春の女神の再転移――気づいたらマッパで双子の狼神獣のお姉ちゃんになっていました――

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第一章

7.弟セキュリティは諸刃の剣―――取り扱いには注意しましょう

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そんなこんなであの事件から2ヶ月が経過して、いつの間にか乳離れしたと思っていた弟たちが、今度は私にベッタリと甘えだしているのは何故だろうか。



 横向き寝が習慣の私がママンのフサフサなお腹の毛を枕に眠っていると、必ず双子のどちらかが私の腕の中にモソっと頭を潜り込ませ、もう一匹は背後から四肢を絡めて抱きついてくるので、暑苦しくてしょうがない。



『ふふふ…ふたりとも、お姉ちゃん子ねぇ』



 そんな私達が可愛くて仕方ないというように、ママンは私達をファサーっと尻尾で撫でてくるのでくすぐったかったが、それが刺激になってしまったのか、余計に強い力で抱きつかれて窒息しそうになる。



「…………くるしい」



 ぎゅむぎゅむと抱きついてくる―――といっても、彼らとしては強い力を込めている訳ではない。

 しかし、すでに双子の大きさは犬の範疇を超えて大型肉食獣の域まで達しているので、軽く力をいれられるだけでも圧迫感がすごい。

対して、当然彼らほど成長しない私は小さいままなので、彼らに全力で構われたら容易く潰れてしまうことを言い聞かせているため、常に壊れ物を扱うような細心さで接してくれるようになった。



 ただ、毛並みだけは普段は私が丹精込めてブラッシングしているため、滑らかで手触り良く、上質なモフモフになっており、気持ち良い事この上ないのだけれども。



「なんだかな――――………」



 日本では特定の動物を飼うことも出来ず、馴染みの野良猫と親交を深めることもできなかったので、2匹の大型獣に慕われることだって嬉しいのだけれども…なんか姉弟と言うには距離感が近すぎるような気がして落ち着かない。



 …動物のコミュニケーションだとしたら、こんなものかとも思うけど。

 取り敢えず、動物の家族はボディランゲージが基本だとはいえ…このままでは分離不安症に陥りそうなへばりつき具合が気に掛かる。



 ペロペロ舐めて、くっついて、匂いを嗅いで……彼らも人語を解すとは言え、こんな交流の仕方は動物だから不思議はないのだけど…

 やたらとママンに対するものより熱の入りようが違う気がするのは…、彼ら独特な距離感だから気の所為なんだと思って、何とか納得することはできていた。







 しかし、関係性の変化は家族内だけのものでも無かったのだけれども。



「うぁ…今日もスゴい来てる」



 獣人さんの国から月イチで配送されていた貢物だったが、最近は3日と開けずにお花やらドレスやら宝飾品やらが送られてくるようになって、有り難いとは思うけれども、その量には少々げんなりする。



 この家で服着る存在なんて私だけなんだから、そんなにたくさんのドレスなんて、毎日送ってこなくていいと思うの。



 しかも、そのドレス、どれもこれも…下着に至ってまでが私のサイズにピッタリだったりするので、どこか薄ら寒いモノを感じなくもない。

 あの一瞬の邂逅で、エイリーク王はよくもそこまで見極めたものだと感心すべきだろうか。



 いや、ありがたいから着けるけど、ひと目で下着のサイズまで看破する男ってどうなんだろう………いや、考えまい。助かってんだから。



 今では、ママンに贈られてきた何百年に渡る貢物の数々や、私達が受け取るようになってきた物などを収納した、アイテムボックスは私が引き継いでいた。

 ボックス…と言っても箱形状ではなく、極めて高度な空間魔法の一種である。

そのため、使用者の魔力の量に従って収納量が変わってくることから、ママンの魔力による収納量は私程度の魔力では到底収めきれるものではない。

―――使い手であるというだけでも希少なんだそうだけど、周りが神獣レベルの規格外しかいないので、いまいちピンとこなかったりするのだが。



 ならば、何か形あるものを依り代に発動すれば、イケるんじゃね? …と思った時、私が持ち込んだスマホを思いついた。



 このスマホ、異世界転移の際に充電池は魔力充填式に変化を遂げ、流石にネットなどの通信機能は使えなくなってしまったものの、本体そのものの機能は死んでおらず、ネットを使わないアプリなら今でも使用可能なのである。



 ……すなわち、私の指紋やナンバーコードで動く専用魔道具なのだ。



 そして、使用してみた結果。

 なんと、『ストレージ』なるアプリが爆誕し、数え切れないほどの物品が収められた瞬間、キレイに種類別に分別された上に、50音順に並んで整理されたではないか。

 ママンのアイテムボックスは、個数別にはなっていたが何でもかんでも区別なく放り込まれていたという印象でしかなかったのに。



 それには流石のママンも驚いていたので、私は得意満面になって言ったのだ。



「ねぇねぇ、ママン。 私、これから倉庫番になるから、欲しい物があったら言ってね」



 すると、そもそもあんまり物欲のないママンだったけれども、私の魔術の才に心から喜び、



『うふふ、私は別に興味はないから、全部貴女あげるわよ? 好きにお使いなさい』



 と笑って私の顔を舐めた。



 それにしても…この何百年に渡る貢物の膨大な量の物品を収め切った上に、整理整頓まで出来てしまうとは……現代科学の粋を集めたスマホの、異世界でのポテンシャルが半端ないと思った。



 異世界スマホ最強伝説はこうして作られていくのね……誰が語り継いでるのか知らないけど。



 そして、ささやかな量の物しか収められない私のストレージには、そのスマホを入れることにしたので、セキュリティも万全だと自負している。







 そうして、その時のことを思い出しながらドヤっていると、転送台の魔石がピカピカと輝き―――



『ピンポ―――ン』



 いつもの転送物が贈られてくるインターホンの音がして、私はいそいそと受け取りの用意を整える。



 きっと今日もエイリーク王が画面の向こうでパタパタと尻尾を振る音をさせながら、ご挨拶してくれるのだろうか。



ここ最近の彼の姿と声を想像し、思わず頬が緩むのを感じていた。





 2ヶ月前の醜態を晒した後しばらく、流石に気まずくて受け取り拒否をしてしまった時期が続いたが、彼は何も悪くないのに毎日謝罪を繰り返しながら話しかけてきてくれた。

 むしろこちらの方が突然住居に侵入し、お見苦しいものをお見せしてすみませんと謝りたい程だったのに。

 そこまでされると、あまりに子供の様な態度をとる自分が情けなく、申し訳ない気分になるので、少しずつ言葉を返すようになっていったのだが、



 途中、何度か弟たちが



『馴れ馴れしくすんな、人間!』

『しつこい男ってキモい』

『姉ちゃんはお前なんかと会いたくないってさ!』

『姉さんはお前みたいな男に興味はないそうだよ』



 などと悪態をついて通信をブッチする度に、私の良心を見えない刃がグサグサ刺したことも追加する。

 双子のあまりに酷い言い草に、



「…そ、そうです…よね…。

 私なんかがカエデ様とお話したいだなんて……ご迷惑ですよ…ね…」



 なんて、謂れのない罵倒を浴びせられたエイリーク王の声は力を失っていき……転移陣の向こう側で尻尾や耳をヘタレさせている幻まで見えてくる程

弱っていった。それに、



 あ…あんなゴージャスなイケメンにまるで私が言い寄られてるみたいな言い方……自意識過剰でイタすぎるっ!!

 一緒に暮らしてる弟にそんな対応されちゃうと、私が言わせてるみたいで、こっちのダメージも酷すぎるからぁっ!!



 ある日の通信後弟達のあんまりなやり取りを垣間見てしまい、私は泣きながら「これからは私が対応しますから、もう勘弁してください」と弟達に訴えた。



『ええっ!? 何で何で!? 

 いいよ、俺たちがあいつ追っ払ってやるから、姉ちゃんは相手しなくていいよ!』

『うん、ヴォルの言う通り。姉さんはお外の獣人たちなんて相手にしなくてもいいよ。

 害虫は僕たちが対処するから、むしろ引っ込んでて』



 …種族が獣人から害虫になっとる……



 弟たちのあまりの言い分に、私はこのままではいけないと強く思った。



 せめてパトロンさんには気分良く出資してもらいたいではないかっ!?



 いや、私の言い分もちょっとアレだけど……。でも―――



 そんなことだから、あんたたちの対応じゃあ、姉さん安心できんとよ!!

 ご近所さんとは当たり障りなく、それなりに仲良くしたい日本人だから!



 そう思いながらなるべく彼らを刺激しないように言葉を選び選び、引き続き受け取り係の継続を宣言するのだが、彼らは不満顔を収めてはくれなかった。

 しかも発言はどんどん過激なものになっていき、



『………ていうかさ、もうこの台、無くしちゃえばいいんじゃね?』

『そうだね。こんな物があるから面倒くさい輩が来るわけだし……姉さんが混乱して余所見するし』



 ちょっ…王様なのに輩扱い!?

 てか、余所見ってどゆこと!?



 弟たちからそんな理不尽な極論も飛び出したので、慌てて



「それだけはやめて! そんなことしたら絶交するから! もう口きかないから!」



 と必死になって訴えたら、今度は2匹がしょぼんと肩を落として落ち込んでしまう。



 私にとってこの捧げものシステムは、唯一の外界との交信手段であり、貴重な現地物資の配給ツールなのだ。



 いくら彼らの事を家族だと実感した所で、別れは突然やってくるかもしれない。

 いつか突然おっぽり出された時の命綱になるかもしれないと思うとこれだけは失えないし、元の世界に戻るために、この世界の事を知ろうと思ったら、多分ママンを含めたこの子達だけじゃ不十分だろう。



「まあ、このまま継続でいいじゃないの。ねっ、ねっ!?」



 努めて明るく振る舞いながら2匹の首を小脇に抱えて、それぞれの鼻先に頬をスリスリすると、『う…、うん…』と消え入るような声で了解を得ることができた。



 恥ずかしがって顔を隠そうとして俯いているが、2匹とも尻尾がブンブン揺れているので、心の内など丸わかりである。



 ふふふ……チョロい。かわいいワンコちゃん達だぜ。



 そんな私の黒い思惑や打算を含んだお願いの末、この転送台システムは死守されたのだった。

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