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第二章 月の国
2-38
しおりを挟むあと二週間。
総合管理部として出したデコレーションツリー案は正式採用され、急ピッチで準備が進んでいる。
中央広場の大きなシンボルツリーに装飾を施すことにして、木を切ることによる運ぶ手間と予想される面倒な批判を回避。飾りは一部を去年までのモニュメントから再利用し、その他は既製品のボールに色を塗る。種類も色も数を減らして統一感を出せば、それだけ予算も削減される。その分、貧相に見えないようにライトの数を増やす。
豪華で、綺麗で、きらびやかで、でもできるだけお金と時間をかけずに。
これが今後、月の国の新たな伝統となる事を必死で駆け抜けている彼らはまだ知らない。
あと十日。
忙しさはピークを迎え、ついに帰れない日が出てきた。ウィルフリードたちにとっては毎年の事らしい。結慧は流石に帰った方がいいと言われたが、すでに夜遅すぎて一人で歩くのは危険。けれど仕事が山積みすぎて誰も送っていけない。そんな訳で人生初、徹夜で仕事。
そこで事件が発生した。
疲れた結慧が目を擦るためにデスクで眼鏡をとったところを全員が目撃。一瞬の沈黙の後、部署内の全員がウィルフリードに持っていたペンやらノートやら電卓やらを投げつけた。
だって彼らは知らなかった。結慧が魔道具の眼鏡をかけて顔の印象を詐欺レベルで誤魔化している、つまり眼鏡をとったら正真正銘の美人だということを。ウィルフリードが結慧に熱をあげているのは結慧本人以外の誰もが知ってたけれど、彼は常日頃から「好きなタイプは仕事ができる子」と言っていた。仕事人間のウィルフリードが、役所中から「職場に住んでる」と言われがちな部署のその筆頭がようやく片足突っ込んだ春。顔も性格も良くて将来有望な結婚適齢期、実はかなりの優良物件である男にしては選んだ子が地味で垢抜けないけれど、皆で応援しようと思っていたのに。それが何だ。
「ふざけんなよこんっのクソ上司!!」
「報連相がなってねぇんじゃねぇの部長さんよぉ」
「あれは魔道具か?知ってたな?」
「抜け駆けっスか良い年した大人が。こういうのは若者に譲るべきっスよ」
「いやいや年功序列だろう?何年寂しい思いをしていると思っているんだい」
ここにいる全員、仕事が忙しくて春から遠ざかって幾年月。運良く恋人ができても必ず最後は「私と仕事のどっちが大切なのよ」で終わる。そりゃあ同じ所で働いていて仕事に理解があって顔も美人とくれば恋人にしたいに決まってる。
「は?結局顔なの?みんな最低じゃない?」
「アンタだろそれは!」
「中身イイコなのは知ってんだよ顔を今知ったんだよ」
「顔と性格の総合判断だろ綺麗事言ってんじゃねぇわ」
「早い者勝ちでーっす」
全員疲労で思考が回っていないせいで気付いていないが、ウィルフリードと結慧は今のところただの上司と部下。別にこの先誰がどうしようと関係ない。
男たちが何の意味もない喧嘩を繰り広げている間、結慧はしばらくそれを眺めて何してるのかしら、と首を傾げていた。こういう時に状況を優しく教えてくれるネーターは声を張り上げてるし、いつも無口なアイクですら向こう側にいるので。
そしてついに理解することを諦めて仮眠をとることにした。きっと今は休憩時間。たぶん。
あと一週間。
ついにデコレーションツリーが完成し、中央広場に御披露目された。
新たな冬至飾りは話題を呼び、日本でいうテレビの役割の放映具で全国に発信された。
都市部の目論見通り、各地から一目見ようと観光客が集まってきているようだ。夜になればライトアップされ、昼間と雰囲気が変わる。ロマンチックだとこれも大人気。放映具では連日特集として観光客のインタビューが流れ、ついにツリーの下でプロポーズをしたカップルも現れたのだとか。
その立役者たちはというと、自らのデスクに突っ伏したまま動かなくなっていた。
ツリーの立案と原案は出したけれどその先ノータッチ。完成したのは噂で聞いたが見たことはない。
帰りがけに広場に立ち寄ればいいのだが遠回りだし、夜遅すぎてライトアップは終わっているし、そもそも帰っていないのだからそんな機会はない。
結慧は殆どの日はきちんと帰宅していたけれど、広場まで足を向けるのが億劫すぎて真っ直ぐ家に帰っていたのでやっぱり見る機会がないままだった。
ちなみに、中央教会の大司教は冬至祭の前ということで流石に旅先から帰っていたが、それを陽菜たちに教える者は誰もいなかった。
だって連絡先知らないし、彼女達の事なんて頭の片隅にも存在しなかったので。
あと二日。
「ユエちゃん」
「はい?」
廊下で声をかけられ、振り返った先にはウィルフリードがいた。いつもきちんとした格好でいる彼だけれど、このところ服はよれているし、髪はセットされていない。無精髭が生えていることだって多々ある。今日もそうだ。
けれど、それも普段のウィルフリードが垣間見えるようでなんとなくドキリとする。
「冬至祭の夜、一緒に見に行かない?」
「え、でもお仕事あるんじゃ」
「まぁそれはそうなんだけどさ、」
準備期間よりは、当日のほうが余裕がある。諸々のイレギュラー処理はあるとしても、少しは時間がとれるはず。だけど、
「無理しないで休んだ方がいいわ」
ウィルフリードは結慧なんかよりも圧倒的に働き詰めだ。当日だってきっとそう。だから少しでも時間があるなら身体を休めるべき。なのに、
「無理したいんだ。……駄目かな?」
距離が詰まる。いつの間にか目の前に来ていたウィルフリードに手を取られる。指が絡まる。
そんな事をされたら、
頷くしかなくなるじゃない
「――よかった。楽しみにしてる」
指が離れる。微かな熱を残して。
冬の冷たい廊下に溶け出すそれをどうにか留めようと、指先を握り込んだ。
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