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その後のお話編:彼女にまつわるエトセトラ

異世界お宅訪問編 エルフさんのお宅から ⑥

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 マイ様の故郷である国は大変平和な島であり、軍隊や治安維持組織に属してでもいなければ、ほとんどの国民は武力とは無縁の一生を送ると聞いたことがある。
 そして、マイ様やソータ様は信じられないことに、その“ほとんどの国民”に位置するお育ちであるらしく、その事からでもお育ちの国の文明の高さや治安の良さに感心させられたものだった。
 そのため、立派な青年であるソータ様であってもその御手にはこの国の一般男性が持ち合わせる様な無骨な部分は皆無であり、まるで温室育ちの貴族か王族のように美しいものだった。
 加えて18歳という若さ(注:全人種の外見的には80~90代)もあり―――有り体に言えば、程よい大きさで肌触りも良く、大変握り心地の良いものだった。

 はぁ…はぁ………どうしよう……
 マイ様の様に私の手の中にスッポリ収まる小ささ…という訳ではなく、きめ細やかで滑らかな肌に柔らかな握り心地の手である姉君とは全く違う男性の手だと思うのに……何故か離し難い………

 静かに戸惑う私の後ろで、気配を消して控えていたコンスタンが、そっと音もなく獲物に近づく肉所獣の様な動きで私達の元に現れ、その存在を漸く察したソータ様が小さくビクッと震えた気配にキュンとした。
 そして、まるで城に仕える侍従長の様にマイ様を応接室へお連れするよう案内を始めたのだが、その後ろで何故かソータ様の御手を離すことも出来ず、男同士だと言うのに素知らぬ顔で手を繋いだまま応接室へと移動を始めた

「…………」

 間近で見ても整った容貌は、黙っているとまるで造り物めいた美しさがあり、普段からあまり表情豊かな方ではないことが察せられる。
 そもそもかの勇者様も無駄な言葉を重ねず無言実行するような、寡黙でクールな方であったらしい。なので、そんな所にもかの方との小さな共通点を見つけて心が浮き立った。
 そして、時折無表情のままじっと無言になって繋がれたままの右手を見つめていたり、移動のついでにそっと手を振り払おうとしている素振りから、顔に出さずに拒絶されている気配をヒシヒシと感じ、少々物悲しくなったけれども、私は鉄壁の笑顔でそれをスルーした。

 ………眼の前には愛する妻がいるというのに……私は何をしているのだ……?

 そう思えば、後ろめたい気がしなくもなかったが、これも我が神殿に仕える1000有余名の精鋭たちの為だと心を割り切ろうとしたが―――

 い つ ま で に ぎ っ て や が る

 と、無言の怒りの圧力を感じる程、間近に迫りながら下から訴えかける様に見上げられた。しかし、私はそんな視線の意味を理解していても、吐息を感じるほどの距離の近さを実感して、思わずドクンと胸がときめくのを感じて浮ついていた。
 同時にソータ様は魔力を腕力に変換してまで振り切ろうとされるのだが、思わず反射的に私も身体強化を施して、振り切られまいと握り返してしまうので、自分の心に嘘はつけないことを悟らざるを得ない。

 ………すみません、やっぱり―――勇者様のお若い頃のお姿を彷彿としてしまい、離れがたいです!

 そう自覚して、私は思わずより一層の力を込めて、ソータ様の御手を握り締めた。

 決して妻を裏切ろうとしている訳ではないし、マイ様とソータ様のどちらを取るかと問われれば、即答で妻を取るという気持ちに揺らぐものはないと精霊様に誓えるので、これは浮気とかそういう物ではないことを訴えたい所存である。
 だがしかし、己の心と向き合ってみれば、ソータ様の御手を握って移動など……心が沸き立たないアルハイム国民は一人もいないだろうことは断言できた。

 種族的な違いから彫りが浅く小作りではあるものの、すっと通ってスッキリとした鼻筋に、切れ長で鋭い双眸の黒い瞳とそれを縁取る長い睫毛は黒々として、目を伏せれば頬に濃い影を落とす。
 淡い色で薄い唇は形よく、よく見ると口元にある小さな黒子が艶めいて見え、禁欲的な色気すらある。
 長い髪を高い位置で一纏めに括って流していたかの方とは違い、髪型は短めに切って涼しげに整えているけれども、手入れが行き届いて艶のある黒髪は、高級な絹を思わせる程美しい。

 あああ……ほんっと、尊いっ……
 マイさまぁっ! 
 こんなに我々国民の求めた姿を持っている方を紹介されるなんて、私、もうどうしたらいいんでしょうかぁっ!?
 だって、手なんか繋いじゃってんですよ!?
 手の温もりとか、握り心地の良い感触だけでなく、貴女と似た魔力の気配もあって、油断するとドキッとかしちゃうんですよ!?
 声もまた、少年を脱したばかりの青年らしい爽やかな声なんてしちゃったりして……もうっ完璧なんですよっ!
 若い頃の勇者様って、こんな感じだったんじゃないですかね!? どうでしょうかね!?
 あっ…私、手汗でべとべとしちゃってるかもしれませんっ! すみませんっ!
 もう…もう……っ、今日はお二人で寝てるとこにお邪魔する形で一緒に寝てもいいですかっ!?

 ………等など……神官長として培った鉄壁の笑顔を死守しながら、心の中は暴風雨だった。
 若干どころでない程、人格が壊れかかっているかも知れない。
 未だ嘗て無い興奮と混乱に戸惑い、最早何がなんだか自分でもよく分からなくなっている。
 姉弟とは言え、妙齢の男女が一緒に寝るってなんだ。

 許されるなら、私も撮影班に混じって人目も憚らずモニターに釘付けになってガン見したいものだと思う気持ちはあるが、体温も感じるほど側近くにいるこの場所から離れたくないと思う気持ちも相反して存在していた。

 そんな内心の葛藤を続けている内に、一人で耐えていることに耐えられなくなり、応接室で共にソータ様の側近くに控えるコンスタンの表情をそっと窺ってみる。すると――――――

 ゆうしゃさまゆうしゃさまゆうしゃさま……ハァハァ…
 かわいいかわいいかわいいかわいい……ペロペロクンクンしたい………

 何故か、彼の心の内が漏れ出ているような錯覚に襲われた。
 ―――いや、私は正しく彼の内心を読み取ってしまったのだと確信した。

 “鉄壁のコンスタン”と言われる程、寡黙にして冷静沈着な軍人の中の軍人とまで言われた神殿騎士に相応しくも厳しい無表情の中、その昏い目だけが飢えた肉食獣の様にギラギラと輝いている。ただ、それが戦闘時のものであるならば、寧ろ頼もしさすら感じたかもしれないが、この平和的な状況に似つかわしくない視線の鋭さが、静かに狂い出している彼の内面を何よりも雄弁に語っていたのだった。
 そのダークサイドに堕ちかけ、瘴気すら纏った姿を目にして、

 ……うん、コレを見て平静に戻れる内は、まだ正常だ。落ち着こう。
 そもそも、愛する妻を置いてこの場から消えるなどありえないではないか。
 何を考えていたのだ、私は。

 スンっと、沸き立って煮えた私の頭が静まっていくのを感じていた。
 自分より酔っ払っている相手がいると、酔えなくなることに近い状況があるかも知れない。

 よく見ると、愛する妻であるマイ様が、そんな私の姿を対面から不思議そうに見ていることにも気づき、私は安心させるべくニコリと穏やかな笑顔を返すと、同じ様に穏やかな微笑みを返してくれた。
 「やっぱり私の妻は可愛い。癒やされる」などと実感していたその時、

「おい、何で俺とあんたが隣り合って座ってんだ!?」

 この状況の異常さに我慢も限界とばかりに、ソータ様が憤り立っていた。
 私と同じソファに座るときも、大層嫌そうにされていることには気づいていたけれども、この状況になるまで黙って我慢していたなんて、冷たそうに見えて意外と付き合いの良い方なのかもしれないと、その時初めてソータ様を冷静に見ることが出来た。
 私は手を外すタイミングを逸したまま、社交的な笑顔を浮かべ、

「申し訳ありません。
 そうですね、そちらの習慣では、『お客様』はホストと隣り合って座られないのでしたね?
 すみません、側近の者もいつもと同じ様に茶器を配置してしまい、私も気が付きませんでした」

 などと、さも気づきませんでしたという体で、尤もらしいことをシレッと言い放っていた。
 そんなマナー、どこにもないのに。
 しかし、こういうものは割と言ったもの勝ちという面が少なからずあるものである。
 特に異文化交流的状況の場合は。

 ただ、その頃には大分精神の安定を取り戻して、「え、やっぱりおかしかったの?」と不安げに見守っているマイ様にも我ながら胡散臭い言い訳をしていると思ったけれども、互いに笑い合って微笑みを交わせば、自然に和やかな空気が流れていったのだった。そのチョロ…ではなく、素直さも愛らしい妻である。


 しかし、ずっと繋いでいた手を振り払う様に解かれ、思わず反射的に「あっ」と、温もりが名残惜しくて声が出た。

「『あっ』って何だよ」と、ソータ様の小さな声が聞こえ、動揺に耳がピクピクと動いたものの、あえてスルー。

 ……それでも、手が離れたと同時にソファの端っこまで逃げられた時には、人に慣れない小動物が必死になって虚勢張ってるみたいで可愛いと思った。

 その後、ソファの隅に陣取って安堵の溜息を吐くソータ様は、ようやく気持ちが落ち着いたとばかりに、目の前に置かれた紅茶を一息で飲み干された。飲み頃にまで温くなった紅茶は、故郷でお好きだった酒の香りが大分お気に召したらしい。我が国名産である紅茶やフレイバーの紹介をすると、その後も何杯かお替りをされていたので、このお茶は今後も出していくべきだとイシュト神官に提言しようと思った。

 側に執事か側仕えの様に静かに佇んでいたコンスタンは、その鋭い双眸でソータ様の一挙手一投足を見守りながら、カップが空になると絶妙なタイミングで温かな紅茶を継ぎ足していた。そして温かな紅茶の中に、『ブランデー』から酒精を抜き取って香り付けを強化したフレイバーポーションを気持ち多めに注ぎ入れる。
 側近くで奉仕する悦びに沸き立っているかのような、その嬉しそうな様子を彼の部下たちが目にすれば、思わず2度見する程珍しい表情をしていると驚いただろうけども……この場で彼の珍しい感情変化に気づいているのは、残念ながら私だけだった。


 これまで従神官として上位の神官や貴人に仕えた事など無いはずの彼であるが、かつて何十年も前の見習い時に上官の従者として付き従っていた経験を活かせていることに安堵する。ソータ様も、最初は彼の武人然とした佇まいに違和感を覚えていらっしゃったようであるが、今ではすっかり馴染んでしまっているようであった。

 ただ、本来の持ち場を離れて、何故に神殿騎士の長である彼が本職である従神官長をさておいてこの場に配置されたかと言えば、それは彼の持つ特殊技能―――特技があったればこそに他ならない。
 もちろん、警備の万全な神殿の奥にありながら、騎士としても最高の武力を誇る彼に直接警備をさせるような、直截的なものではない。
 というのも、彼はあらゆる角度から捉えた視覚的情報を2次元の紙上に落とし込む技能がずば抜けて高かったからなのだ。
 加えて、その技術を活かし切る頭脳のキレで、様々な戦地で多大なる効果を上げており、その個人の武力以上の戦果でもって、彼はこの地位に上り詰めたと言っても過言ではない。わかりやすく言えば、地域の様子を一度目にするだけで鮮明な地形図を起こすことができ、誰よりも地形を生かした戦略を駆使することが可能な軍師でもあった。故に、戦場では負け知らずの常勝無敗の将軍であるのだ。

 そんな彼がこの場にいる理由と言えば、ソータ様とマイ様の姿をより高度で写実的な肖像に残すためである。彼は目にした物を絵画に起こす技術もずば抜けて優秀であったから、その実力に我々は絶大な信頼を置いている。抽象画家でもある美術管理担当者たちがここに配置されなかったのは、身分や秘密管理に不適合だったという以上に、得意分野が違うからという理由もあった。
 大国アルハイム最高峰の将軍をこんな所で―――と言う者は、ことの重大さをわかっていないと、我らは声を揃えて言い募るだろう。宝の持ち腐れなんかでは決して無く、むしろ、彼の能力はこの場において最も有用なものであり、本人も「コレが私の生きる道です!」と大変満足しているので、これが最適解なのである。


 そして、そんな彼は現在、鷹の如く鋭い目でソータ様の全てを脳裏に写し込み、全ての様相をこの後どの様に紙上に起こしていこうかという戦略を練る、百戦錬磨の猛将の様な気配を漂わせていたのだが―――淹れられる紅茶で気を緩めているソータ様は、あまりお気づきになられていない様だった。けれども、口の乾きを訴えてやたらと盃を重ねているあたり、平静を装いながらも無意識に異変を察していらっしゃるのかも知れないと思った。

「喉がお乾きのようですが、この紅茶は、そんなにお気に召しましたか?」

 …そう、声をかけようとした時だった。
 白皙の美貌にほんのり紅が指し目元が潤み――まるで欲情した時のマイ様の様な艶めかしい表情をし始めたと思った瞬間―――

「ソータ…? ソータ、大丈夫? 眠いの?」

 気遣わしげに話しかけるマイ様に応えようと、ふらりと危なげな足取りで立ち上がったソータ様が、ふわっと無邪気な微笑みを浮かべて、そのまま後ろに……コンスタンの方に倒れ込んだ。

「勇者さまっっ!!」

 いつも冷静沈着である鉄の男が、倒れ込むソータ様の身を慌てて抱き上げたかと思うと、その口元に耳を寄せ……

「……酔っ払っていらっしゃいますね……」

 厳つい表情の中安堵した声色で、そう呟いた。
 酩酊しながらも、嬉しそうに無邪気な表情で微笑むソータ様にときめきながらも、

「…酔っ払う? 何故?」

 マイ様から、体質的にあまりこちらの酒精には強くないと聞いていたことから、酒精を飛ばしたフレイバーポーションしかこの場には置いて無いはずなのだが、まさかそれだけでこんなことには―――と思って首を傾げていたのだが―――――

「18歳の成人男性と伺っておりましたし、原酒の方がお口に合うかと思いまして……」

 大きな体を小さくしながら、申し訳無さそうに告白する常勝将軍の言葉に、

「は!?」

 と驚いて、私は告げる言葉を失った。
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