが、吾輩のご主人はちょっと常識に欠けるというか、物を知らニャイので、吾輩が身の回りで見張っていないととんでもないことになるのニャ。
この間は教会が管理する聖地でしか育たないような希少薬草を風呂に漬けこんで
「故郷のジャスミンみたいないい香りがするので、ハーブ湯にしてみました」
とか言って常識では考えられない程高価な薬草風呂に入っていたし(度々暗殺者が使う毒草の解毒薬となる薬草。ちなみに高位貴族や王族が高値で購入させられる)
「やだかわいい~!」
と言って、獰猛なマッシュルームラビット(頭にキノコが生えたウサギであるが、肉食。本体はキノコの方で、そこから出る胞子でエモノに寄生する)に近寄ろうとするし、危なっかしくって目が離せないニャ……子供の世話ってこういう感じ? と、時々思うニャ…。
ご主人と出会ってから多少成長はしたとはいえ、吾輩はまだ幼体ニャので、自分より幼い子供と接したことなどニャイんだが…。
しかしそういう、常識知らずで無防備な一面はあるくせに、自分に関わる者には慎重になるというアンバランスな一面もあるニャ。というのも、森で出会った狐獣人の子供を保護して家に連れていくニャんて、ご主人の危機感の無さにはタロウも吾輩も呆れたものニャのだが、絶対に住処は悟らせないという用心深さは感心させられたニャ。…そんなに嫌ニャらその辺に放っておけばいいとも思ったニョだが、
「人としてそれはできない」
…とか。よくわからないニャ。
しかしニャ、吾輩たちはそんなご主人だからこそ、あの家に受け入れられ、こんな恵まれた生活を送ることができている自覚はあるニョで、ご主人のそういうところも受け入れる心の準備はできているのニャが、それだけにいつかご主人の気まぐれで吾輩たちが邪魔になって、捨てていってしまわないかと不安になるときもあるニャ。
ご主人は、どこか遠い場所からこの地に降り立った、得難い人物なのニャ。
理由はまだ教えてもらえていニャいが、時々故郷から離れてしまったことを嘆いていることがあり、「早く帰りたい」などと言っているニャ。 ご主人は独り言だと思っているかもしれニャいが、吾輩もタロウも、耳は人間と比較にニャらニャい位優秀ニャので、ばっちり聞こえているのニャ。
ご主人と離れるニョは、絶対いやニャ!
タロウと吾輩の意見は一致しており、ご主人の願いを極力叶えたいと思っている精霊たちも、想いは一緒のはずニャ。
ご主人が、ずっと我々といるには、どうすればよいニョか? タロウと吾輩と精霊たち(多分その辺で聞いているはずなのでメンバーとして数えるニャ)で話し合ったのニャ。
ご主人が作業している間、見えないところでご主人の普段の言動から書き記していってみると、
・ぐうたらしたい
・モフモフ癒される…
・早く帰らないと、社会的に殺される……
・結構悪い生活じゃないんだけど、ぶらじゃー…でなくてもぱんつはほしい…マジで
・ちょっと人とも交流したいけど、突然こんな自分の身も守れない異邦人の小娘が出てきて、奴隷商人なんかに見つかって隷属のなんちゃらいうチート魔道具つけられちゃって肉奴隷として売り出された挙句禿デブチビで息もくっさい素人童貞のゲス商人とかに買われる監禁リョナエンドとかマジ死ねるから、……帰るまではここでずっと隠れて過ごせたらいいな
………全体的にしょうもない感じだったのに、最後のやつ。本当にご主人には何があったニャ? 時々言葉の意味はわからニャいが、ここだけやけに具体的で悲痛な叫びの様に見えるニョだが…。
さすがに吾輩もそのあたりは知らなかったニャ。タロウを見ると、やつも首をぶんぶん振って『ちがう、我は言っていない』と主張しているし…。
……姿は見えないが、どうも精霊からのとんだ情報リークがあったものニャ。
とりあえず、この辺りから我々の行動指針を立てていくことにするニャ。
① 肉体とご奉仕でご主人を虜にして我々から離れられニャイようにする。(ご主人は毛皮や獣人嗜好の気があるようなので)
② 人間用の生活用品を徴収もしくは交易するために、人間の集落を支配下に置く。(ぶらじゃー、ぱんつ…とは恐らくご主人の世界で使用していた下着の事ニャ。ご主人は常々布製品を欲しがっていたニャ)
③ ご希望通りこの家でご主人を匿って生活する。(ご主人は、どうも人間に対して恐怖感を持っておられるようなので)
あと、「早く帰らないと」のくだりは、ご主人が帰ってしまったら殺されるかもしれニャいので、やはりそれとなく帰れないように誘導する必要があるようニャ。
これらの決議結果を発表すると、タロウは『異議なし』と重々しくつぶやき、どこからともなく “さんせーい” との声が聞こえたような気がしたニャ。
そして、現在。吾輩の前には100匹足らずの人間どもがひれ伏している姿があるニャ。
4日前、ご主人に「おねがい」されて、キツネの獣人の子供を精霊の家で1泊させると伝えに行った際、腹いせに少々吾輩の力の片鱗を見せつけてやったのニャ。
ご主人が善意で保護してやったと言っているニョにこやつらが信じず、無謀にも数人程度のやせっぽちな獣人風情が吾輩に攻撃を加えようとしてきたからニャ。
イライラしてやった。後悔はしてニャい。
とはいえ、もちろん手加減してやったので、誰も死んではいニャいし、傷もポーションで治療してやったニョだから、吾輩も甘くなったもんニャ。 ……揉めたと知れたらご主人に叱られるとか、そそそそんニャことはないニャ。
そして、ポカーンと間抜けな表情をしている奴らに、去るときに言ってやったのニャ
『吾輩のご主人は、お前たちと敵対するつもりはニャい。むしろ交友したいとすら思っているニャ。お前たちがどうするつもりニャのかは、また明日、子供を送り届けた時に確認するニャ』
口を開けたまま吾輩を見送る間抜けな顔は、思い出しても笑えるニャ。
そして、吾輩はご主人の「おねがい」通り、キツネ獣人の子供を無事村に送り届けたニャ。…途中遠回りしまくってグルグルと同じところを回ったりしたので、子供の足取りがふらついていたニョだが、これも「おねがい」通りニャんだから、特に問題はないのニャ。
背に子供を乗せる吾輩の優美な姿を確認した村人は、急いで村長だという子供の祖父や、他の村人たちを呼んできたニョで、我々は村の中央の開けたところで獣人どもに囲まれているニャ。どうでもいいニョだが。
「おじいちゃん、ただいま!」
「おお、ロビン! …無事だったのか…」
子供の祖父だという、キツネの獣人は頭もキツネなので、顔や体が全人種の様な孫と共通するのは耳と尻尾だけニャ。まあ、この子供がこの村の中では特異ニャ位、魔力を備えているということニャのだが…ニャンか、ちゃんと「保護してやった」と言ったのに、そう思われてニャかったかと思うと、ちょっとムカつくニャ。
『吾輩の言葉は信じてもらえてなかったニャ? 吾輩のご主人は、無抵抗な子供に危害を加えるような方ではないのニャ』
「す、すみません、魔獣様! 村長はそんなつもりではなかったのです!」
村長の横にいて、吾輩を警戒しながら見ていた若い犬の獣人が咄嗟に頭を下げながら謝罪してくると
「申し訳ありません、孫の無事な姿を見て、つい不用意なことを口にしました」
キツネの村長も急いで吾輩に謝罪してきたニャ。 まあ、分かってくれれば別にいいのニャ。
「そうだよ、おじいちゃん! お姉さんは、すっごく優しくしてくれたんだよ!」
子供も興奮しながら村長に訴えているニャ。そりゃ、優しくしてくれただろうニャ…イロイロ…。
思い出したら、ちょっとムカついてきたニャ。
「おねえさん……?」
「うん、すごいごちそう食べさせてくれて、お風呂にも入れてくれて、一緒に眠ってくれたんだよ!」
「ごちそう、お風呂……?」
「お姉さんはね、たくさんの精霊様や、上位魔獣さまたちに大切に守られてる、お姫様なんだ!」
「おひめさま……?」
『ぶほっ!』
話に付いて来れない村長や村人たちを置き去りに、子供は興奮して訴えているニョだが……お姫様って!
ご主人は確かに浮世離れしたところがあるし、まあ人間の貴族のような感じに見えなくもニャいのだが、「おひめさま」は何か違うニャ! 思わず吹き出してしまったではニャいか!
そして、笑いをこらえて悶えている吾輩を尻目に、話を聞いていた村人たちも
「お姫様? そんな高貴な女性があんな秘境の奥にいらっしゃるというのか?」
「いや、そんなまさか。 あんなところで暮らせる人間なんかいるものか」
「でも、精霊様や上位魔獣さままで付いていらっしゃるというなら、不可能ではないのかも」
「それこそまさかだろう。精霊様の加護のある人間だって、あそこでどうにか暮らせるものか? そこらの魔法使いや精霊使いだって到達できるかどうかも怪しいというのに」
「しかし、ロビンは今まで一緒に過ごさせていただいていたんだから…」
「いやいや……」
と、追い打ちをかける様にこそこそと話し合っている。吾輩の耳には筒抜けニャ。
確かに、庶民と言い切るには疑問があるが、高貴な女性って、誰ニャ!?
ニャンか違和感しかニャいのは何故かニャ!?
笑いをこらえて髭がプルプル揺れるじゃニャいか! ちょっと、もうやめてほしいニャ!
笑いで憤死しそうな吾輩に構わず、そんな村人たちの声を聞きながら、村長がまとめる様に尋ねる。
「ロビン、今まで一緒にいたのはどういうお方だったんだい?」
「真っ黒な髪と目をした、きれいな全人族? のお姉さん。すっごく濃厚でいい匂いのする魔力をまとって、精霊様に愛されてた! でね、おじいちゃんのことを言ったら、これ! リモーの花とお土産もいただいたんだよ!」
子供はそう言って、ご主人が渡した根付きの花を渡すと、横から垂れミミで茶色い髪の犬獣人がそれを受け取った。どうやら前に言っていた「治療師のおじさん」というやつらしいニャ
「おお、これは、リモーの花…根もついている。これを渡してくれた御仁は、ちゃんと必要な部位をわかっていらっしゃったようだな」
「あと、これはおじいちゃんにって、お土産も。きっとこれで体もよくなるからって」
そう言って、乾燥したポカリの実と、吾輩も好物な池の魚を干したやつも治療師に渡すと、見ていた村長も一緒になって目を見開いた。
「これは……ポカリの実と……この土地の魚……か?」
「うん、病気の後に体力がなくなってるだろうから、どうぞって」
「確かに、この二つは滋養強壮にとてもいい。しかも、このポカリの実…その辺で売っているものよりも魔素がしみこんでいて、滋養がありそうだな」
治療師は、目を凝らしてその二つを見ている。…こいつ、鑑定眼ももっているようだニャ。まあ、レベルは低そうだが。
「病後の滋養には、うってつけの組み合わせというわけか…この方は薬師の素養もおありのようだな」
「うん。お姉さんは、色々お薬とかも自分で作ってるんだって。お姉さんの家は珍しいものがたくさんあって、お庭も天国の楽園みたいだったよ」
子供は夢見る様にうっとりと笑う。
まあ、その気持ちは吾輩もわかるニャ。初めて見た時は、吾輩もそう思ったしニャ。
「村長、これで薬を作れば、病は治りますぞ!」
すると、黙ってやり取りを聞いていた村人たちから歓声があがった。
「あれだけ探しても見つからなかったのに!」
「村長、よかったです!」
「やったーーっ!」
などなど…。 なかなか人望ある長のようであるニャ。 ふむ。
『さて、お話もまとまったようで何よりニャのだが、こちらもいいかニャ?』
村人総出で盛り上がっているところ、水を差すようで悪いニョだが……。
ふーっと爪についた埃を吹き飛ばしながら、そんな前置きで、吾輩は本題に入った。
すると、村人たちはハッとこちらを注視して動きを止め、緊張した面持ちで吾輩の動向を見守っている。
『吾輩のご主人は、この子供が言ったように、大変慈悲深い。縁もゆかりもない、初めて会った獣人の子供を保護して土産まで持たせる位には、お人よしニャ』
まるで、主と自分は違うとでも言わんばかりに威圧しながら言うのが、舐められない秘訣ニャ。
もっとも、前回でのやり取りで、吾輩を舐めるような命知らずもいニャいだろうけどニャ。
『そして、ご主人はこの村と交易することを望んでいる。交易なのだから、ちゃんと対価は支払う。異論があるニャら受けるつもりだが、どうするニャ?』
「……すこし、時間をいただいてもよろしいでしょうか? 何分、未だ病床の身なので、せっかくいただいた薬草を使って、治療をさせていただきたい」
顔を蒼くした村長が、少し前に出て申し出る。 吾輩は、ニヤリと笑って
「まあ、いいニャ。こちらもそれ程急ぎというわけでもないし、ご主人がせっかく渡したものだから、早く使って治すといいニャ。では、三日後にまた来るニャ」
と、申し出を受け入れた。 まあ、今日決めることもないからニャ。
「ありがとうございます。 薬草、無駄にしないよう使わせていただきます」
「じゃ、3日後ニャ」
と、深々と頭を下げる村長に別れを告げ、吾輩は一時住処にもどったニャ。 子供は心配そうに吾輩と村長を交互に見ながら吾輩を見送って、「ありがとうございましたー」と、手を振っていた。
ということで、前述の“吾輩の前には100匹足らずの人間どもがひれ伏している姿があるニャ” に戻るわけで。
「我々は、精霊の家にお住まいの姫様を奉ずる者として、精いっぱいお仕えさせていただきたいと存じます!!」
……へ?
ちょっと、村長の表情が決意を感じさせるような、それでいて浮ついたように見えるんだが……なんか思ってたのとテンションが違うニャ。
「姫様の慈悲深いお心と、幼子への慈しみに感銘を受けました!!」
いつくしみ……? そんなだったかニャ?
「僕は、きっと将来お姉さんを守る存在になります! 魔法しか取り柄のない僕ですが、きっとお姉さんを一生守って見せます!」
…お前もか? いや、確かに思い込みが激しそうニャきらいはあったけども。…てか、どさくさ紛れに何言ってるニャ?
「我ら一同、権力闘争に敗れた主家に付いてこの地に移り住んで以来、細々と森の魔獣や魔虫などと戦いながら生活してきておりました。この地は人が暮らすには過酷すぎるのですが、我々も腕に覚えのある一族の末。貧しいとか、周囲に強敵があふれているとか、そんなものは案外気合でなんとかなる……。魔獣や魔虫に戦いを挑んで負けた者も、戦士の末裔なれば戦いに身を投じて戦死したようなもの。残された者に悲しみはあれど、納得はできます」
そ、そうニャのか? 気合でなんとかなるものなニョか?
そして村長、病み上がりで大丈夫にゃのか? すっかり元気をとりもどしたようで何よりニャ。
…って、そうじゃなくてニャ?
「常に思っておったのです……お仕えする主人のいない日々のなんと空虚なことか…と。しかし、我々は、姫様の存在を得た! 精霊に愛され、魔獣さまを従えるような姫様には、我々の想いなど必要ないかもしれません。しかし、そんな無力な我々を慈しみ、憐れんでくださるそのお心! 我々は感動しました!!」
ちょっと待てニャ。……いかん、なんか吾輩の理解を飛び越したような理論展開で戸惑いしかないニャ。
そして、いつからそんな話に……と、村長の傍らの子供をチラリとみると、「テヘ」と子供が頭を掻いた。
キツネ耳の子供、おまえかっ!?
村長の孫としての地位と、子供の純真さを武器に、村人をご主人の信者に仕立て上げやがったニャ!?
吾輩の計画としては、地味に村全体に恐怖のプレッシャーと、ご主人のもたらす恵みの両輪でジワジワと陰から支配していくつもりだったニョだが。 ご主人は、あくまで陰からヒッソリと交易だけやりたかった様だったしニャ。支配までしようと思ったのは、吾輩たちニャわけで。
「「「我々は、精霊の姫様に全てを捧げていきます」」」
…こいつら、思ったより偶像に飢えていたようだニャ。
…大人数で雄たけびを上げてる様子なんて、以前見かけた狂信者のような目つきに見えるニャ。
しかし、さすがの吾輩も、この展開は想像できなかったニャ。…まあ、村を支配下に置くのは規定コースだったので、結果オーライ…なのだが、なんかニャ~…。
その熱気に、さすがの吾輩もちょっと引いたニャ。
でも、吾輩たちが愛するご主人が他の者たちに愛されるのも、悪くない気分でもある。
くくく…人間は時々突拍子もないことをしでかすので面白いニャ。
吾輩は、何となく寛大な気分になり、以前ご主人からいただいたドラゴンの残骸(肉は吾輩とタロウが喰ったニャ)を異空間から取り出して、
『これは、ご主人からの賜りものニャ。お前たちに下げ渡すから、ご主人を守ると言っているお前たちが、武器なり防具にするなり、好きに使うと良いニャ。また、今度様子を見に来るニャ』
と、村の広場に放り出して、吾輩はこの地を去った。
その後、一拍置いてから
「「「おお~~~っ!!!」」」
と、歓声が上がったのを、吾輩の優秀な耳は拾っていた。
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