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第三章:巻き込まれるのはテンプレですか? ふざけんな
幕間―クリスティアン王子の事情⑤―
しおりを挟む『ガアァッ!!』
と、突然の獣の咆哮と共に巨大な魔獣が飛び出してきて、咄嗟に剣を構えて防御結界を纏う。
というか、陰(女の影は見えないが)から飛び出してきたように見えて
まるでジェロームの様ではないか。
と思い驚いていると、呼ぶまでもなく陰から姿を現していたジェロームは、その獣を見て動揺しながら呟いた。
“兄上………?”
その言葉に、敵の前でありながら思わずジェロームの方を見てしまった。しかし、相手の獣は動こうとせず、ジッと俺たちを威嚇しながら見つめていたので、自然、俺たちは動くことができずにジリジリと見つめ合う形になった。
『久しいな、ジェローム。その姿を見るに、大分苦労をしたようだが…』
その巨大な魔獣は、よく見ると神狼族の完全形というような、堂々とした姿を誇りながら威圧してくるため、見下ろされた形の、傷だらけで大きくなることがなかったジェロームの姿がより小さく見えた。
幼い頃、俺を庇ってあんな傷を負うことがなければ、なっていたかもしれない姿に、魔獣と対峙しつつも俺は胸が痛くなった。
『お前の連れは、我の主に危害を加えた。よって、弟であろうと関係ない。庇うつもりであるなら、二人そろって死ぬがいい』
……正直、ジェロームの兄の殺気から、そんなことじゃないかとは思ったが。
ジェロームと一緒に何度も暗殺者や襲撃者、魔獣などを倒してきたが、これは無理かもしれないと思う程、実力差は明らかだと察せられ、いつになく動揺しているジェロームの姿からも、それは正しい推測だとわかった。きっと、精霊の加護ですらその差を埋めることができないだろう。
しかし、それでも命を諦める選択肢を取ることはできないため、俺は剣を構えながらその隙を…針の穴程の隙を見つけようと足掻きながらも、こんな上位魔獣を従属させている謎の女に思いを馳せていると……突然、いつも俺の周囲を取り囲むように覆っていた精霊たちが霧散した気配を感じた瞬間、左側の頬に『ボゴォッ!!』と、衝撃が襲った。
地獄に落ちろ!
というような言葉が聞こえた気がするのは、幻聴だったろうか? ……そう言いながら、幻聴じゃないんだろうなという気はしているが。
俺は、一瞬にして精霊の守りを引きはがされた無防備な状態で何者かの攻撃をまともに受け、
精霊を…引きはがす? そんなことができるのか?
そんなことを考えながら声を上げてそのまま吹っ飛んで……その後しばらく気を失っていたようだった。
少しの間飛んでいた意識を取り戻した時、あまり体を動かすこともできず、じくじくと疼く頬や背部の痛みをこらえながら、急所は負傷していないことを確認すると、辺りが静かになっていることに気づいた。 なんて言うか、精霊すら息をのんでいるような? そんな不確かな静謐さを感じる空気だと思った。
その中心にいるのは、見覚えのない若い女。
パッと見は全人族の娘であるようだが、その耳の形と黄みがかった白い肌の色、黒い瞳が彼らとは違う人種だと訴えているようだった。
この状況ではこの女こそが気配の全てを消し去ってこの奥庭に忍び込んだ人物であると考えた方がいいだろう。
目的があってここにいたが、何かが起こったことによりその姿を現すことに決めたのだ。
…って、俺は本当に何もわかっていないことしかわからないのだが。
やっと目にすることができたその女は、黒い毛皮のコートを羽織り黒い艶のある布地のドレス姿で、首や両手首、両手に様々な魔道具を装備した15~16歳程の美しい…というよりも可愛らしい少女に見えた。俺のような例もあるため、見かけと同じ年齢であるかまではわからないが。
そして女は、小柄で華奢な体躯な上に、この辺りではめったに見ない程珍しい、腰まで伸ばした癖のない長い艶やかな黒髪を風に靡かせて、物憂げな眼差しでジェロームを見つめていたが、スッとあまりに無造作に近づいて行ったため、ジェロームは困惑したまま女を見上げていた。
『ジェロームよ、主に敵意はない。大人しくしていろ』
少し離れた場所で、ジェロームの兄がジェロームの様に抑揚の乏しい口調で命令すると、狼狽えていたジェロームの動きが止まったようだった。 やはり、命令に逆らえない程の力量差があるようだ。
しかし、どういう状況なんだろうと、動かない体に鞭打って上体を起こし、なんとか座り込む体勢を取っていると、女は済まなさそうな表情で
「ごめんね」
と、思ったより低めで耳障りの良い声を掛けてから、ジェロームの顎をその細く白い指でクイっと持ち上げて何かをつぶやいた後、何らかの薬を飲ませているようであった。見も知らない女に怪しげな薬を飲まされているというのに、何故かそれを止めようとも思えず、ジェロームが何も抵抗せずにされるがままになっているのをただただ見守っていた。すると、細かい所は見えなかったのだが、ジェロームの体から淡い光が立ち上っているようであった。
あの反応……上級ポーションだったのか?
いや、今まで俺も何度か上級ポーションを作っては飲ませて来たのに、あんな激しい反応をするなんて見たことがない。
そう思いながら目を凝らしていると、こちらを向いたジェロームの顔の傷が光と共に消えているではないか。
何なんだ、あの薬は!? 何が違うというんだ!?
俺は愕然となってその謎のポーションの効果をただ見守っていたがその耳に、この場の異様な魔力値の上昇や魔獣が襲来したことを察知した衛兵たちが駆けつける音が聞こえて来るまで、身じろぎもせずにジェロームの変化を見守っていると、女たちは――どこに隠れていたのかこれも上位魔獣であると思われる白いネコまでいたのだが――急いで撤退する用意を始めていた。
どうやってこの場から撤収するというんだ?
未だ声も出せない程ダメージを追っているため、そのままの状態で興味を惹かれてただ黙ってみていると、女はジェロームと俺に向かって
「じゃあね」
と微笑みながら手を振って、ジェロームの変化を見終えることなく、その場から音もなく消え去ったのだ。
転移魔法? 転移陣?
あんなに無造作に3人で消え去ることのできる転移魔法など聞いたことがない。
魔法陣開発の最先端である全人族の領域でも、人一人転移させるには10m四方の詳細な魔法陣を二つ用意し、10人程の上級魔導師の魔力が必要だと………いや、もうそんなことはいいだろう。
俺は最早あれらの存在について、考えることを放棄した。あまりに常識の範囲が違いすぎる。
はは……完敗だ。もう、出鱈目すぎて声もない。
ひょっとしたら、あれだけつけていた魔道具の一つの作用かもしれない。…もちろん、我々の技術で作り上げたものではないと思うが。 ふと、そう思ったのは間違いではないだろう。
『クリスティアン、クリスティアン』
しかし、かつての出会った頃と遜色ない姿で、そのかわいらしい声で嬉しそうに俺を呼ぶジェロームの姿を目にすると、もう、何でもよくなった。
あれだけジェロームの姿や能力を元に戻そうと、必死になってポーションを作りまくり、部下に命じて各所のポーションを買い漁っては研究に没頭し、失伝したレシピを解明しようと古書を読みふけって徹夜を繰り返した日々も、そのために魔法省で研究したいと親父に願ったことも何もかも。
俺がやりたいことがあると兄貴に訴えた一番の希望は、ジェロームを元に戻すことだったのだ。
『クリスティアン、あの方がこれを置いて行ったので、飲むといい。多分、お前の分ではないかと思うのだが』
そう言って、俺の手の中に小さな小瓶を落としたので、俺はあれだけのことをしでかした男にすら慈悲を与える彼女のお人好しな優しさには何も言わず、苦笑しながらそのままポーションに口をつけた。
それはほんのり甘みがあって、さらりと口から溶けていき…みるみる俺の顔や全身を癒していったのだった。
新しい目的ができてしまったな……
彼女の印象的な笑顔がやけに心に残りながらも、スッキリした気分でそう思った。
あれだけ俺を悩ませた頭痛が、今は落ち着いていることを感じながら。
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