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第三章 月の神殿
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しおりを挟む「はじめからお話しした方がよろしいですね」
「ええ、そうして頂けると助かるわ」
事の発端は、現太陽神が即位したことにある。
自尊心と野心が強く、自分がこの世界で一番上位の存在であると言って憚らない男。太陽神を継ぐ前からそうだったけれど、戴冠後はそれがより顕著になった。
自分こそが、唯一無二の存在であると。
「月と太陽は二大神。それが気に食わぬのでしょう」
誰が何を言おうと、先代が諌めようとも聞かず、ついに月神は身の危険を感じるまでになった。
その頃月神の奥方は子を身籠っていて、そろそろ生まれるかという頃合い。不安は益々高まっていく。
そうして、ついに太陽神が兵を集め出した。
同時に月神に子が生まれた。女の子だった。
「苦渋の決断でございました」
月神は子を隠すことにした。太陽神に見つからぬ所へ。力の及ばぬ彼方へ。いずれ時が満ちた頃に舞い戻り、月を継ぐようまじないをかけて。
その直後、月の神殿は血に染まる。
下手人は少数。しかし手練れ。侵入を許した後、神殿は地獄となった。
全員が斬られた。月神だけでなく、奥方も、使用人も。抵抗は無意味だった。抵抗する間もなかった。
「私と、さっきのドロリスだけが生き残ったのです」
スミティは傷が浅かった。ドロリスは当時の家政婦長に食糧庫の中へと隠され運良く見つからずに済んだ。
何十人もいた内の、たった二人だった。
「さぁ、お夕食ができましたよ。あら、お話し中だったかしら」
「ああ……あの時の事をね」
「まぁ。……ねぇ、先に食べたらどうかしら。温かいものを作ったんですよ。まだお身体が冷えていらっしゃるでしょう?」
ドロリスの手の中ではシチューとパンが湯気をたてている。結慧のために急いで作ってくれたのだろう、その心遣いを無駄にすることはない。
「ええ、じゃあ先に頂こうかしら。スミティさんたちも」
「いいえ、主人と一緒に食べる訳には」
「一緒に食べましょう?一人じゃ寂しいわ」
食べているところをずっと見られるのも気まずい。それにここ最近は一人で食事をする事はなかった。ずっと一人で食べていたはずなのに、どうしてだろう、すっかりそれが寂しいと感じるようになってしまった。
最近ずっと、賑やかな場所にいたから。
「……そういう事でしたら、」
「すぐに持って参りますね」
暖炉の前から動きたくなかったから、行儀は悪いけれどこのままここで。暗い話は中断して。
誰かと食べるご飯は、温かくて優しいものだから。
***
「じゃあ本当に誰とも連絡がとれないの?」
「ええ、私たちだけでは」
食事が済み、ドロリスは片付けと結慧の部屋の準備にと出ていった。スミティと二人、再び先ほどの話に戻る。何が起きたのかは分かった。原因も理解した。あとは、今のこと。
太陽神に全員が殺された時、それを誰かに知らせればよかったのに。それを聞いたら帰ってきた答え。
神殿に仕える者は、それを誰にも話せない。
そこで働いている事はもちろん、そこで起こったこと、聞いたこと、すべて誰かに伝えることができない。
そういう魔術がかかっている。
そしてそれを解けるのは月神だけ。殺されてしまえばそれきり、術を解くことは叶わない。
買い出しのためにティコの街へ下りることはあっても、誰にも助けては貰えない。
「例えば、他の神たちへも?」
「そうですね。月神様でしたら他神殿への連絡が可能ですが我々にはできません」
「誰かが訪ねてくることはなかったの?」
「二大神は他の神々とは一線を画す偉大な神様ですので。二大神は他の神を訪ねることができますが、逆は先触れと許可が必要なのです」
つまり、こちらから誰かに助けを求めることはできないし、逆に誰かが不審に思っても神殿へ入る許可を出す月神がいなくなってしまっては誰も来ることができない。
「……大変だったのね」
八方塞がりだ。特に、神殿に仕えているだけで何の権力も持たない二人には。
きっと、辛い思いをしてきただろう。
それでもここに残って、いつか戻るはずの主人を待っていた。戻ると信じて、長い間ずっと。
「凄い事だわ。こんなに長い間頑張っていたなんて」
「それが生き残った者の務めでございます」
「……そうだとしても。なかなかできる事ではないわ」
「とんでもない、」
言葉が途切れる。俯いたスミティの肩が震える。
皺の寄った手。きっと、二十六年前には皺なんてなかっただろう手。それをそっと握って、撫でる。
それをするのが結慧であるべきなのかは分からないけれど。
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