月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
67 / 91
第三章 月の神殿

3-2

しおりを挟む

「はじめからお話しした方がよろしいですね」
「ええ、そうして頂けると助かるわ」

 事の発端は、現太陽神が即位したことにある。
 自尊心と野心が強く、自分がこの世界で一番上位の存在であると言って憚らない男。太陽神を継ぐ前からそうだったけれど、戴冠後はそれがより顕著になった。
 自分こそが、唯一無二の存在であると。

「月と太陽は二大神。それが気に食わぬのでしょう」

 誰が何を言おうと、先代が諌めようとも聞かず、ついに月神は身の危険を感じるまでになった。
 その頃月神の奥方は子を身籠っていて、そろそろ生まれるかという頃合い。不安は益々高まっていく。

 そうして、ついに太陽神が兵を集め出した。
 同時に月神に子が生まれた。女の子だった。

「苦渋の決断でございました」
 
 月神は子を隠すことにした。太陽神に見つからぬ所へ。力の及ばぬ彼方へ。いずれ時が満ちた頃に舞い戻り、月を継ぐようまじないをかけて。

 その直後、月の神殿は血に染まる。

 下手人は少数。しかし手練れ。侵入を許した後、神殿は地獄となった。
 全員が斬られた。月神だけでなく、奥方も、使用人も。抵抗は無意味だった。抵抗する間もなかった。

「私と、さっきのドロリスだけが生き残ったのです」

 スミティは傷が浅かった。ドロリスは当時の家政婦長に食糧庫の中へと隠され運良く見つからずに済んだ。
 何十人もいた内の、たった二人だった。

「さぁ、お夕食ができましたよ。あら、お話し中だったかしら」
「ああ……あの時の事をね」
「まぁ。……ねぇ、先に食べたらどうかしら。温かいものを作ったんですよ。まだお身体が冷えていらっしゃるでしょう?」

 ドロリスの手の中ではシチューとパンが湯気をたてている。結慧のために急いで作ってくれたのだろう、その心遣いを無駄にすることはない。

「ええ、じゃあ先に頂こうかしら。スミティさんたちも」
「いいえ、主人と一緒に食べる訳には」
「一緒に食べましょう?一人じゃ寂しいわ」

 食べているところをずっと見られるのも気まずい。それにここ最近は一人で食事をする事はなかった。ずっと一人で食べていたはずなのに、どうしてだろう、すっかりそれが寂しいと感じるようになってしまった。
 最近ずっと、賑やかな場所にいたから。

「……そういう事でしたら、」
「すぐに持って参りますね」

 暖炉の前から動きたくなかったから、行儀は悪いけれどこのままここで。暗い話は中断して。
 誰かと食べるご飯は、温かくて優しいものだから。



 ***

「じゃあ本当に誰とも連絡がとれないの?」
「ええ、私たちだけでは」

 食事が済み、ドロリスは片付けと結慧の部屋の準備にと出ていった。スミティと二人、再び先ほどの話に戻る。何が起きたのかは分かった。原因も理解した。あとは、今のこと。
 太陽神に全員が殺された時、それを誰かに知らせればよかったのに。それを聞いたら帰ってきた答え。

 神殿に仕える者は、それを誰にも話せない。
 そこで働いている事はもちろん、そこで起こったこと、聞いたこと、すべて誰かに伝えることができない。
 そういう魔術がかかっている。
 そしてそれを解けるのは月神だけ。殺されてしまえばそれきり、術を解くことは叶わない。

 買い出しのためにティコの街へ下りることはあっても、誰にも助けては貰えない。

「例えば、他の神たちへも?」
「そうですね。月神様でしたら他神殿への連絡が可能ですが我々にはできません」
「誰かが訪ねてくることはなかったの?」
「二大神は他の神々とは一線を画す偉大な神様ですので。二大神は他の神を訪ねることができますが、逆は先触れと許可が必要なのです」

 つまり、こちらから誰かに助けを求めることはできないし、逆に誰かが不審に思っても神殿へ入る許可を出す月神がいなくなってしまっては誰も来ることができない。

「……大変だったのね」

 八方塞がりだ。特に、神殿に仕えているだけで何の権力も持たない二人には。
 きっと、辛い思いをしてきただろう。
 それでもここに残って、いつか戻るはずの主人を待っていた。戻ると信じて、長い間ずっと。

「凄い事だわ。こんなに長い間頑張っていたなんて」
「それが生き残った者の務めでございます」
「……そうだとしても。なかなかできる事ではないわ」
「とんでもない、」

 言葉が途切れる。俯いたスミティの肩が震える。
 皺の寄った手。きっと、二十六年前には皺なんてなかっただろう手。それをそっと握って、撫でる。
 それをするのが結慧であるべきなのかは分からないけれど。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...