月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
72 / 91
第三章 月の神殿

3-7

しおりを挟む

「お疲れさん」

 コトリ、小さな音をたててウィルフリードの前にグラスが置かれた。小さなロックグラスを一気に呷る。喉が焼ける。オシアスも水を用意したりはしない。ただ、なくなったグラスの中身を入れ直すだけ。
 伊達に三十年以上一緒に過ごしている訳ではない。
 こういう時はどうしたらいいのか、どうして欲しいのかは分かりきっている。

 ユエがいなくなって一日。大きな混乱はない。けれど、街の雰囲気は沈んだきり。あのデモ行進の首謀者を探す動きもあるにはあるが、表立ってそれをやる人間はいない。
 それが約束だから。

「ここに来る時に教会の前通ったんだけどさ、大盛況だったよ」
「そうだろうな」 

 教会は祈りを捧げる者が後を絶たない。教会に入りきらなくて順番待ちの列ができている程。まるで冬至祭のようだ。
 祈りを、正確には懺悔を。あの時の事を詫びるために列をなして。

「今日、月が出てないのもあるだろうな」

 月は、昨日あの時からずっと雲に隠れたまま。一日たった今も雲がとれずにいる。

「曇りの日なんていくらでもあるのにね」

 それを悪い方向へと考えてしまうのが人の心だ。自分達に非があると分かっている時は余計に。

 この街は、この国は。
 身体を張って人々を闇の中から救ってくれた恩を一瞬で忘れ去り、礼を言うこともなく。
 自分達が信じてきた神を、自分達の手で追い出した。

「聞いてよ。国王様に呼び出されたんだよ」
「そりゃ凄い。謁見なんて一般人にはそうそうできることじゃない」

 呼び出されて大臣たち、神官たちに取り囲まれて問いただされた。知っていたのかと。
 何故知らせなかった、何故引き留めなかった、と。

「勝手だよね」

 彼女の持つ色の事は知っていた。けれど、彼女のいた世界では殆どの者がその色だという説明だった。異世界から来たという特殊事例ではあるが、ラルドも知る通り聖女の召喚に巻き込まれただけの一般人である可能性が高かった。また彼女自信も向こうで育ったと、こちらの世界の事は知らないと言っていた。
 彼女が自身の出自を悟ったのは魔獣の大量発生時の可能性が高いが、本人からは何も聞いてはいない。
 彼女が行ってしまった件については人間側の要望を聞き届けた彼女に非はあるはずもない。そもそも、魔獣に飲み込まれた沢山の市民を救い出した英雄に対し讃えるどころか得体が知れぬと追放するような国など見捨てられて当然ではないのか。それを今さら、神だとは知らなかったから戻ってきてくれなどというのは厚顔無恥にも程がある。

「で、国王の前でそんな啖呵を切ってお咎めは?」
「ある訳ないよ」

 だってそれが彼女との、神との約束だから。

「守られたな、あの子に」
「本当にね。これじゃ辞表も出せやしない」

 守りたいと思った。
 あの細い肩を、柔い指を包み込んでいたいとそう思っていた。出会った頃よりもずっとずっと増えた笑顔を、このまま守っていきたいとそう思っていたのに。
 結局何もできないまま、逆に守られてばかりいる。

 あーあ、とまたグラスを呷る。もう何杯目かも覚えていないしオシアスだって数えていない。今日のような日に料金を請求するような野暮はしない。

「勝手だよ、本当にさ」

 人の心をかき乱すだけ乱して、何も言わずに消えてしまった彼女も。

 手が届かないと知ってなお、諦められない自分も。

「フラれちゃったなぁ」

 あの日の返事も聞けないままで。

「……さて、それはどうだろうな」

 空のグラスを弄んでいた手を止め、顔を上げる。オシアスが意味深に笑っている。

「手だって離れちゃったし」

 手を離すなと言われていたのに、結局離れていってしまったのに。
 それでも?

「離れただけで、放した訳じゃないだろ?」

 大切なのは、信じること。


「大丈夫。まだ繋がってるよ」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...