月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
54 / 91
第二章 月の国

2-38

しおりを挟む

 あと二週間。
 
 総合管理部として出したデコレーションツリー案は正式採用され、急ピッチで準備が進んでいる。
 中央広場の大きなシンボルツリーに装飾を施すことにして、木を切ることによる運ぶ手間と予想される面倒な批判を回避。飾りは一部を去年までのモニュメントから再利用し、その他は既製品のボールに色を塗る。種類も色も数を減らして統一感を出せば、それだけ予算も削減される。その分、貧相に見えないようにライトの数を増やす。
 豪華で、綺麗で、きらびやかで、でもできるだけお金と時間をかけずに。

 これが今後、月の国の新たな伝統となる事を必死で駆け抜けている彼らはまだ知らない。


 あと十日。

 忙しさはピークを迎え、ついに帰れない日が出てきた。ウィルフリードたちにとっては毎年の事らしい。結慧は流石に帰った方がいいと言われたが、すでに夜遅すぎて一人で歩くのは危険。けれど仕事が山積みすぎて誰も送っていけない。そんな訳で人生初、徹夜で仕事。
 そこで事件が発生した。

 疲れた結慧が目を擦るためにデスクで眼鏡をとったところを全員が目撃。一瞬の沈黙の後、部署内の全員がウィルフリードに持っていたペンやらノートやら電卓やらを投げつけた。
 だって彼らは知らなかった。結慧が魔道具の眼鏡をかけて顔の印象を詐欺レベルで誤魔化している、つまり眼鏡をとったら正真正銘の美人だということを。ウィルフリードが結慧に熱をあげているのは結慧本人以外の誰もが知ってたけれど、彼は常日頃から「好きなタイプは仕事ができる子」と言っていた。仕事人間のウィルフリードが、役所中から「職場に住んでる」と言われがちな部署のその筆頭がようやく片足突っ込んだ春。顔も性格も良くて将来有望な結婚適齢期、実はかなりの優良物件である男にしては選んだ子が地味で垢抜けないけれど、皆で応援しようと思っていたのに。それが何だ。

「ふざけんなよこんっのクソ上司!!」
「報連相がなってねぇんじゃねぇの部長さんよぉ」
「あれは魔道具か?知ってたな?」
「抜け駆けっスか良い年した大人が。こういうのは若者に譲るべきっスよ」
「いやいや年功序列だろう?何年寂しい思いをしていると思っているんだい」
 
 ここにいる全員、仕事が忙しくて春から遠ざかって幾年月。運良く恋人ができても必ず最後は「私と仕事のどっちが大切なのよ」で終わる。そりゃあ同じ所で働いていて仕事に理解があって顔も美人とくれば恋人にしたいに決まってる。

「は?結局顔なの?みんな最低じゃない?」
「アンタだろそれは!」
「中身イイコなのは知ってんだよ顔を今知ったんだよ」
「顔と性格の総合判断だろ綺麗事言ってんじゃねぇわ」
「早い者勝ちでーっす」

 全員疲労で思考が回っていないせいで気付いていないが、ウィルフリードと結慧は今のところただの上司と部下。別にこの先誰がどうしようと関係ない。

 男たちが何の意味もない喧嘩を繰り広げている間、結慧はしばらくそれを眺めて何してるのかしら、と首を傾げていた。こういう時に状況を優しく教えてくれるネーターは声を張り上げてるし、いつも無口なアイクですら向こう側にいるので。
 そしてついに理解することを諦めて仮眠をとることにした。きっと今は休憩時間。たぶん。


 あと一週間。

 ついにデコレーションツリーが完成し、中央広場に御披露目された。
 新たな冬至飾りは話題を呼び、日本でいうテレビの役割の放映具で全国に発信された。
 都市部の目論見通り、各地から一目見ようと観光客が集まってきているようだ。夜になればライトアップされ、昼間と雰囲気が変わる。ロマンチックだとこれも大人気。放映具では連日特集として観光客のインタビューが流れ、ついにツリーの下でプロポーズをしたカップルも現れたのだとか。

 その立役者たちはというと、自らのデスクに突っ伏したまま動かなくなっていた。
 ツリーの立案と原案は出したけれどその先ノータッチ。完成したのは噂で聞いたが見たことはない。
 帰りがけに広場に立ち寄ればいいのだが遠回りだし、夜遅すぎてライトアップは終わっているし、そもそも帰っていないのだからそんな機会はない。
 結慧は殆どの日はきちんと帰宅していたけれど、広場まで足を向けるのが億劫すぎて真っ直ぐ家に帰っていたのでやっぱり見る機会がないままだった。

 ちなみに、中央教会の大司教は冬至祭の前ということで流石に旅先から帰っていたが、それを陽菜たちに教える者は誰もいなかった。
 だって連絡先知らないし、彼女達の事なんて頭の片隅にも存在しなかったので。


 あと二日。
 
「ユエちゃん」
「はい?」

 廊下で声をかけられ、振り返った先にはウィルフリードがいた。いつもきちんとした格好でいる彼だけれど、このところ服はよれているし、髪はセットされていない。無精髭が生えていることだって多々ある。今日もそうだ。
 けれど、それも普段のウィルフリードが垣間見えるようでなんとなくドキリとする。

「冬至祭の夜、一緒に見に行かない?」
「え、でもお仕事あるんじゃ」
「まぁそれはそうなんだけどさ、」

 準備期間よりは、当日のほうが余裕がある。諸々のイレギュラー処理はあるとしても、少しは時間がとれるはず。だけど、

「無理しないで休んだ方がいいわ」

 ウィルフリードは結慧なんかよりも圧倒的に働き詰めだ。当日だってきっとそう。だから少しでも時間があるなら身体を休めるべき。なのに、

「無理したいんだ。……駄目かな?」

 距離が詰まる。いつの間にか目の前に来ていたウィルフリードに手を取られる。指が絡まる。
 そんな事をされたら、
 頷くしかなくなるじゃない

「――よかった。楽しみにしてる」

 指が離れる。微かな熱を残して。
 冬の冷たい廊下に溶け出すそれをどうにか留めようと、指先を握り込んだ。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜

月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。 ※この作品は、カクヨムでも掲載しています。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

辺境ぐうたら日記 〜気づいたら村の守り神になってた〜

自ら
ファンタジー
異世界に転移したアキト。 彼に壮大な野望も、世界を救う使命感もない。 望むのはただ、 美味しいものを食べて、気持ちよく寝て、静かに過ごすこと。 ところが―― 彼が焚き火をすれば、枯れていた森が息を吹き返す。 井戸を掘れば、地下水脈が活性化して村が潤う。 昼寝をすれば、周囲の魔物たちまで眠りにつく。 村人は彼を「奇跡を呼ぶ聖人」と崇め、 教会は「神の化身」として祀り上げ、 王都では「伝説の男」として語り継がれる。 だが、本人はまったく気づいていない。 今日も木陰で、心地よい風を感じながら昼寝をしている。 これは、欲望に忠実に生きた男が、 無自覚に世界を変えてしまう、 ゆるやかで温かな異世界スローライフ。 幸せは、案外すぐ隣にある。

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

処理中です...