【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな

幕間―クリスティアン王子の事情⑥―

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「彼女たちは…どこからやって来たんだろうな…」

 あれから数日後、俺は奥庭のベンチに左手を枕に仰向けで横たわり、上空に掲げた右手の中の小瓶を手遊びにクルクルと角度を変えて陽光の反射に目を眇めながら、傍らで寝そべってモゴモゴと何かしているジェロームに話しかけた。 おやつの魔獣の骨でもかじっているのだろうか。

 その小瓶自体は何の変哲もないどこにでもあるような、俺の親指程度の大きさのガラス瓶で、市井しせいで手に入れるなら1本銀貨1枚程度はするらしい。ガラス瓶自体の製造については、ほとんどの物が工房ごとに作る手作りのものなので、まあまあいい値段がするとも言えるが、王子たる俺から言えばその程度の価値でしかない。しかし、その中に1/3程入っている液体はそんな小瓶とは比較にならない位に貴重なものだ。

 彼女たちとの不思議な邂逅後の翌朝、始業時間になってからすぐ、もらったポーションの残りを魔法省の研究室にいる、鑑定スキルを持っている魔導師に鑑定させると【下級ポーション】との名前は出るものの、明らかに下級と呼ばれるのが不思議な位にレアな素材が使用されているのが見え、今までのポーションとは段違いに上質な効果が表れたとの報告があがった。

 上級ポーション・中級ポーション・下級ポーションのランク付けには、大まかな分類基準というものが存在する。

 下級ポーションは体力の小回復と、皮下組織程度の外傷までを癒し
 中級ポーションは体力の中回復と、筋層・骨組織あたりまでの外傷を即時回復する
 上級ポーションは体力を大幅に回復し、臓器の欠損すら回復させるもの

 との定義づけがあり、それ以上を求めると、あとは死すら退けるという伝説のエリクサー位しかでてこない。
 効果は作り手によって大小差はあれど、そのあたりの基準を満たしていれば等級と名称がつく。
 ちなみに、マナポーションという、魔力回復薬もあるが、あれは国家が管理する特殊薬に相当するので、売って罰せられるというわけではないが、数を集めて使用するのは軍事に転用される恐れがあるため、扱うには届け出が必要となる。 

 そして、この下級ポーションのことであるが、確かに中級ほどの癒しの力があるとはいえないが、その素材や込められた魔力があり得ない程上質なのだろう、軽度の魔力回復能力を持ちながら抗炎症作用や止血作用、鎮痛作用の効能が他の下級ポーションと比べても段違いに優れている。というか、ささやかな治癒力であっても、その効能を即座に効率よく活かせる付属作用が詰まっていたというべきか。
 あれだけ腫れあがっていた俺の顔も、あのポーションを飲んだ後には、跡形もなくなっていたという。
 また、ジェロームに使用されたと思われる上級ポーションは、恐らく上位魔獣の魔導回路を正常化させる効能もついていたのではないかと、俺は睨んでいる。
 それができなくて、研究室の秀才たちが何年も研究に没頭していたのだから。

 ただ、研究室の鑑定家資格持ちが興奮気味に面白いことを言っていた。

 これは、200年ほど前に中央大陸にあった小国ロベリアーノの宮廷魔導師エーリッヒの失伝したレシピを元にしたものではないかーーーと。
 
その国自体は内乱と侵略のダブルパンチで滅んでいるのだが、当時、エーリッヒという魔導師が魔導だけでなくポーション作りにも優れていることが有名で、国自体には何の旨味もないが彼だけは引き抜きたいという国もいくつかあったと言う。しかし、母国が戦火を浴びた時に逃げ遅れたため、レシピもろとも焼失し、今伝わっているものは弟子が見よう見まねで作ったものなので、少し足りない部分があるとも。
 俺もその魔導師についてはいくつか調べたことがあったのでわかるのだが……そのポーションを持つ彼女が一体何者なのか、更に謎が深まったが…作成したのは彼女である可能性が高いとも思った。
 しかし…まさか200年以上生きているわけでもあるまい……とは言え、それも推測であるが。


「本当に、興味が尽きないな…」

 ふふっと思わず笑いながら、両手を組んでググっと伸びをする。1時間ほどここで寝転んでいただろうか。
 あれから毎日、ひょっとしたらまたここで会えるかもしれないと期待しつつ、昼に夜にと頭痛がなくてもここで過ごす時間が増えている。彼女に会って頼みたいことがあるから…というよりも、ただ純粋にもう一度会いたいと思う。
 しかし、あちらはもう会いたくないと思っているかもしれないが……。なんてネガティブなことを考えると、いつもの頭痛とは違う頭重感が襲ってきて、さっきまで晴れやかだった気分が急に沈んでため息が出る。

 …なんだ? 情緒不安定なのか?

 そう思いながら、気分を変えようと軽く頭を振って思考を切り替えた。

 きっと今頃は副官が執務室でイライラしながら待っているだろう。しかし、それでも呼びに来ない所を見ると手に負えない案件が転がり込むということもなかったようだ。一応各省の中でも激務な方でもあるのだが、下がちゃんとしていると上は楽ができる。なんだかんだ言ってやり遂げているのだろう。
…もっとも、俺の決済が必要なもの以外を押し付けて来たから、イライラと言うよりも、ヒーヒー言っているかもしれない。

「そろそろ戻るか……って、おい、ジェローム。さっきから何してる?」

 ベンチから降りて立ち上がり、グッと伸びをして足下のジェロームに声を掛けると、ジェロームは『フゴ?』と何かを咥えた状態で間抜けな声を上げた。
 先ほどから伏せの状態で夢中になって何かしているなと思ってたら、黒い布切れのようなものをしゃぶって……って、

「おい、それ、まさかとは思うが……」

 俺はその布切れに見覚えがあり、驚愕した。

『あの女性が落としていったものなんだが、ものすごくいい匂いがするのだ』

 そういいながら、グチャグチャと音を立てて貪るように食んでいる。

 あれって…あの女性の落としていった下着だよな。…実はあの後コッソリ探しに行ったのだが。

「どこに行ったかと思っていたら、お前が持っていたのか!?」

『うむ、これを口に含むとやけに力が漲るのだ。見ろ』

 そう言って下着を大事そうに亜空間に仕舞うので、つい「あ…」と声を上げて手を伸ばしそうになってしまったが、それに気づかずジェロームはすっくと立ち上がり、フーンとすまし顔でフルフルと尻尾を振っているので、俺は気を取り直してジェロームに向き合った。

 今日もフワフワ毛皮がかわいいな…じゃなくて、何を言いたいのだろうかと再びベンチに座ってジェロームのモフモフした毛皮を見回すと、やけに毛艶がいい気がする…というか、輝いている?

『どうだ、今までに無いほど力に溢れて、余剰の魔力が私の周囲を取り巻いているのが見えるか?』

 確かにその効果には目を見張るものがあるのだが……その原因に思い至り、それを喜んで貪っているジェロームに対して申し訳ない気がしてきて、思わずそっと目を逸らしてしまった。

『…また、あの方に会いたいものだ。私とそれ程変わらない体格だった兄上があれ程ご立派になられたのだ、きっとその原因がそこにあるに違いない』

 普段あまり感情を乱すことのない彼が、夢見るようにうっとりとした表情で言うので、その言葉から色々考えてしまった俺は、咄嗟に相槌の言葉が出ず 「そ、そうだな」 としか答えられなかった。



 そして、それから更に数日後、執務室で書類仕事をしている時だった。

「長官、お探しの物が手に入ったようですよ」

 と、副官が嬉しそうに笑いながら紫色の小瓶を差し出してきた。

 俺は思わず椅子から立ち上がり、ネズミの半獣人である副官の顔を見ながら小瓶を受け取った。副官は、半獣人とはいえややネズミの特徴が強く、耳と尻尾以外にもその鼻横にはピンピンと長いひげが生えており、齧歯げっしのような前歯が大きい。しかし、若いながらも頭の回転も速く誠実な男であるため、右腕として頼りにしている。 まあ、一番とばっちりを受けているのも彼なんだが。

 俺は受け取った小瓶を確認し、その概要書に目を通した。
 小瓶の形、材質は俺が持っているものと多少形は違えども同じ工房で作られたような特徴がみられ、そして肝心なその中身…素材、内容共に同じものであると解析班から断定されたと記載があった。

「どこで手に入れた?」

 思わず余裕のない口調で尋ねると、それを受けた副官はニヤリと笑い、報告を始める。

「それが、王都のとある店で売っていたそうです。――その店自体はそれ程規模の大きい店ではありませんが、20年程前から地域に根付いて誠実に商売してきた優良店とも言える店で――
 最も、店頭販売というような売り方はせず、常連客だけに少しずつ広めていたため、我々の目には留まり難かったようですが。我が省の役人の実家がその店と交流があり、運よく手に入れたそうです」

「……店で売っていたというのか? コレが?」

 思わず驚愕してしまう内容だった。これをその辺の一商店で無造作に取り扱っていたのかと思うと信じられない。…いや、口コミに限定していたということは、多少なりともその特異性をわかっていたのだろう。

 俺が考えに耽っていると、その横で副官はうんうんと頷いている。

「で、その商品はどこから取り寄せているのかは分かったのか?」

「いえ、そのことを店主に尋ねたそうですが、『商売のタネをばらす商人はいない』と突っぱねられたようです」

 ……その店主、やはり何か知っているな。

 どこからともなく仲買人が持ってきた…というわけではなく、作成者まで心当たりがあって庇っていると考えられる。

 俺は、これまで何の手掛かりも得られなかったところへ突然現れた手掛かりに、心が湧きたつのを感じ、即座に命じた。

「その店を徹底的に探れ。店主はこれの秘密を何か知っているに違いない。…ひょっとしたら、これ以外にも我々の常識が覆るようなものが出てくるかもしれんぞ」

「畏まりました。では、即座に調査に当たらせます」

 俺との付き合いの長い副官は、ソロリと長いネズミの尻尾をそよがせると、それ以上余計な事は何も言わずに命令を実行するために退室していった。



 これから忙しくなるな…

 そう思いながら、仕事の続きを行うべく再度椅子に腰を下ろして机に向かうが、ペンを握りながら何か言いしれない闘志の様なものが湧いてきて、心が逸る。そして、

 今度は捕えてやる

 と、口角を上げ、笑みを浮かべて決意した。
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