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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ
異世界お宅訪問編 (元)王子様のお宅にて ②
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「故郷で暮らしてる弟がこっちに来られる様になって…。
まだ、夫がいるって言っていないんだけど…いずれは紹介したいと思ってるの。
なので、その時が来たら、会ってもらっても…いい?」
どうやったら行き来ができるかわからない、異世界から来たと…『夫』と認めてもらえたしばらく後、二人きりの寝室で打ち明けられた。
『マイカ』というのはこの世界での呼び名であり、『マイ』と言う名が本当だという事実と共に。
おずおずと、怯えるように話し出す彼女がどこかに消えてしまいそうに儚く見えて、思わず俺は「マイ…可愛い名だ」と囁きながら、情事の跡が色濃く残る柔らかい肢体を抱きしめた。
異世界か…。
その存在を全く知らない訳ではないが、どの文献にも詳しいことが書かれておらず、身近に存在を感じたこともなかったため、おとぎ話程度にしか信じていなかった。
しかし、これまでの前例も無いほどの唐突な、非現実的な力を有する存在である彼女が言うのなら……そこに嘘はないのだろうと、どこかしっくり来てしまったのも確かで。
そもそもの出自も謎で、その黒髪黒目の容貌もこの世界では大層謎めいたものだったし。
この世界とは異なる世界から来たと言われて、納得してしまう程、彼女の存在は異質でもあった。
だから…俺は特に多くを聞くことはなく、彼女の言葉をそのまま受け入れた。
重要なのは、今後も彼女が俺の側に居てくれること。
元の世界に帰らず、この世界に残ってくれると決意してくれていること。
それ以外の事―――過去の事など瑣末事なのだ。
だから、姫が「弟に会って欲しい」と言った時も、そのまま了承した。
むしろ、押しに弱くて流され易く頼りなげな所がありながらも、決して俺や他の夫に頼り切ったりせず、自分の領域と一線を引く、芯の強い彼女に、『夫』として認められていると思えた事が嬉しかった。なので、
「マイの弟君か……楽しみだな」
俺は、謎めいていた姫の家族に……愛する妻が大事に思っている弟に会わせてもらえると、期待に胸をときめかせていた。
姫より7歳下の弟なら、兄貴の長男と同じ位の年代なので、子供という歳ではないが、大人と言うには世間を知らないーーー生意気盛りの年頃だろう
しかし甥たちは、素直な態度は見せなくとも俺に懐いてくれるし、俺も生意気な子猫の様な彼らを良く可愛がった。
おっとりとして可愛らしい姫の弟なら、ちょっと内気な少年かもしれないけれども、男同士仲良くやっていけるように努めよう
そう思っていたのだ。
しかし、弟君と視線を合わせた瞬間、現実はそれ程甘いものではなかったと思い知らされた。
そもそも、姫の生まれ育った故郷…ニホンという国自体、婚姻は1対1…男女一人ずつで番うものらしい。
まぁ、この世界では人口比率的に無理な話であるため、その辺りについては認識の違いからの抵抗感や嫌悪感が生じるのも無理はないだろうとは思う。
一夫一婦を良しとする種族も少なくなく、それに伴ったトラブルも時々は起きているので。
しかし、問題はソレだけではないのだろうと、この『ソータ』と言う弟君の目つきの鋭さで気がついた。
そういった、社会体制…風俗習慣の違いに対する漠然としたものではなく、明らかに俺に向かって敵意を発していたから。
姫と血縁であることを感じさせる彫りの控えめな容姿は、幼く可愛らしい印象を与える姫とよく似ていたが、18歳という年齢相応であり、思った以上に幼さは感じなかった。女性である姫程ではないが、きめ細やかな肌は滑らかで、加えて表情が乏しい所も相まって『美しい』と表現する様な、作り物めいた美貌だとは思う。
当然俺としては、同じ様な作りだとしても、表情豊かで可愛らしい姫以上に好ましいものではない。
容姿で人となりを判断するような育ちはしていないし、『まだ18歳というだけあって、若いな。この容姿なら、女にも男にも不自由する事はないだろう』…と思った程度のものだった。
姫と同じ血を感じさせる、短めに整えた黒い直毛は黒絹を思わせるほど艷やかであり、黒真珠かオニキスの様な黒い瞳が美しい点には、少しだけ目を奪われたが。
しかし、俺の目を…注意を惹きつけたのは、その容貌だけではなかった。
距離が……姫との距離が近すぎやしないか?
転移してきた時からベッタリと――まるで恋人の様に―――寄り添う弟の姿に違和感を覚え……誘導する姫の後ろから腰に手を回す仕草に、思わずイラッとした。
当然、人前で自分の心理が知れるような表情など、表に出したりはしないが、感情を表すように動き出そうとする尻尾を大人しくさせるのに努力を要した。
そして、対面して座る時、どちら側に座るか一瞬戸惑った姫が離れていかないように、腰に触れていた手に力を込め、何気ないふりして彼女を自分の隣に誘導していたのを、俺は見逃さなかった。
全ての動作の一つ一つがやたらと親密で、弟と言うには距離感が近過ぎる事にも、小さなイライラが募る。
4~5人座っても余裕がある位に、十分広いスペースのソファだと言うのに、何故肩を寄せ合うように、そんなに密着して座るのか。
マナー違反とか、そういう口やかましいことは言いたくないが、あえて言ってみたくなる気分に襲われる。
二人が座った距離の近さに、思わず一瞬だけ半目になったが、異世界人でもあるし…と思い直そうとした。
……あちらの世界では、姉弟…家族の距離感が、俺達の世界とは違うのかもしれない…。
そう考えながらお茶を啜り、心を鎮めようとこっそり大きく息を吐く。
しかし、人形の様な綺麗な顔で無表情にこちらを覗いながら、一瞬口の端を吊り上げて笑ったのを見逃さなかった。
随分、姉君大好きな弟なんだろうなと考えたが……それは勘違いだったと、その笑みを見た瞬間直感が働き、意図せず社交的な笑顔が深くなった。
俺に喧嘩売ってるのか?
…生意気な…可愛げのないガキだな……姉が自分から離れることが許せないらしいが。
歓迎されざる存在として敵視されていることは最早疑いない。
しかし…親しい家族が他人に取られるような…そういう可愛らしい嫉妬のようなものだと思えば、まだ許せた。
例え彼女の寵愛が自分にあることを見せびらかされ、煽られていると感じる表情だったとしても。
年齢的にも同世代に見える二人は、本当に仲の良い、同種族同士のお似合いカップルにも見えるので、余計に腹が立つ。
世間的に有り得ないという程の差ではないが、外見的にも実年齢的にも10歳以上は離れている俺達では、こうは見えないだろう。
だがしかし、どうやらコイツは敵らしい。
にこやかに社交的な笑顔を浮かべ、俺は足を組み替えながら椅子の背にもたれ、内心嵐が吹き荒れたまま二人の姿を見下ろした。
弟の態度に気づいているのか気付かないのか……それとも、いつも通りの振る舞いなので、違和感も感じないほど慣れているのか。
それどころではないという様子で、姫は真っ赤になりながら俺たちを互いに紹介していった。
「えーっと……うん。この人が、3人目の……おおおお、夫……デス……へへ」
そう言いながらつっかえつっかえ、拙い口調で紹介してくれる姫の可愛らしさに心を和ませつつ、それを見下ろす弟の、とろけそうに甘い眼差しで見守る姿が、不本意ながら目に入る。
こいつ自身は無表情でいるつもりかもしれないが、微妙に口の端が歪み、小鼻が膨らんでいたのを、人間観察に敏い俺は見逃さなかった。
隣に弟がいることで、いつになく緊張してしどろもどろになって震え、無反応を貫く弟の圧に怯える姫の姿に、寄り添って慰めたいと思う気持ちと、もっと泣かせたいという劣情もせめぎ合う。
ただ、この眼の前にいる小僧が俺と同じ様に思っているだろうことが伺えると、それは瞬く間に…ジワジワとする怒りに変換されるのだが。
俺と同じ様な男の視線―――独占欲の強いオスの目で姉を見つめる弟に、先程から項の毛が逆立ったまま戻らない。
……既に血を分けた弟が、姉を見る目じゃないことは、疑いようがなかった。
しかしどんなに気に入らなくても、彼は愛する者が大事にしている家族でもある。
なので俺は、彼女に『夫』と紹介された以上、それを受け入れようとしていると思えない弟に対しても、社交的な笑顔を崩さないよう努めながら、自らも挨拶を始めた。
真っ向から、『夫』なのは俺であり、おまえは『弟』でしかないのだと、宣言する意味も込めて。
「ご機嫌は……あまり麗しいようではないが、初めまして。『我が姫』の『弟君』」と。
その言葉を受けて一瞬、への字に曲がった口に多少の溜飲が下がったのを感じた。
そして、短い言葉のやり取りの最中、彼女がどれ程尊い存在であるのかを知らしめ、その傍らに立つ俺たちが、どんなに彼女に囚われて、離れられないのかを、言及しようとしていた時だった。
「……女神って何?」
どこにどう引っかかったのかわからないが唐突に尋ねられ、一瞬言葉が詰まった。
「彼女の存在が女神の様に美しい」とか「神々を思わせる程輝いている」とか、そういう比喩的な意味もなくはないが、この世界…この国ではすでに神格化された存在であることが当たり前になりすぎて、何をどう説明したものかと、伝わりやすい言葉を探す間をあけてしまったのだ。
すると、彼の横で身の置き場のなさそうな風情で、全身を真っ赤に染めて静かに聞いていた姫が俯き、肩を震わせ始めたので、思わず動揺した。
え? あれ? どうした?
「いやぁ……」
儚げな、小さな悲鳴を上げながら顔を覆い、俯いて肩を震わす彼女の姿に、咄嗟に声を掛けそびれた。
そしてその悲痛の声を聞いて胸が締め付けられる様に痛んだ。
俺は、何かを間違えたのだろうか…?
確かに、彼女は自分が『女神』と呼ばれると、「そんな存在じゃないですよ」と言いながら、困ったように首を振っていたし、その偉業について褒め讃えられても、どこか他人事の様で余り嬉しそうにしていたことはなかった。
「私はそんな者だなんて、思ったこと無いし、自分から言ったことないっ!」
そう言って、ガチ泣きする姫の姿に、ようやく自分が失敗したことに気づいた。
いや、普段の彼女だったらこの様な時、何も言わず…少し遣る瀬無さそうに微笑んでいるだけだったかもしれない。
…だからこそ、そこまで気に病んでいるとも気づいてこなかった訳なのだが。
側に家族がいることで、いつも以上に気が緩んで本音が溢れ出たのだとしたら……俺たちはまだ、彼女の本音を打ち明ける程の信頼を勝ち得ていなかったのだろう。
いつになく、俺は激しく動揺していた。
軽く自失しながらも、そんな彼女の肩を引き寄せて優しく慰める弟の姿に、重ねてショックを受け――――て居たはずなのに、涙に濡れた頬を撫でる手が、彼女の柔らかい頬の弾力を楽しみ始めた事に「ん?」と違和感を覚える。
そして、至近距離で何か二言三言囁きながらムニムニと頬を挟んで、そっと顔ごと引き寄せ始めれば…それはまるでキスの前動作にしか見えなかった。
こいつ、夫である俺の目の前でマイの唇を奪うつもりかっ!?弟の癖に!?
そう気づいた瞬間、まずは姫から引き剥がし、ソータの両腕をソファに押し付けた。
そして、
喰らえっ!!
とばかりに目を見開いたまま、その繊細な美貌を彩るに唇に、己が唇を押しつけた。
何故か。
姫を泣かせた動揺と罪悪感、オスとしての嫉妬と羨望…加えて姫と同じ色彩とよく似た顔を殴ることなどできるわけが無いという思いが相まって、思わず取ってしまった行動であった…と思う。
まぁ、男同士だし、それでビビるか動揺でもして、とりすました顔を崩して引いてくれれば、多少の溜飲も下がる。
妻の前でやらかしといて何だが、俺の気持ちとしては、姫以外の有象無象との口付けなんてその程度のものなのだ。
しかし不幸なことに、姫の弟はいちいち予想外の反応を返す存在であった。
口付けしたまま数秒を数えるも、相手は全く動揺した様子がない。
……………引かねえな、コイツ………
体格の勝る男に、体をソファにおしつけられ、身動きも取れない状況の中で。それでもろくな抵抗もしないで女のように唇を奪われていても、時が経つにつれ彼が俺を睨み返す眼光は鋭さを増していた。
寧ろこの世界に来てから扱えるようになったという魔力が怒りのあまり燃え盛っているのを肌で感じて、産毛がチリチリと炙られる様な気配すら感じる、
面白い。
色も欲もなく、ただただ『ぶっちゅぅぅぅ』と合わせる唇もそのままに、思わずニヤリと笑みが溢れて、押さえる両腕に一層力が篭った。
まだ、夫がいるって言っていないんだけど…いずれは紹介したいと思ってるの。
なので、その時が来たら、会ってもらっても…いい?」
どうやったら行き来ができるかわからない、異世界から来たと…『夫』と認めてもらえたしばらく後、二人きりの寝室で打ち明けられた。
『マイカ』というのはこの世界での呼び名であり、『マイ』と言う名が本当だという事実と共に。
おずおずと、怯えるように話し出す彼女がどこかに消えてしまいそうに儚く見えて、思わず俺は「マイ…可愛い名だ」と囁きながら、情事の跡が色濃く残る柔らかい肢体を抱きしめた。
異世界か…。
その存在を全く知らない訳ではないが、どの文献にも詳しいことが書かれておらず、身近に存在を感じたこともなかったため、おとぎ話程度にしか信じていなかった。
しかし、これまでの前例も無いほどの唐突な、非現実的な力を有する存在である彼女が言うのなら……そこに嘘はないのだろうと、どこかしっくり来てしまったのも確かで。
そもそもの出自も謎で、その黒髪黒目の容貌もこの世界では大層謎めいたものだったし。
この世界とは異なる世界から来たと言われて、納得してしまう程、彼女の存在は異質でもあった。
だから…俺は特に多くを聞くことはなく、彼女の言葉をそのまま受け入れた。
重要なのは、今後も彼女が俺の側に居てくれること。
元の世界に帰らず、この世界に残ってくれると決意してくれていること。
それ以外の事―――過去の事など瑣末事なのだ。
だから、姫が「弟に会って欲しい」と言った時も、そのまま了承した。
むしろ、押しに弱くて流され易く頼りなげな所がありながらも、決して俺や他の夫に頼り切ったりせず、自分の領域と一線を引く、芯の強い彼女に、『夫』として認められていると思えた事が嬉しかった。なので、
「マイの弟君か……楽しみだな」
俺は、謎めいていた姫の家族に……愛する妻が大事に思っている弟に会わせてもらえると、期待に胸をときめかせていた。
姫より7歳下の弟なら、兄貴の長男と同じ位の年代なので、子供という歳ではないが、大人と言うには世間を知らないーーー生意気盛りの年頃だろう
しかし甥たちは、素直な態度は見せなくとも俺に懐いてくれるし、俺も生意気な子猫の様な彼らを良く可愛がった。
おっとりとして可愛らしい姫の弟なら、ちょっと内気な少年かもしれないけれども、男同士仲良くやっていけるように努めよう
そう思っていたのだ。
しかし、弟君と視線を合わせた瞬間、現実はそれ程甘いものではなかったと思い知らされた。
そもそも、姫の生まれ育った故郷…ニホンという国自体、婚姻は1対1…男女一人ずつで番うものらしい。
まぁ、この世界では人口比率的に無理な話であるため、その辺りについては認識の違いからの抵抗感や嫌悪感が生じるのも無理はないだろうとは思う。
一夫一婦を良しとする種族も少なくなく、それに伴ったトラブルも時々は起きているので。
しかし、問題はソレだけではないのだろうと、この『ソータ』と言う弟君の目つきの鋭さで気がついた。
そういった、社会体制…風俗習慣の違いに対する漠然としたものではなく、明らかに俺に向かって敵意を発していたから。
姫と血縁であることを感じさせる彫りの控えめな容姿は、幼く可愛らしい印象を与える姫とよく似ていたが、18歳という年齢相応であり、思った以上に幼さは感じなかった。女性である姫程ではないが、きめ細やかな肌は滑らかで、加えて表情が乏しい所も相まって『美しい』と表現する様な、作り物めいた美貌だとは思う。
当然俺としては、同じ様な作りだとしても、表情豊かで可愛らしい姫以上に好ましいものではない。
容姿で人となりを判断するような育ちはしていないし、『まだ18歳というだけあって、若いな。この容姿なら、女にも男にも不自由する事はないだろう』…と思った程度のものだった。
姫と同じ血を感じさせる、短めに整えた黒い直毛は黒絹を思わせるほど艷やかであり、黒真珠かオニキスの様な黒い瞳が美しい点には、少しだけ目を奪われたが。
しかし、俺の目を…注意を惹きつけたのは、その容貌だけではなかった。
距離が……姫との距離が近すぎやしないか?
転移してきた時からベッタリと――まるで恋人の様に―――寄り添う弟の姿に違和感を覚え……誘導する姫の後ろから腰に手を回す仕草に、思わずイラッとした。
当然、人前で自分の心理が知れるような表情など、表に出したりはしないが、感情を表すように動き出そうとする尻尾を大人しくさせるのに努力を要した。
そして、対面して座る時、どちら側に座るか一瞬戸惑った姫が離れていかないように、腰に触れていた手に力を込め、何気ないふりして彼女を自分の隣に誘導していたのを、俺は見逃さなかった。
全ての動作の一つ一つがやたらと親密で、弟と言うには距離感が近過ぎる事にも、小さなイライラが募る。
4~5人座っても余裕がある位に、十分広いスペースのソファだと言うのに、何故肩を寄せ合うように、そんなに密着して座るのか。
マナー違反とか、そういう口やかましいことは言いたくないが、あえて言ってみたくなる気分に襲われる。
二人が座った距離の近さに、思わず一瞬だけ半目になったが、異世界人でもあるし…と思い直そうとした。
……あちらの世界では、姉弟…家族の距離感が、俺達の世界とは違うのかもしれない…。
そう考えながらお茶を啜り、心を鎮めようとこっそり大きく息を吐く。
しかし、人形の様な綺麗な顔で無表情にこちらを覗いながら、一瞬口の端を吊り上げて笑ったのを見逃さなかった。
随分、姉君大好きな弟なんだろうなと考えたが……それは勘違いだったと、その笑みを見た瞬間直感が働き、意図せず社交的な笑顔が深くなった。
俺に喧嘩売ってるのか?
…生意気な…可愛げのないガキだな……姉が自分から離れることが許せないらしいが。
歓迎されざる存在として敵視されていることは最早疑いない。
しかし…親しい家族が他人に取られるような…そういう可愛らしい嫉妬のようなものだと思えば、まだ許せた。
例え彼女の寵愛が自分にあることを見せびらかされ、煽られていると感じる表情だったとしても。
年齢的にも同世代に見える二人は、本当に仲の良い、同種族同士のお似合いカップルにも見えるので、余計に腹が立つ。
世間的に有り得ないという程の差ではないが、外見的にも実年齢的にも10歳以上は離れている俺達では、こうは見えないだろう。
だがしかし、どうやらコイツは敵らしい。
にこやかに社交的な笑顔を浮かべ、俺は足を組み替えながら椅子の背にもたれ、内心嵐が吹き荒れたまま二人の姿を見下ろした。
弟の態度に気づいているのか気付かないのか……それとも、いつも通りの振る舞いなので、違和感も感じないほど慣れているのか。
それどころではないという様子で、姫は真っ赤になりながら俺たちを互いに紹介していった。
「えーっと……うん。この人が、3人目の……おおおお、夫……デス……へへ」
そう言いながらつっかえつっかえ、拙い口調で紹介してくれる姫の可愛らしさに心を和ませつつ、それを見下ろす弟の、とろけそうに甘い眼差しで見守る姿が、不本意ながら目に入る。
こいつ自身は無表情でいるつもりかもしれないが、微妙に口の端が歪み、小鼻が膨らんでいたのを、人間観察に敏い俺は見逃さなかった。
隣に弟がいることで、いつになく緊張してしどろもどろになって震え、無反応を貫く弟の圧に怯える姫の姿に、寄り添って慰めたいと思う気持ちと、もっと泣かせたいという劣情もせめぎ合う。
ただ、この眼の前にいる小僧が俺と同じ様に思っているだろうことが伺えると、それは瞬く間に…ジワジワとする怒りに変換されるのだが。
俺と同じ様な男の視線―――独占欲の強いオスの目で姉を見つめる弟に、先程から項の毛が逆立ったまま戻らない。
……既に血を分けた弟が、姉を見る目じゃないことは、疑いようがなかった。
しかしどんなに気に入らなくても、彼は愛する者が大事にしている家族でもある。
なので俺は、彼女に『夫』と紹介された以上、それを受け入れようとしていると思えない弟に対しても、社交的な笑顔を崩さないよう努めながら、自らも挨拶を始めた。
真っ向から、『夫』なのは俺であり、おまえは『弟』でしかないのだと、宣言する意味も込めて。
「ご機嫌は……あまり麗しいようではないが、初めまして。『我が姫』の『弟君』」と。
その言葉を受けて一瞬、への字に曲がった口に多少の溜飲が下がったのを感じた。
そして、短い言葉のやり取りの最中、彼女がどれ程尊い存在であるのかを知らしめ、その傍らに立つ俺たちが、どんなに彼女に囚われて、離れられないのかを、言及しようとしていた時だった。
「……女神って何?」
どこにどう引っかかったのかわからないが唐突に尋ねられ、一瞬言葉が詰まった。
「彼女の存在が女神の様に美しい」とか「神々を思わせる程輝いている」とか、そういう比喩的な意味もなくはないが、この世界…この国ではすでに神格化された存在であることが当たり前になりすぎて、何をどう説明したものかと、伝わりやすい言葉を探す間をあけてしまったのだ。
すると、彼の横で身の置き場のなさそうな風情で、全身を真っ赤に染めて静かに聞いていた姫が俯き、肩を震わせ始めたので、思わず動揺した。
え? あれ? どうした?
「いやぁ……」
儚げな、小さな悲鳴を上げながら顔を覆い、俯いて肩を震わす彼女の姿に、咄嗟に声を掛けそびれた。
そしてその悲痛の声を聞いて胸が締め付けられる様に痛んだ。
俺は、何かを間違えたのだろうか…?
確かに、彼女は自分が『女神』と呼ばれると、「そんな存在じゃないですよ」と言いながら、困ったように首を振っていたし、その偉業について褒め讃えられても、どこか他人事の様で余り嬉しそうにしていたことはなかった。
「私はそんな者だなんて、思ったこと無いし、自分から言ったことないっ!」
そう言って、ガチ泣きする姫の姿に、ようやく自分が失敗したことに気づいた。
いや、普段の彼女だったらこの様な時、何も言わず…少し遣る瀬無さそうに微笑んでいるだけだったかもしれない。
…だからこそ、そこまで気に病んでいるとも気づいてこなかった訳なのだが。
側に家族がいることで、いつも以上に気が緩んで本音が溢れ出たのだとしたら……俺たちはまだ、彼女の本音を打ち明ける程の信頼を勝ち得ていなかったのだろう。
いつになく、俺は激しく動揺していた。
軽く自失しながらも、そんな彼女の肩を引き寄せて優しく慰める弟の姿に、重ねてショックを受け――――て居たはずなのに、涙に濡れた頬を撫でる手が、彼女の柔らかい頬の弾力を楽しみ始めた事に「ん?」と違和感を覚える。
そして、至近距離で何か二言三言囁きながらムニムニと頬を挟んで、そっと顔ごと引き寄せ始めれば…それはまるでキスの前動作にしか見えなかった。
こいつ、夫である俺の目の前でマイの唇を奪うつもりかっ!?弟の癖に!?
そう気づいた瞬間、まずは姫から引き剥がし、ソータの両腕をソファに押し付けた。
そして、
喰らえっ!!
とばかりに目を見開いたまま、その繊細な美貌を彩るに唇に、己が唇を押しつけた。
何故か。
姫を泣かせた動揺と罪悪感、オスとしての嫉妬と羨望…加えて姫と同じ色彩とよく似た顔を殴ることなどできるわけが無いという思いが相まって、思わず取ってしまった行動であった…と思う。
まぁ、男同士だし、それでビビるか動揺でもして、とりすました顔を崩して引いてくれれば、多少の溜飲も下がる。
妻の前でやらかしといて何だが、俺の気持ちとしては、姫以外の有象無象との口付けなんてその程度のものなのだ。
しかし不幸なことに、姫の弟はいちいち予想外の反応を返す存在であった。
口付けしたまま数秒を数えるも、相手は全く動揺した様子がない。
……………引かねえな、コイツ………
体格の勝る男に、体をソファにおしつけられ、身動きも取れない状況の中で。それでもろくな抵抗もしないで女のように唇を奪われていても、時が経つにつれ彼が俺を睨み返す眼光は鋭さを増していた。
寧ろこの世界に来てから扱えるようになったという魔力が怒りのあまり燃え盛っているのを肌で感じて、産毛がチリチリと炙られる様な気配すら感じる、
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