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第四章:地味に平和が一番です
幕間―キツネ一族の懇談会―
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「これでもう店の中は準備が整ったし、2階の住居も片付いたよ。手伝ってくれてありがとう」
僕はそう言って、これから一緒に働くこととなる従業員たちと共に、引っ越しを手伝ってくれた顔なじみの村人たちにお礼を言った。
もう町と言っても良い程の規模になったこのテルミ村に、これから我が商店の2号店を構えることなったため、その引っ越しの準備を先週から行っていたが、今日、予定通り引っ越し作業も終了することができたのだ。
あの日僕と父さんと叔父さんとで話し合った後に、一度全員でこの村に視察という名の現場確認に来たのだが、叔父さんたちは故郷の変貌ぶりに言葉も出ない程驚いていた。
「おいおいおい、最後に来たのは5年程前だったが、あの頃と比べて全く違う町になってるじゃねーか」
そう言って、ワイバーンの背から村を見下ろし、驚いているのはゲオルグ叔父さんで、
「むぅ…これは……違う村に来たんじゃないのか?」
門の前に降り、開口一番にそう言って目の前の事実を認められない父さんは、商人としてどうなのか。…いや、王都の繁華街に構えた店もそれなりに繁盛しているので、商人の資質云々というより、ちょっと混乱しているだけだろう。
きっと二人の記憶には、住人もまばらで訪れる者も少なく、寂れた村の光景が残っていたことだろう。
しかし現在は、数年前より住人も倍以上に増え、そこかしこに真新しい住宅が建てられているようになっていた。そして、土がむき出しになって整備さえもままならなかった道には石が敷き詰められて、馬車や荷車などが通りやすいように舗装されているではないか。
もちろん、この村の住民の生活の糧は狩猟・採集と牧畜にあるので、そこかしこに家畜小屋もある。しかし、家畜小屋は中央広場から大分離れた外周に移動されており、真新しく立派な小屋になっていた。
「正直、最近のテルミ村はかつての寒村のイメージとは大分かけ離れた存在になってきています。
強力な魔獣が跋扈し、常に命の危険に晒されていた村人たちの命や安全が確保され、森に吸い上げられていた大地の滋養が賄われることになり、彼らの生活環境が一変したと言っても過言ではないでしょう。
また、世に忘れさられていた彼らを守り、導くものが現れたことによって、かつて騎士として名を馳せた村人たちの誇りが蘇ってきたのか、国を興そうとでもいうかのように、彼らの士気は大変高いものとなっているのです」
僕は、父や叔父を村長であるゲラルト伯父さんの現在の住居へ案内しがてら、ここ最近の村の変貌ぶりについて説明した。
「ああ、それにしたって…なぁ」
叔父は、全く様変わりしてしまった自分の故郷を、キョロキョロと落ち着きのない様子で見まわし、父は黙って村の住民の様子を観察していた。
そして15分程歩くと、中央広場の女神像の元へ出ていくと、二人は大きな石像の女神さまを見上げてため息をつく。
「全人種とはいえ、ちょっと珍しい顔立ちのお嬢さんだな…。しかし、この像はその女性を忠実に模したと聞いているのだが…随分お若い」
父は女神像を見上げ、目を細めて呟いた。 その表情には、村が変貌した理由の中心人物である女神さまに対する侮りは全く見られなかった。
「ああ…正直、こんな年端も行かない娘っこに、村人揃って何を誑かされたかと思っちゃいたが…ここまでのこととなると、やはり只人とは言い切れねえだろうなぁ…」
そう言って、叔父も眩しそうに女神像を見上げ、父の呟きに返答すると、その表情を真摯なものに変えていった。
「…兄貴、ゲラルト兄貴が待ってる。 そろそろ行くか」
数分の間、黙って像を見上げていた二人は、軽く目を合わせて頷くと、伯父の家へと歩を進める。
この地を故郷とする古強者のギルドマスターと怜悧な商人、二人の中で何某かの意志が固まったようだった。
そして、かつての住居より立派になった伯父の住まいで、僕たちは久方ぶりに会ったゲラルト伯父さんとその孫のロビンと対面した。
「この村の変貌ぶりに驚きましたよ。 自分が暮らしていた故郷とはまるでかけ離れた街に来たのかと思う位に。
…兄さん…これからこの村をどうされるおつもりなんですか?」
二人との挨拶もそこそこに、普段の落ち着いた仕事姿勢もかなぐり捨てて、父は性急とも言える口調で口を開く。それに対し、ゲラルト伯父さんとロビンは少し驚いたように目を見開いて、お互い目を合わせた。
「これから、この村は聖地を…女神さまを守る盾となります」
そう言ったのは、村長である伯父ではなく、ロビンだった。
ほんの1年程前までは幼児のようにあどけなく泣き虫な子だったのに、今のロビンの態度は稚い子供のそれとはかけ離れた、大人の様な態度と落ち着きだった。
「…本当にそのお嬢ちゃんが女神だと信じているのか?」
ゲオルグ叔父さんの遠慮のない言いように、僕はロビンや伯父が気を悪くするのではないかと思ったが、大事なことだと思ったので口を挟まなかった。
「大叔父さんたちは、この村の変貌ぶりを見たでしょう。少なくとも、僕らを顧みず救いの手を差し伸べることもなかったどの存在よりも、十分尊い方だと思います」
ロビンがクスリと笑ってそう返すと、叔父は焦れたように口を歪めて言葉を重ねる。
「そういうことを言ってるんじゃねえってわかってんだろ? 御託はいい。 お前は可愛い顔して昔っから知恵が回って油断ならねえところがある子供だった……お前たちの正直な考えを聞かせてほしいんだ。 それによって俺たちはすべきことを決めなけりゃなんねえ」
いつになく、真剣な口調の叔父に、僕は黙ってロビンと伯父の出方を窺う。
「本当の正体がなんであれ、我々にとって神に等しい方であることは疑いない。
あの方はあまり自身のお力をご存じないのか無頓着で、精霊様のお力を借りただけだと仰るが、土地を潤し、我々の生命と安寧に心を配って下さる存在に報いるには、せめてあの方の平穏を守る存在になろうと、我々は誓ったのだ。
そして、側近の方々のお言葉がなくとも、我々を守りながらも必要としてくださる存在と出会えた幸運を喜んだ
…お前たちも知っているだろう、我々の心の奥底に眠っていた本当の想いを」
「『騎士は、守る者があってこそ騎士たり得る』……うんざりするほど聞かされた言葉ですね。
私たちの祖父や父は、いつまでもその父や祖父が騎士であった頃の矜持を捨てられない、頑固な男だったけれど……」
「あいつらは、まだ夢を見たいと思っているんだな…。 守る者もいなくなった俺は、とうに諦めちまったが…」
正直、物心ついたころから商人である父の教えしか知らないので、遠い目をして語る伯父たちや父の気持ちはよくわからないが、この村はその時代の教えを受けた年かさの者が多く残っている。 きっと、主家を失い、守り仕える存在もなくなって寄る辺なく集まっているだけだった彼らの心を満たす存在が現れたということなのだろう。
ここ最近の村人たちの表情は、――腹や懐が満たされたというだけでなく――かつてどこか人生を諦めていたような様子だったころとは違い、活気に満ちている。
「…女神様の側近の魔獣さまは、僕たちを神殿騎士の様にしたいんだと仰いました。ならば、僕はいずれ彼らを束ねる教団の長になります」
ロビンがあどけない顔でフフッと笑いながらそう言うと、その言葉を受けて、ゲラルト伯父さんは優しくも剛い眼をして
「かつて我々の曽祖父たちは精霊様の巫女の血統を誇るイナリさまに仕え、『北方神子の剣』と謳われていた。
……この森一帯の精霊様や上位魔獣様たちの後押しもある……やってやれないこともないだろう」
と、見たことが無いほど獰猛な笑みを浮かべて嬉しそうに言葉を繋ぐ。
「ククッ…なんだよ、兄貴たち、やる気満々じゃねーかよ。そんな表情なんて、久しぶりに見たぜ。
……だが、悪くない」
元々そういった荒事を愉しむ気質のある叔父は、伯父たちの決意を嬉しそうに笑いながら見つめると、
「よし、じゃあ俺も決めるわ。 近いうちにこの村に、うちの若いの引き連れてギルドの支部を開かせてもらうから、あの広場のあたりで事務所にできる土地と家屋を用意しておいてくれると助かるぜ」
現在、森と北方の海、王都に隣接する要所にある広大なサザーラント領の冒険者ギルドマスターである叔父は、王都でも屈指の冒険者でもあったため、叔父を慕う現役の冒険者たちは数多い。また、王都のギルドでも管理職として辣腕を揮っていた過去もあり、この地が聖地となるならば、ここにギルドの支所を構えることに反対する者はいないだろう。
何せ、強力な魔獣が闊歩しているこの土地は、滞在するには危険すぎ、遠方を拠点において狩りや採集をするしかなかった。しかし、この地が精霊さまが守る安全地帯になるのならば、元々希少薬草や魔石、レア魔獣の素材が豊富な土地である。ここが有力な採取場となることは火を見るよりも明らかだろう。こんな鉱脈を見逃すようでは、冒険者など廃業するべき失態だ。
「…ならば、それらの物をやり取りする商人がいてもおかしくあるまい」
もちろん、そんな叔父の提案に乗った体で話を進めはするものの、老獪な商人である父が黙っているわけがない。
「兄さん、実は女神さまの恩恵を受け、なかなか儲けさせていただいておりまして。
うちの商会もそろそろ2号店でも出そうかと思っていたのですが…それをエディに任せたいと思うので、どこか広場近くの土地か建物を見繕って頂けると助かります」
父はニコニコと笑いつつも眼光鋭く、大きな商売を前にした時の様にイキイキとした表情で口を挟む。
伯父とロビンは、そんな二人の様子を嬉しそうに見つめる。そして、ロビンが輝く様な笑顔で
「これからうちは、王国の軛から離れ、女神が治める聖地として独立していく予定なので、我が領邦を盛り立ててくれる存在はありがたいです」
と、言ったので、僕たちは笑顔のまま固まった。
そして現在、あれからも少しずつ住民が増えてきているのを感じながら、僕も2号店の店長として、数日後に迫った開店の準備に追われている。
この店の向かい側に建っている大きな家には、叔父が主導した冒険者ギルドの支所が入るらしく、あちらも人出入りが慌ただしい。
かつては村人全員顔見知りという感じだったのに、遠方に散っていった一家が出戻り始めているためか、そこかしこに見ない顔も増えて来た。
これからどんどんそんな感じで人の出入りが激しくなるだろうが、その辺りの人の管理は村長である伯父と村人たちが担うことになる。しかし、害意の有るモノが近づかないように、精霊さまからのチェックも入るため、何とかやっていけそうだとロビンが言っていた。
それなりに広大となった土地ではあるが、今ある規模からそれ程範囲を拡大させることもないそうなので、ここに居を構えようとするとなると、本当に篩にかけられるらしく、村長の親族でよかったと、僕たちが心の底から安堵したのは別の話である。
「王都にあった商店が、これから開くんですね…」
そうして僕が店の前で店の外観のチェックをしながらウンウン言っていると、艶やかな白い毛並みの可愛い犬種族の女の子が声を掛けて来た。
「はい、3日後に開店するので、よかったら買い物に来てくださいね」
王都の本店で買い物をしたことがあるのだろうか?
とりあえず見覚えはないが、開店したらお客さんになってくれるかもしれないので、営業スマイルで愛想よく振舞うと、女の子は「ふふっ」微笑むと、少し低めだが耳通りの良い声で
「そこでお買い物をしたことはないんですけど……楽しみにしてますね」
と、言葉を残して去って行った。
どこか花のような甘く芳しい香りが鼻に残って、僕は何も言えずにその女の子の後ろ姿を見送った。
僕はそう言って、これから一緒に働くこととなる従業員たちと共に、引っ越しを手伝ってくれた顔なじみの村人たちにお礼を言った。
もう町と言っても良い程の規模になったこのテルミ村に、これから我が商店の2号店を構えることなったため、その引っ越しの準備を先週から行っていたが、今日、予定通り引っ越し作業も終了することができたのだ。
あの日僕と父さんと叔父さんとで話し合った後に、一度全員でこの村に視察という名の現場確認に来たのだが、叔父さんたちは故郷の変貌ぶりに言葉も出ない程驚いていた。
「おいおいおい、最後に来たのは5年程前だったが、あの頃と比べて全く違う町になってるじゃねーか」
そう言って、ワイバーンの背から村を見下ろし、驚いているのはゲオルグ叔父さんで、
「むぅ…これは……違う村に来たんじゃないのか?」
門の前に降り、開口一番にそう言って目の前の事実を認められない父さんは、商人としてどうなのか。…いや、王都の繁華街に構えた店もそれなりに繁盛しているので、商人の資質云々というより、ちょっと混乱しているだけだろう。
きっと二人の記憶には、住人もまばらで訪れる者も少なく、寂れた村の光景が残っていたことだろう。
しかし現在は、数年前より住人も倍以上に増え、そこかしこに真新しい住宅が建てられているようになっていた。そして、土がむき出しになって整備さえもままならなかった道には石が敷き詰められて、馬車や荷車などが通りやすいように舗装されているではないか。
もちろん、この村の住民の生活の糧は狩猟・採集と牧畜にあるので、そこかしこに家畜小屋もある。しかし、家畜小屋は中央広場から大分離れた外周に移動されており、真新しく立派な小屋になっていた。
「正直、最近のテルミ村はかつての寒村のイメージとは大分かけ離れた存在になってきています。
強力な魔獣が跋扈し、常に命の危険に晒されていた村人たちの命や安全が確保され、森に吸い上げられていた大地の滋養が賄われることになり、彼らの生活環境が一変したと言っても過言ではないでしょう。
また、世に忘れさられていた彼らを守り、導くものが現れたことによって、かつて騎士として名を馳せた村人たちの誇りが蘇ってきたのか、国を興そうとでもいうかのように、彼らの士気は大変高いものとなっているのです」
僕は、父や叔父を村長であるゲラルト伯父さんの現在の住居へ案内しがてら、ここ最近の村の変貌ぶりについて説明した。
「ああ、それにしたって…なぁ」
叔父は、全く様変わりしてしまった自分の故郷を、キョロキョロと落ち着きのない様子で見まわし、父は黙って村の住民の様子を観察していた。
そして15分程歩くと、中央広場の女神像の元へ出ていくと、二人は大きな石像の女神さまを見上げてため息をつく。
「全人種とはいえ、ちょっと珍しい顔立ちのお嬢さんだな…。しかし、この像はその女性を忠実に模したと聞いているのだが…随分お若い」
父は女神像を見上げ、目を細めて呟いた。 その表情には、村が変貌した理由の中心人物である女神さまに対する侮りは全く見られなかった。
「ああ…正直、こんな年端も行かない娘っこに、村人揃って何を誑かされたかと思っちゃいたが…ここまでのこととなると、やはり只人とは言い切れねえだろうなぁ…」
そう言って、叔父も眩しそうに女神像を見上げ、父の呟きに返答すると、その表情を真摯なものに変えていった。
「…兄貴、ゲラルト兄貴が待ってる。 そろそろ行くか」
数分の間、黙って像を見上げていた二人は、軽く目を合わせて頷くと、伯父の家へと歩を進める。
この地を故郷とする古強者のギルドマスターと怜悧な商人、二人の中で何某かの意志が固まったようだった。
そして、かつての住居より立派になった伯父の住まいで、僕たちは久方ぶりに会ったゲラルト伯父さんとその孫のロビンと対面した。
「この村の変貌ぶりに驚きましたよ。 自分が暮らしていた故郷とはまるでかけ離れた街に来たのかと思う位に。
…兄さん…これからこの村をどうされるおつもりなんですか?」
二人との挨拶もそこそこに、普段の落ち着いた仕事姿勢もかなぐり捨てて、父は性急とも言える口調で口を開く。それに対し、ゲラルト伯父さんとロビンは少し驚いたように目を見開いて、お互い目を合わせた。
「これから、この村は聖地を…女神さまを守る盾となります」
そう言ったのは、村長である伯父ではなく、ロビンだった。
ほんの1年程前までは幼児のようにあどけなく泣き虫な子だったのに、今のロビンの態度は稚い子供のそれとはかけ離れた、大人の様な態度と落ち着きだった。
「…本当にそのお嬢ちゃんが女神だと信じているのか?」
ゲオルグ叔父さんの遠慮のない言いように、僕はロビンや伯父が気を悪くするのではないかと思ったが、大事なことだと思ったので口を挟まなかった。
「大叔父さんたちは、この村の変貌ぶりを見たでしょう。少なくとも、僕らを顧みず救いの手を差し伸べることもなかったどの存在よりも、十分尊い方だと思います」
ロビンがクスリと笑ってそう返すと、叔父は焦れたように口を歪めて言葉を重ねる。
「そういうことを言ってるんじゃねえってわかってんだろ? 御託はいい。 お前は可愛い顔して昔っから知恵が回って油断ならねえところがある子供だった……お前たちの正直な考えを聞かせてほしいんだ。 それによって俺たちはすべきことを決めなけりゃなんねえ」
いつになく、真剣な口調の叔父に、僕は黙ってロビンと伯父の出方を窺う。
「本当の正体がなんであれ、我々にとって神に等しい方であることは疑いない。
あの方はあまり自身のお力をご存じないのか無頓着で、精霊様のお力を借りただけだと仰るが、土地を潤し、我々の生命と安寧に心を配って下さる存在に報いるには、せめてあの方の平穏を守る存在になろうと、我々は誓ったのだ。
そして、側近の方々のお言葉がなくとも、我々を守りながらも必要としてくださる存在と出会えた幸運を喜んだ
…お前たちも知っているだろう、我々の心の奥底に眠っていた本当の想いを」
「『騎士は、守る者があってこそ騎士たり得る』……うんざりするほど聞かされた言葉ですね。
私たちの祖父や父は、いつまでもその父や祖父が騎士であった頃の矜持を捨てられない、頑固な男だったけれど……」
「あいつらは、まだ夢を見たいと思っているんだな…。 守る者もいなくなった俺は、とうに諦めちまったが…」
正直、物心ついたころから商人である父の教えしか知らないので、遠い目をして語る伯父たちや父の気持ちはよくわからないが、この村はその時代の教えを受けた年かさの者が多く残っている。 きっと、主家を失い、守り仕える存在もなくなって寄る辺なく集まっているだけだった彼らの心を満たす存在が現れたということなのだろう。
ここ最近の村人たちの表情は、――腹や懐が満たされたというだけでなく――かつてどこか人生を諦めていたような様子だったころとは違い、活気に満ちている。
「…女神様の側近の魔獣さまは、僕たちを神殿騎士の様にしたいんだと仰いました。ならば、僕はいずれ彼らを束ねる教団の長になります」
ロビンがあどけない顔でフフッと笑いながらそう言うと、その言葉を受けて、ゲラルト伯父さんは優しくも剛い眼をして
「かつて我々の曽祖父たちは精霊様の巫女の血統を誇るイナリさまに仕え、『北方神子の剣』と謳われていた。
……この森一帯の精霊様や上位魔獣様たちの後押しもある……やってやれないこともないだろう」
と、見たことが無いほど獰猛な笑みを浮かべて嬉しそうに言葉を繋ぐ。
「ククッ…なんだよ、兄貴たち、やる気満々じゃねーかよ。そんな表情なんて、久しぶりに見たぜ。
……だが、悪くない」
元々そういった荒事を愉しむ気質のある叔父は、伯父たちの決意を嬉しそうに笑いながら見つめると、
「よし、じゃあ俺も決めるわ。 近いうちにこの村に、うちの若いの引き連れてギルドの支部を開かせてもらうから、あの広場のあたりで事務所にできる土地と家屋を用意しておいてくれると助かるぜ」
現在、森と北方の海、王都に隣接する要所にある広大なサザーラント領の冒険者ギルドマスターである叔父は、王都でも屈指の冒険者でもあったため、叔父を慕う現役の冒険者たちは数多い。また、王都のギルドでも管理職として辣腕を揮っていた過去もあり、この地が聖地となるならば、ここにギルドの支所を構えることに反対する者はいないだろう。
何せ、強力な魔獣が闊歩しているこの土地は、滞在するには危険すぎ、遠方を拠点において狩りや採集をするしかなかった。しかし、この地が精霊さまが守る安全地帯になるのならば、元々希少薬草や魔石、レア魔獣の素材が豊富な土地である。ここが有力な採取場となることは火を見るよりも明らかだろう。こんな鉱脈を見逃すようでは、冒険者など廃業するべき失態だ。
「…ならば、それらの物をやり取りする商人がいてもおかしくあるまい」
もちろん、そんな叔父の提案に乗った体で話を進めはするものの、老獪な商人である父が黙っているわけがない。
「兄さん、実は女神さまの恩恵を受け、なかなか儲けさせていただいておりまして。
うちの商会もそろそろ2号店でも出そうかと思っていたのですが…それをエディに任せたいと思うので、どこか広場近くの土地か建物を見繕って頂けると助かります」
父はニコニコと笑いつつも眼光鋭く、大きな商売を前にした時の様にイキイキとした表情で口を挟む。
伯父とロビンは、そんな二人の様子を嬉しそうに見つめる。そして、ロビンが輝く様な笑顔で
「これからうちは、王国の軛から離れ、女神が治める聖地として独立していく予定なので、我が領邦を盛り立ててくれる存在はありがたいです」
と、言ったので、僕たちは笑顔のまま固まった。
そして現在、あれからも少しずつ住民が増えてきているのを感じながら、僕も2号店の店長として、数日後に迫った開店の準備に追われている。
この店の向かい側に建っている大きな家には、叔父が主導した冒険者ギルドの支所が入るらしく、あちらも人出入りが慌ただしい。
かつては村人全員顔見知りという感じだったのに、遠方に散っていった一家が出戻り始めているためか、そこかしこに見ない顔も増えて来た。
これからどんどんそんな感じで人の出入りが激しくなるだろうが、その辺りの人の管理は村長である伯父と村人たちが担うことになる。しかし、害意の有るモノが近づかないように、精霊さまからのチェックも入るため、何とかやっていけそうだとロビンが言っていた。
それなりに広大となった土地ではあるが、今ある規模からそれ程範囲を拡大させることもないそうなので、ここに居を構えようとするとなると、本当に篩にかけられるらしく、村長の親族でよかったと、僕たちが心の底から安堵したのは別の話である。
「王都にあった商店が、これから開くんですね…」
そうして僕が店の前で店の外観のチェックをしながらウンウン言っていると、艶やかな白い毛並みの可愛い犬種族の女の子が声を掛けて来た。
「はい、3日後に開店するので、よかったら買い物に来てくださいね」
王都の本店で買い物をしたことがあるのだろうか?
とりあえず見覚えはないが、開店したらお客さんになってくれるかもしれないので、営業スマイルで愛想よく振舞うと、女の子は「ふふっ」微笑むと、少し低めだが耳通りの良い声で
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