【R18】「いのちだいじに」隠遁生活ー私は家に帰りたいー

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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

異世界お宅訪問編 (元)王子様のお宅にて ①

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そして色々己の内面で考察を繰り返しながら、怒りも大分沈静化を見せた翌日のことだった。



「えーっと……うん。この人が、3人目の……おおおお、夫……デス……へへ」



 どこぞの貴族か王族の居間とも言うべきゴージャスな空間で、値段の予測もできない程高そうな調度類が彩っている空間。

 そんな中、重厚にして品のあるソファに座ったハリウッドスターか外人モデルの様なイケメンに優しげに見つめられながら、つっかえつっかえ宣う姉を、俺は感情のこもらない半目で見下ろした。



 一見無表情で冷たい眼差しで姉を見ている様に見えるだろうが、俺の隣でほんのり頬染めながらも、小動物のように落ち着きなく震える姉の姿を見下ろしながら



 かわいい…



 と思ってるなんて、悟られてはならない。

 この初対面の、ヤリチンそうなイケメンの存在が目に入るこの状況でなければ、もう少し表情に出ていたかもしれないが。



「……………」

「……………」



 しかし、最初はなんとか愛想笑いを浮かべつつ、場の空気を盛り上げようとしていた姉であったが、ピクリとも表情筋を動かさずに見下ろす俺の無言の圧力に徐々に押しやられて黙り込んだ。

 そして豪奢な織りの絨毯の模様を読み解くフリをしながら少しずつ床に視線を落とし、気まず気な様子でそわそわと落ち着かなくなっていった。



「……………」



 ……何も言わずに、忙しなく頭を揺らす姉の頭部を見下ろしていると、



 母さんと父さんに、如何わしいゲームやら薄い本やらが見つかった時、よくこういう顔しながら座らされてたなぁ



 ふと懐かしい昔の事を思い出し、思わず笑いを浮かべそうになって口元を引き締めた。



 昨夜爆発した怒りは、ただただ静かに…熾火のように、未だに俺の心の中で燻っているので、結局ピクリとも表情には現れないのだが、姉が間近にいると気が緩む。



 しかしこれでも、口を開くと吹き出しそうな嫉妬という感情の波を抑え込無用にはしているのだ。

 誰に知られるとでもないのに弁解口調で考えながら、俺はむっつりと口を開かないままため息を吐く。

 その微かな声に姉がピクッと体を揺らしたのを気配で感じながら、対面に座る男と姉の二人を見据えて苛立たしげ鼻を鳴らした。



「ふん……。

 夫……夫ね…。

 それも3人目の……」



 最初は、座る位置が俺の横であることに不満を漏らしはしていたが、それでも嬉しそうに対面に座る姉を見つめていた男であった。

 しかし、姉が徐々に落ち着きをなくす様子見ていく内に、何故か更に嬉しそうに笑顔を深める眼差しになっていく。…俺は男のその様子でピンときた。



 こいつ……Sだな…



 俺は男の雰囲気の変化を直感的に感じ取り、相手が同種の嗜好を持つ者だと悟った。



 はい、攻められても愉しめますが、どちらかと言うと攻めたいです。

 姉ちゃんに涙目で見上げられるこの状況も、内緒ですが、実は若干昂ぶるものも感じています。



 愛する女(実の姉)を傍らに、その夫と称する男と対面している現実は、嫉妬と怒りと悲しみの中にちょっとした興奮を併せ持つ複雑な状況な訳であるが……現時点では嫉妬と怒りが8割を占める。

 そして、その男が自分と似たような嗜好の持ち主と悟って、何故か怒りのゲージが更に割合を高めた。



 S極とS極は、相容れない。



 見ただけで気に入らない相手っているもんだと、この年にして実感したのだった。







「くくっ…。そう……夫。

 やっぱり姫からそう呼ばれると、とても良い」



 俺の呟きを聞きとがめたのか、夫と称するピンクゴールド色の長めの頭髪の美青年が、ピクピクとその肉食獣の様な丸いネコ科の耳を震わせて、姉をガン見していた視線を俺に向けて口を開いた。脇から覗く、頭髪と同じ色のライオンのようなしっぽが嬉しそうに戦そよいでいる。

 想像していた通り、若干高めな気はするものの、綺麗なバリトン。

 声だってイメージを裏切らないイケメンボイスだ。



 この世界、ほとんど動物ヘッドの獣人ばっかだって聞いてたけど、9割型人間ってのがいるんだな。

 まぁ、動物ヘッドの夫とか言われても……なんかリアクション困るけど。



 たださー……イケメンの猫耳とか…あざとかわいい路線でも狙ってんのかよ?



 やたらと耳障りの良いイケボも面白くなくて、何も聞こえなかったという風を装いながらリアクションを返さず、ジッと相手の姿を観察する。

 ピンクゴールドっていう、なんかエロゲのヒロインみたいな色彩も、長めに整えた癖のある長めの髪も、整った容姿と相まって如何わしいものに見える。ただ、ヒロインにしては受け受けしさが皆無なので、キャラ設定間違ってる気がしなくもないが。



 …かわいい猫耳って言っても家にいる白いショタ猫と違って、こいつ……愛玩系じゃなくて、どう見ても肉食系だよな。

 まぁ、あいつは頑張ってインテリ策士路線を狙おうとして滑り倒してるドジっ子策士風だし、猫耳しっぽを取っ払った上で考えても、本質的にはドMだよな。姉ちゃんに弄ばれて喜んでるし。



 あれはあれでイケメン予備軍の無国籍風美少年なんだろうとは思うのだ……いけ好かないことに。

 犬も猫も、客観的に見れば人型の時の容姿は文句のつけようが無い程には整っている。



 だがしかし、現在の問題は目の前のこの男である。



 俺たちのようなアジア系の黄色人種とは違い、スラッとした長い手足に肉付きの良い体つきは均整が取れ、白色人種系のモデルか俳優の様な、オス的魅力の溢れるタイプの美形である。

 慣れもあり、親しみやすいという意味でも、アジア系の容姿が負けてるとは思わない。

 しかし、毎日の筋トレを欠かさず鍛えていても、ヒョロいイメージが先行する我が身では、そういう意味では一生勝てる気がしない。

 そして悔しいけれども、セレブ感溢れる堂々とした立ち振舞はカッコよく、同性であっても目を引かれるものがあるのを認めざるを得ないと思った。

 酸いも甘いも噛み分けた、余裕ある大人―――って感じもにじみ出ているのだ。

 ホント、ムカつくことに。



 まぁ、元王子様で現在王弟の公爵様だって言うから、本当にロイヤルな身分の方ってやつなんだろう―――直接城の中に転移して、どこの観光名所に紛れ込んだのかと思った瞬間、それはわかってたけれども。



 ただ、それだけに『姉ちゃんにベタぼれ』って感じを隠しもしない態度が嘘のようにも見える……はずなんだが、彼の態度が嘘に見えないのが困る。

 この男、本当に姉ちゃんのことを愛しているんだろうなと、悔しくも認めざるを得ないではないか。

 そして、そんなハイクラスの男の前だっていうのに、この男に対してまるで引け目も気負った所も見せない姉にも、どこか違和感を感じた。



 こういうタイプ、姉ちゃん結構避けてたよな。

 自意識の低い女にありがちで、「無理無理、私じゃ彼に釣り合わないわよ」って言いながらバリア張って、自分からは決して近づこうとしないタイプだったと思う。

 大人しくて人見知りする質だったはずなのに、何も揺らぐことなく自然体で接してるから、二人でいても妙に馴染んでる様な……。

 ていうか、あんなセレブなイケメンに、庶民は代表みたいな姉ちゃんが下手に出られてるようにも見えるので、余計に戸惑う。



 姉に恭しく侍る男の態度に違和感はあるものの、二人のちょっとしたやり取りだけで察する自分の敏さが憎いと思った。





「ご機嫌は……あまり麗しいようではないが、姉上ばかりと話さず、俺にも挨拶させてほしい。

初めまして、我が姫の弟君。

 女神が複数の夫を持ち、その上それが私のことだと言うことにご不満なようだが…あんまり怒らないで欲しい。

 やっと俺を夫と認めて、女神が眷属である貴方にまで紹介してくれようとしてるのだから…ふふ」



「…女神……?」



 思わず気になった単語を聞きとがめ呟くと、隣の姉の体がビクッとなった。

 しかし、男は気付かなかったのか無視なのか、俺たちの様子をスルーして、言葉を続ける。



「大事な弟君に冷たくされて、姫が怯えてしまっている。

 そんなに冷たくしないでやってくれ。

 俺などでは女神の夫として釣り合わないと思われるかもしれないが……俺たちの事を、どうか許してほしい」



 尊大な態度を取っているわけでもないのに、妙に圧のある声だと思った。

 言葉は下出に出ているのだけれども、やたら堂に入った態度で無造作に長い足を組み変えながら言われりると、あまり強い方ではなかった劣等感を刺激され、無性に苛ついた。

 初対面の時から丁寧な言葉程の敬意を感じられず、姉ちゃんの弟じゃなかったら、俺のこともイケ好かねぇガキだと思っているのがアリアリと分かる。



「……女神って何? 愛する女性に対するセレブ的な隠喩?」



 男から目を逸らさずに、対面の男ではなく、隣の姉に問いかけると、姉の肩がわかりやすく跳ねた。



「女神は……あの……その…」



「君の姉上は、その大いなる魔力をもってしてこの国を潤す存在なんだ。

 この世界を守り育む精霊達に愛され、我らこの国に住まう者たちに慈悲を与える存在……。

 貴方方の世界ではそう言わないかもしれないが、俺たちはその様に認識している」



「……ほほぉ……そんなことに…」



 どこのゲームの人物紹介欄だ? 人

 物っていうか、NPCのメインキャラ―――女神っていう存在の説明?



 普通はそう思っても良い言葉だっただろう。



 だがしかし、そんなことを言われても、実はそれ程驚かなかった。

 横で「いやぁ……やめてぇ……」と顔を覆って涙声になり、羞恥に悶えている姉を尻目に、これまでのことを思い起こす。

 若干の制約はあっても自由に異世界に転移できている俺のことや、常に感じる姉の家の不可視の存在。

 ペットとは思えない程のプレッシャーがありながら、人になったり動物になったりする二人に『主人』と呼ばれ、付き従われている状況。

 そして、何より魔力を扱えることになってから感じる、姉の力の豊富さや存在感の重みが、この男の言葉が嘘ではないと告げていた。



「いや、あの、誤解、誤解だから!

 せせせ…精霊さんたちがっ…精霊さんたちのおかげなだけだからっ……

 私はそんな者だなんて、思ったことないし、自分から言ったことないっ! 

 もう大人だからっ! 

 決して異世界転移で俺TUEEEなんてっ…そんなっ…」



 汗だくになりながら必死になって、俺に弁解する姿に思わずクスリと笑いが溢れた。



「別にそんなに必死になって言い訳しなくても…。

 俺もあいつらに『まおう』とか言われる有様だし、わかってるって。

 こいつらが勝手に呼んでるだろ?

 …テンプレに巻き込まれてるだけだって…わかってるから」



 そう言って、真っ赤になって俯く姉の肩に手を回し、空いた手で宥めるように頬を撫でる。

 このままキスでもできそうな程至近距離に迫るが、弁解に夢中な姉は、そんな気分ではないため、全く気づいていなかった。

「ホント? わかってくれる? 私が自分から言ってる訳じゃないって。

 異世界転移ヒャッハーしながら慕ってくる人たちにイタイこと言わせてる訳じゃないって……」



 うっうっとすすり姉の泣く姿に、大分ストレス感じてたんだな…と、哀れに思った―――のも一瞬だった。



「だけどな…」



 言葉と同時に肩を掴む手に力が籠もる。

 急に声が低くなり、ガラッと口調を変えた俺の様子に、身の危険を察知した姉は思わず身を引こうとしたのだが、それを許さず引き寄せて、顎を挟んだ手にも力を込めた。



「…夫が4人ってのは…ち が う よ なぁ……。

 王子様が夫ですか…そーですか……」



 引きつりながらもあくまでにこやかに…笑顔で言う俺の顔を間近に、肩を拘束され頬を挟まんで潰されたまま身動きが取れなくなった姉は、



「あうあう…………」



 口を塞がれては何の弁明もできないが、ただただ俺から目を離せず、涙ながらに俺を見上げる。

 しかし大人しくしていたのも束の間で、何とか伝えたい言葉があるとばかりに、口を開いた。



「でも、やっぱり、みんな好……むぎゅぅ」



 頑張って発しようとしていた言葉だったが、それ以上の言葉が聞きたくなくて、顎を掴んで頬を挟む手に力を込めた。

 その涙に暮れた目には俺だけが映っているのに…。

 羞恥に染まる頬は赤く、むにっと頬を挟まれたままではあっても、吐息を感じるほど近づいた唇は艶めいて見えるのに…

 続きの言葉を紡ぐことがないよう、そのまんまの力技で口を塞いで言葉を封じる。

 子供スタイルの俺とは違い、今の育ちきった俺と華奢な姉では体格差がありすぎて、容易く完封できるのだ。



 複数同時展開がアリなら、俺だってそこに入れてくれてもいいじゃん。



 そう思わずにいられない自分がいるのには、姉の夫の話が出た時から気づいていた。



 好きな相手を他人と共有するとか、マジで無い。有り得ない。

 そう思うことに嘘はないが、男としての存在すら認めてもらえ無い位ならいっそ……

 幸い、ここは知っている者もいない異世界だし、逆ハーレムが認められる程、倫理観が狂っている。



 そんな思いが思考が巡り、弟である俺の存在を巻き込みたくないと思う姉の思いもひっくるめて、ずっと葛藤してきたのも確かなのだ。

 自分でも答えの出せない…いや、出してはいけない問を何度繰り返してきただろうか……

 その心理的ストレスが、姉に対する苛立ちの正体だとわかっているだけに、より一層気分が滅入った。



 俺の腕の中で苦しそうにフゴフゴと藻掻き、ブッサイクな顔を晒す姉の姿に昏い笑いを浮かべながら、



 このまま夫だという男の目の前でキスしてやったら、どうかな?



 そう思い、静かにそっと顔を近づけようとした―――その瞬間、俺は両腕を取られると同時に、ソファの背面に背中を押し付けられ…



『ぶっちゅーーーーーー………』



 そんな擬音が響きそうな勢いで、俺は姉ではなく、姉の『夫』と称する男に、ソファドンで無理やり唇を奪われていた。
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