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第三章 月の神殿
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しおりを挟む「お疲れさん」
コトリ、小さな音をたててウィルフリードの前にグラスが置かれた。小さなロックグラスを一気に呷る。喉が焼ける。オシアスも水を用意したりはしない。ただ、なくなったグラスの中身を入れ直すだけ。
伊達に三十年以上一緒に過ごしている訳ではない。
こういう時はどうしたらいいのか、どうして欲しいのかは分かりきっている。
ユエがいなくなって一日。大きな混乱はない。けれど、街の雰囲気は沈んだきり。あのデモ行進の首謀者を探す動きもあるにはあるが、表立ってそれをやる人間はいない。
それが約束だから。
「ここに来る時に教会の前通ったんだけどさ、大盛況だったよ」
「そうだろうな」
教会は祈りを捧げる者が後を絶たない。教会に入りきらなくて順番待ちの列ができている程。まるで冬至祭のようだ。
祈りを、正確には懺悔を。あの時の事を詫びるために列をなして。
「今日、月が出てないのもあるだろうな」
月は、昨日あの時からずっと雲に隠れたまま。一日たった今も雲がとれずにいる。
「曇りの日なんていくらでもあるのにね」
それを悪い方向へと考えてしまうのが人の心だ。自分達に非があると分かっている時は余計に。
この街は、この国は。
身体を張って人々を闇の中から救ってくれた恩を一瞬で忘れ去り、礼を言うこともなく。
自分達が信じてきた神を、自分達の手で追い出した。
「聞いてよ。国王様に呼び出されたんだよ」
「そりゃ凄い。謁見なんて一般人にはそうそうできることじゃない」
呼び出されて大臣たち、神官たちに取り囲まれて問いただされた。知っていたのかと。
何故知らせなかった、何故引き留めなかった、と。
「勝手だよね」
彼女の持つ色の事は知っていた。けれど、彼女のいた世界では殆どの者がその色だという説明だった。異世界から来たという特殊事例ではあるが、ラルドも知る通り聖女の召喚に巻き込まれただけの一般人である可能性が高かった。また彼女自信も向こうで育ったと、こちらの世界の事は知らないと言っていた。
彼女が自身の出自を悟ったのは魔獣の大量発生時の可能性が高いが、本人からは何も聞いてはいない。
彼女が行ってしまった件については人間側の要望を聞き届けた彼女に非はあるはずもない。そもそも、魔獣に飲み込まれた沢山の市民を救い出した英雄に対し讃えるどころか得体が知れぬと追放するような国など見捨てられて当然ではないのか。それを今さら、神だとは知らなかったから戻ってきてくれなどというのは厚顔無恥にも程がある。
「で、国王の前でそんな啖呵を切ってお咎めは?」
「ある訳ないよ」
だってそれが彼女との、神との約束だから。
「守られたな、あの子に」
「本当にね。これじゃ辞表も出せやしない」
守りたいと思った。
あの細い肩を、柔い指を包み込んでいたいとそう思っていた。出会った頃よりもずっとずっと増えた笑顔を、このまま守っていきたいとそう思っていたのに。
結局何もできないまま、逆に守られてばかりいる。
あーあ、とまたグラスを呷る。もう何杯目かも覚えていないしオシアスだって数えていない。今日のような日に料金を請求するような野暮はしない。
「勝手だよ、本当にさ」
人の心をかき乱すだけ乱して、何も言わずに消えてしまった彼女も。
手が届かないと知ってなお、諦められない自分も。
「フラれちゃったなぁ」
あの日の返事も聞けないままで。
「……さて、それはどうだろうな」
空のグラスを弄んでいた手を止め、顔を上げる。オシアスが意味深に笑っている。
「手だって離れちゃったし」
手を離すなと言われていたのに、結局離れていってしまったのに。
それでも?
「離れただけで、放した訳じゃないだろ?」
大切なのは、信じること。
「大丈夫。まだ繋がってるよ」
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