月の叙事詩~聖女召喚に巻き込まれたOL、異世界をゆく~

野々宮友祐

文字の大きさ
77 / 91
第三章 月の神殿

3-12

しおりを挟む

 眠れない。

 ついに明日、作戦本番。決行は早朝だから、寝て起きたらすぐだ。朝四時前には最低でも起きねばならないからと、ドロリスに夜の二十一時にはベッドに押し込まれてしまった。
 横になってからもう一時間も経つけれど、一向に来ない眠気。何度も寝返りを打ってシーツはすでにくしゃくしゃになってしまっている。

 不安で仕方ない。
 この二週間で何度も話し合った作戦。そんな短期間でできる事などたかがしれている。けれど、時間がない。

 この世界はもう、限界が近い。

 太陽が昇らなくなって三年。気温が下がり草木は枯れ、食物は育たない。増える失業者、悪化する治安、衛生環境が悪くなって感染症が流行り始めている。今はまだギリギリのところで踏ん張っている人間も、いつ限界がきてもおかしくはない。

 月神がいないことも問題のようだ。
 この世界は神の存在によって均衡を保っているのだとアストライオスが言っていた。それが、月神の死から時間が経つにつれどんどんと傾いていっている。今年、太陽神の力が最大値になっているのも大きな要因。
 
 崩れ始めたら、一瞬。

 一刻も早く正さねばならない。そうしなければ、この世界は終末を迎えて滅び去る。

 けれど太陽神は夏至に向け、日に日に力を増している。元より神たちの中でも一番と言って良い力の強さ。次代の太陽と月、そしてその他すべての神たちが向かっていっても単純な力比べになれば勝てるかどうか。

(……私、関係ないのに)

 何の関係があるというのだろう。
 聖女の召喚に巻き込まれただけの会社員が。

 結慧はまだ、自分がこの世界で生まれたのだと信じてはいない。二十年以上あちらの世界で一般人として生きてきたのだ。今さら、しかも神だなんて言われて信じられるわけがない。
 
 関係ないのに。この世界がどうなろうと、知った事ではないのに。どうしてここまでしなくてはいけないのだろう。どうして、どうして。

 溜め息をついて、ベッドを抜け出る。
 カーテンを開ければそれだけでひんやりとした空気が身体にあたる。冷たい窓枠、その向こう。

 ティコの街が見下ろせる。
 山の裾野に広がる住宅街は、まるで星空のよう。商店街は飲食店のエリアだけがまだ明るさを保っている。暗くなったオフィス街、教会の後ろ姿。
 役所は、あそこ。
 大きな建物は、もうほとんどが明かりを落としている。ついているのは夜勤のある部署と、他にチラホラ。
 その中で、当然のように明かりのついている一角。こちらから見れば廊下側だというのに、それでも分かるくらい漏れている光に笑ってしまう。

 もしも、世界が終わったら。
 あの人も、あの人たちもいなくなってしまう。

(――――それは、嫌ね)

 関係ない、どうでもいい。
 そう思えないものができた。

 こつん、窓硝子に額を当てる。真冬の夜風にさらされた硝子で頭が冷えていく。
 いい加減もう寝なければ。失敗できない明日はもうすぐそこまで来ているのだから。

 
 大切な人たちのために、自分にできることをする。

 たとえ太陽が元に戻っても、彼らと会うことはもうないけれど。

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

【完結】そして異世界の迷い子は、浄化の聖女となりまして。

和島逆
ファンタジー
七年前、私は異世界に転移した。 黒髪黒眼が忌避されるという、日本人にはなんとも生きにくいこの世界。 私の願いはただひとつ。目立たず、騒がず、ひっそり平和に暮らすこと! 薬師助手として過ごした静かな日々は、ある日突然終わりを告げてしまう。 そうして私は自分の居場所を探すため、ちょっぴり残念なイケメンと旅に出る。 目指すは平和で平凡なハッピーライフ! 連れのイケメンをしばいたり、トラブルに巻き込まれたりと忙しい毎日だけれど。 この異世界で笑って生きるため、今日も私は奮闘します。 *他サイトでの初投稿作品を改稿したものです。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【男装歴10年】異世界で冒険者パーティやってみた【好きな人がいます】

リコピン
ファンタジー
前世の兄と共に異世界転生したセリナ。子どもの頃に親を失い、兄のシオンと二人で生きていくため、セリナは男装し「セリ」と名乗るように。それから十年、セリとシオンは、仲間を集め冒険者パーティを組んでいた。 これは、異世界転生した女の子がお仕事頑張ったり、恋をして性別カミングアウトのタイミングにモダモダしたりしながら過ごす、ありふれた毎日のお話。 ※日常ほのぼの?系のお話を目指しています。 ※同性愛表現があります。

本の知識で、らくらく異世界生活? 〜チート過ぎて、逆にヤバい……けど、とっても役に立つ!〜

あーもんど
ファンタジー
異世界でも、本を読みたい! ミレイのそんな願いにより、生まれた“あらゆる文書を閲覧出来るタブレット” ミレイとしては、『小説や漫画が読めればいい』くらいの感覚だったが、思ったよりチートみたいで? 異世界で知り合った仲間達の窮地を救うキッカケになったり、敵の情報が筒抜けになったりと大変優秀。 チートすぎるがゆえの弊害も多少あるものの、それを鑑みても一家に一台はほしい性能だ。 「────さてと、今日は何を読もうかな」 これはマイペースな主人公ミレイが、タブレット片手に異世界の暮らしを謳歌するお話。 ◆小説家になろう様でも、公開中◆ ◆恋愛要素は、ありません◆

聖女なんかじゃありません!~異世界で介護始めたらなぜか伯爵様に愛でられてます~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
川で溺れていた猫を助けようとして飛び込屋敷に連れていかれる。それから私は、魔物と戦い手足を失った寝たきりの伯爵様の世話人になることに。気難しい伯爵様に手を焼きつつもQOLを上げるために努力する私。 そんな私に伯爵様の主治医がプロポーズしてきたりと、突然のモテ期が到来? エブリスタ、小説家になろうにも掲載しています。

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

処理中です...