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第一章
⑥ラッキースケベと言うには色々残念な初対面
しおりを挟む『ピンポ―――ン』
あれから、1ヶ月毎に貢物と言う名の宅配便が、我が家に届くようになってから3ヶ月経った。
ホントはもっと贈りたいと言ってきているのだが、ママンは『そんなにいらないわ』と断っている。
てっきり他から隔絶された異世界環境かと思っていたのだが、一応他人というものが存在している世界だったので、それだけでもホッとした。
その相手は一国の国王だという話だが、ママンは大して気にしていない。
一応、獣人と呼ばれるような人間が大勢いるらしく、彼はその国の王様なんだそうな。
一国の王だと言う割には、結構ぞんざいに扱っているフシがあるので、失礼ながらちっちゃい辺境の国の王様なんだろうかと勝手に思っている。
物価価値はよくわからないし、小国の割にはたくさんの物資が送られて来るとは思っているが、それだけに無理させていないかと心配にならなくもない。
しかし、こんなにたくさんの貢物を送ってくれているというのに、双子もママンもあんまり興味はなさそうだったが、私にとっては貴重な物資を届けてくれる人たちなので、私は自ら対応を申し出た。
だって、布とか甘くない食べ物とか……切実に欲しかったんだもん!!
狼ボディのママン相手に人間スタイルの衣服は送られていないけど、ただの布でもママンに切ってもらい、トーガか巻きスカートみたいに体に巻きつければ立派な衣服に早変わりするのだ!
そして、なんかでかい宝石のついた装飾品もあるから、それで布の端々を留めれば、それだけで裸生活からの脱却が叶う。
いささか原始的な衣装かもしれないけど、念願の衣服を纏うことができ、すっかり私も人間らしい生活に戻れそうな気がしてきました!
………やたらとピカピカした大きな貴石とか、キラキラと光沢のある滑らかな布地とか……異世界基準での値段とかは気にしちゃ負けだと思う。
やっぱり物の価値って流動的なものだと思うし。
そんなこんなで辛うじて人間の文化を取り戻すことに成功した私は、今日もまだ見ぬイケボの青年(希望)に、
「いつもありがとうございます。色々送っていただけるので助かっています」
とインターホン越しにお礼を言って、布やら干物やら果物やらを受け取った。対価はスマイルですらない、私の声(笑)。
それでも有難がって色々貢いでくれるので、寧ろ遠方に生活支援者でもいるような気分になる。
しかも、一度も対面することもないのに、欲しい物を転移ボックスに欲しいだけ入れてくれる気前の良さ。
マジで言葉通り助かっています。脚を向けて寝れない程感謝しております――どちらの方角にいらっしゃるのかわかりませんが。
異世界の魔法文化ってすごい…っていうか、私にもこの魔導具を起動させる程度に豊富な魔力があるって知って、その意味でもテンション上がりました。
『いつもご丁寧にありがとうございます、カエデ様。
この様に毎回神獣様のお姫様にお声をかけていただき、その鈴を鳴らした様な美しいお声を賜る光栄に、私は幸せに打ち震えております』
そんなお世辞の言葉も流暢で、私はこの数回の短い会話の内に、いつの間にかインターホン越しでしか対応していない相手と自己紹介まで行ってしまっていた。
私なんかのお話相手にするにはもったいないと思いつつ、エイリークなんて外国情緒溢るる名前の王様には、「カエデ」と呼んで欲しいと言ってある。
自分も洋風な感じで『メープルと呼んでください』とか言ってしまっていたら、後々後悔しそうだったから、偽名を使うのは思いとどまった。
それにしても、日本の自宅で宅配便を受け取った事もあったけど、あえて宅配のお兄さんに話しかけようとしたことなんてなかったのに。
こんな通信機越しにでも、見知らぬ人へ話しかけてしまうほど、狼家族以外の人との交流に餓えていたのだろうか。
そんなことを考えながら、ホクホク顔で受け取った物の中身を確認していると、ジト目で見ている双子の視線に気がついた。
『『…………』』
「なによ………」
生後4ヶ月程度だというのに、双子はすっかり大きくなって、立ち上がると私の身長(156cm)を優に超えている。
ママンに言わせれば、まだまだちびっこらしいんだけど…どこまででかくなる予定なんだろう…。
あ、ママン以上か。
『『…………そんなに嬉しい?』』
正確はまるで正反対のくせに、双子は話す言葉もユニゾンしやすいのか、時々みごとなハモリで問いかけてくる。
「うん、嬉しいよ。私、甘いものも嫌いじゃないけど、どっちかっていうと辛党だし。
果物とかお菓子とかだけじゃなくて、海の物とかも入ってるから、食生活変わっていいよね。
あんたたちだって、美味い美味いって食べてたじゃない?
そろそろ乳離れする時期なんじゃないかなぁ……」
双子の物言わぬ不満にも、極々普通に返したのだが、2匹は『ふーーん』と面白くなさそうに目を反らす。
『でもさー……なんで姉ちゃん、そんな布きれ体に巻くようになっちゃったわけ?』
アッシュグレイの狼犬、兄のヴォルがジト―っとした細目で私の全身を見ながら聞いてくるので、思わず「う…」と、咄嗟の反応につまる。
何故なら、服を着るという概念が、いまいちこの2匹には分かりづらいのだ。裸族で狼だから。
ママンは長い神獣生活で様々な異種族とも接してるから、衣服を着る種族がいることも、その必要性も知っている。
…そうなると、私のことってどう変換されているのか気になって、一度聞いてみたことがあるが……
私は綺麗な布切れで遊ぶ、オシャレ好きなおませさんの位置付けであるらしい。マジか。
「だって…やっぱり裸生活って落ち着かないし…」
『生まれてからずっと裸だったのに…今更…?』
下の弟のロキにボソッと言われたが…「私は生まれたばかりじゃない。もう20歳や!」とは言い辛かった。
……双子の後ろでママンが聞いてるから。
本当にママンは今でも自分の子―――子狼だと思っているのだろうか?
その疑問は常に私を悩ませる。
『あら、そう言えば…』なんて気づかれたら、私の命が危ないからそれ以上言わないけど。
双子といえば、生まれた頃から私が人間姿でいるので、何も疑問に思ってないらしい。刷り込みってやつである。
また、弟たちとのこのやり取りは、実はこれが初めてではない。
私が布を加工して衣服を着る度に何かしらのイチャモンをつけられるので、少々うんざりしてはいた。
「今更だろうと何だろうと、好きで着てるんだから放っといてよ」
子狼相手にうまく説明することもできず、思わず強めの口調で押し切ろうとするとは大人として情けない次第だが、なんて言ったものやら…
…私達のやり取りを、微笑ましそうにニコニコ見守ってるママンの視線が痛いわぁ…。
すると、ヴォルが我慢できなくなったというように『ウウウ…』と唸り声をあげだして、
『なんだよそんなの!変なの!
それに、その布につきまとう人間のオスの匂いが姉ちゃんに付いて……臭くて気分悪くて嫌なんだよ!』
と、半べそかきながら飛びかかってきたのだが、子供とは言えフェンリルの本気スピードについていけなくて、衣服を庇う余裕もなくビリビリに破られた。
ロキはただただ恨めしそうに、私達のやり取りを静観するスタイルを崩さない。
「ちょっと! せっかく作ったのに…やめっ」
薄い衣服はまさに紙装甲と呼ぶほど脆弱で、子供とはいえ大きなフェンリルの爪の前では紙くずも同然の脆さであっけなく破かれ……
私は婦女暴行の被害者の様な有様になってよろめき、ふらふらと近くにある転送台にもたれかかった。
え、羞恥心?
元々人目のない裸族生活も長かったので、可愛いわんこ相手にそんなものはありません。
「もうっ! これ作るの結構大変なんだからっ!」
それは、すっかり服とも呼べないボロ布のような惨状になっており、それまでの苦労を台無しにされた怒りも湧いてくるというものだ。
ヴォルは『ふんっ』と顔を反らし、顎を突き上げてそっぽを向く。
当然、反省の色なんてまるでない。
そんな弟の暴挙と態度に抗議の言葉をあげるべく、転送台に手をついて立ち上がろうとしたその拍子に、『ヴンッ』と何かの機械音が耳に入った。
その瞬間、急に体がズレたような感覚と共に視界が移り変わり―――目の前に、口も目もまん丸にして驚愕している美青年の姿が現れた。
私の方も、急激な視界の変化と他者の存在に自分の姿も忘れて「ひっ!?」と声を上げたまま固まった。
「「…………」」
数秒の間お互いに言葉もなく見つめ合った後、先に我に返ったのは青年の方だった。
「……まさかその声……カエデ……様……?」
その爽やかなイケボが私の名前を呼んで初めて、私は相手を理解した。
宅配の人…じゃなくて、エイリーク王だ。
話し声も口調も若いと思っていたが、外見の年齢は私と同じくらいか少し下…という所だろうか。
ママンに付き従う獣人達と言うからてっきり狼頭の獣タイプだと思っていたが、犬耳とふさふさの尻尾以外は人間スタイルだったのは意外だと思った。
しかし、相手を観察している内に、口元に手を当てて真っ赤になって、プルプル震えているエイリークの反応から、半裸どころか全裸に近い自分の姿を思い出し……
「いぃ…いやーーーーっ!! やだっ!!こっち見ないでっ!! ママン、ママンっ!!」
悲鳴を上げながら、即座にこの場から立ち去ろうと転送台を手当り次第に叩いてママンに助けを求めた。
やっぱり、自分と同じ人間の男性に裸を見られれば、忘れかかっていた羞恥心が蘇る。
片手で抑えてもこぼれ落ちる胸がフルフル震え、ズタボロになったキトンの隙間から顕になった太股は丸出しで、即席で作った紐パンツなんてパンチラレベルじゃない程丸見えになっているだろう。
…そんな姿で取り乱す様はお色気を振りまくどころか、まるで痴女の様だと思うといたたまれなくて、早くお家に閉じこもりたい
ましてや、相手は王様らしく高級な衣装をかっちり着こなしているとなると、もう羞恥心も天元突破して気絶しそうな位である。
「カエデ様っ……待っ」
取り乱して暴れだす私を宥めようとして声をかけるエイリーク王が何か言い掛けていたが、それどころじゃない。
そして、私の大騒ぎを聞きつけて、多くの人が駆けつけようとする気配もするので、余計に怖くなった。
半狂乱になって何度もママンや弟たちを呼んでいるとすぐに転送台の魔石が点滅を始め、再び『ヴン』っと機械音がして、私は彼らが待つ部屋へ戻ることができたのだった。
ママンは弟たちとの口論中、突然姿を消した私に気づき、すぐに助け出してくれたのだ。
いつの間にか、すっかり馴染んでしまった部屋に転移するとホッとして、私はヘナヘナと崩れ落ちるように座り込み…
「……うぇぇ……怖かった……」
安堵のあまり、シクシクと顔を覆って泣き出した。
ママンはそんな私を慰めるように尻尾で頭を撫でてくれ、急に私が消えたと思った双子は『ごめん…』とキュンキュン鳴きながら私の顔をベロベロと舐めてくるので、ショックは消えなかったが怒りは続かなかった。
「ん……も、いいよ」
私は、端切れになってしまった布で、濡れた顔を拭きながら弟たちの体をキュッと抱きしめた。
………私はこの時、すっかりフェンリル一家の一員となっていた。
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