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第四章 月神
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しおりを挟む月の神殿、その最上階。大きな扉は神の議場へと繋がっている。世界に十ある神殿、そのすべての正殿といえるそこは最も神聖な儀式の場へと続く。
結慧はあれから予想通りに倒れて寝込み、ようやく起き上がった時に知らされたのは何故か決まっていた月神戴冠の儀。
それが、今日。
太陽が昇ったとはいえ月神が不在のままでは世界のバランスは元に戻らない。できるだけ早く、と一番最初の満月の日に決められていた。結慧の寝ている間に。
これまた知らぬ間に新調されていたドレスに身を包み、今は夜の二十時。月は中天。
「行ってきます」
スミティとドロリス、それぞれ右と左に繋いだ手を離す。扉が開いて、その先に見える空に月はない。
空一面に、雲がかかっている。
「……あの子、大丈夫だろうか」
「んん……どうだろうな」
「ま、なんとかなるだろ」
地上、月の国の役所の一室。総合管理部は今日もまた全員揃って放映具を見つめていた。夜の二十時は残業のうちに入らない。
神の戴冠が見られる世になるなんて、誰が想像しただろう。
月の戴冠式を放映具で中継する。新たな太陽神からのその知らせに世界中が沸いた。その日を今か今かと待ち、ついに今日だと浮き足立ったはいいものの空を覆う雲に不安が過る。
神の戴冠の日、その空模様は次代を占う。
これからきっと、いい時代がくる。そう信じる人々は朝から度々上を見上げては一向に晴れる事のない空に向かって溜め息を吐く。
あの美しく強い女神の戴冠が、曇りのはずない。
そう信じているのに。
(そりゃあ当然よね)
そう思っているのは当の本人ただ一人。
議場に集まった若い神たちの神妙な顔を一別して、結慧はさっさと階段へと向かう。
新調したハイヒールがコツンと音を立てる。
この階段を上ったら。
「…………私の話、聞いてくださる?」
放映具で映されている事は知っている。誰かに、すべての人に言葉が届くことも知っている。
真っ直ぐに階段の先を見詰めて歩く、その途中。
話しておかなければならない事がある。
「私ね、生まれてすぐにここではない別の世界に飛ばされたの。太陽神から逃れるために」
ゆっくりと足を進める。
「その世界では孤児として育ったわ。家も親も、名前すら分からないのだから当然ね」
地上の人々は、結慧の横顔を見詰めて耳を傾ける。
「――――ねぇ、私って誰だと思う?」
階段はまだ続く。
「本当にこの世界で生まれたの?世界を渡ったという証拠は?月神に似た力を持っているだけだとしたら?別の世界に似た力が存在する可能性は?この髪と目の色だって向こうの世界では普通の色だったわよ」
歩みも言葉も、止めないまま。
「私が本当に月神だと、誰が言いきれるというの?」
階段はあと半分。
「誰にも分からないのよそんなのは。私は今まで普通の人間として生きてきた。それが突然この世界に飛ばされて、魔法なんて使ったこともないのに魔獣と戦って、月神だなんて言われて太陽神を倒せだなんて。何の冗談なの。知らないわよそんな事、いい加減にしてよ……!」
声に怒りが滲む。
運命という濁流に翻弄され続けた者の怒り。
思えば今まで何一つ、自ら選び取れたものなどなかった。
「もう嫌、疲れちゃった。だっていくら考えたところで答えなんか出やしないのよ。どれだけ手を伸ばしても、どれだけ嫌だと思っても私の願いなんて一度も叶ったことがない。だからもういい、もうやめる」
空を見上げる。今にも泣き出しそうな曇り空。
結慧の心模様と一緒の空。
「…………ごめんなさいね、こんな話。でも話さなきゃと思ったの。本当は月神じゃないかもしれないだなんて、騙すような真似はしたくなかった。こんな私だから、せめて誠実でありたかった」
階段を上りきる。
「私は示した。だから、選びなさい」
そこは何もない空間だった。儀式の場と言うけれど祭壇などもない。ただ磨き抜かれ鏡のような床だけがある。空を映した床を歩く姿はまるで空中を歩いているよう。
「私が本当に月神だというのなら、私にやらせたいのならそれでいい。けれど、違うというのなら私を元いた世界に帰しなさい今すぐに!」
空に、天に向かって叫ぶ。
「神にも操れない世界の意思があるというのなら、応えなさい!!」
――――――月神様
世界のどこかの、誰かが言った。
それは次々と伝染し人々の口から声が漏れる。月神様と。囁くような、呟くような、小さな声。その声が重なる。ひとつひとつの小さな声が集まり膨らみ空へと迫ってゆく。目に見えない何かになって。
それを言葉にするのなら、きっと祈りと言うのだろう。
強い風が吹いた。
ぶわりと下から、結慧の身体を包み込み押し上げるような強い風に髪が巻き上げられる。
目を閉じて沙汰を待ったけれど、ついに身体が浮く事はなかった。
目を開く。
「…………そう、」
満月。
「それが応えなのね」
地上から歓声があがる。
沸き上がった強い風がすべての雲を吹き飛ばして消し去った。見上げた空は一瞬前まで曇っていたとは信じられないような満天の星空。
煌々と輝く巨大な満月が、そこにあった。
ならばもう、何も言うまい。
「――――私は、相馬結慧。こちらでの名はヘカテー。終わりと始まりの新月。罪を浄め、新たな世界へと導く者。月よ、夜道を照らして。もう誰も迷わないように」
流されるまま辿り着いた道であっても、その先に希望を見つけられるように。
「――――皆さん、良い夜を」
宝珠が輝く。頭上の満月に劣らぬ美しさで。
その光に照らされた女神の横顔は穏やかで、人々はその微笑みを目に焼き付ける。
遥か未来に渡り人々に崇敬され続ける女神の誕生を。
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