私と母のサバイバル

だましだまし

文字の大きさ
8 / 17

8 迷子

しおりを挟む
どのくらいそうしていただろう。
時間にするときっとそう長くないけど、随分沢山甘えてしまったような気がする。
落ち着いてくると何だか子供のように泣いてしまった事が急に恥ずかしくなってきてしまった。

「もう!大丈夫!なんで泣いちゃったかな?えへへ…なんかごめんなさい」
照れ臭くてお母様の顔を見れないままニードルディアを捌く事にした。

そんな散々甘えて素っ気なくしてしまった私に優しく声が掛けられる。
「初めての戦闘のあとってね、感情が乱れたりするものよ。命のやり取りだから。シェリーみたいに泣いちゃう人も少なくないの。でも何ともならない人よりそういう冒険者の方が強くなるわ。次からは多分ほとんど大丈夫になっているわよ」

「…私、冒険者じゃないけどねっ」
自分の気持ちを上手くコントロール出来なくて何だかトゲのある返しになってしまった私の耳に届いたのは「うふふ」と優しく笑うお母様の声だった。
きっとその顔は微笑んでいるのだろう。


自分の子供っぽさに嫌気を感じつつも、マサオの記憶のお陰か慣れたように手が動く。
渡された狩猟ナイフはマサオの愛用していた狩猟刀より使いやすく、よく切れた。
マサオのよく知る物と違い、背の半分が切れ味を抑えた皮剥用のナイフになっている。
おかげで一本で無駄なく捌け、筋を外せた。

「手際良いわぁ~♪すごいわねぇ~!マサオ様々♡」
目をキラキラさせて解体を見守るお母様。

普通、肉の解体を目の前にした貴婦人は吐き気で顔色を悪くする事はあっても、楽しくて紅潮する事は無いと思う。

ズルリと引きずり出した内臓にも「わぁ~膜に包まれてたままねぇ~上手だわぁ」とウキウキ楽しそうだ。
いや、可哀想と泣かれたり怖がられるより良いんだけど…。
しかも楽しんでる合間に汚れや血を魔法で洗い流してくれたりと何気にサポートも完璧にしてくれている。

お母様って…本当に何者?

せっせと捌き、適当なサイズに切り分けていると、いつの間にか横で宙に浮かぶ水の塊に肉をトプトプ入れていた。

「あ、塩水だから大丈夫よ?血抜きになるって昔教えて貰ったの」
目が点になってる私に慌ててそういうお母様。
「え!?塩水も出せるの!?」
水に放り込んでるのより驚く私の目の前にシレッと何かを取り出した。

「ううん、コレ見つけたの」
何やら白っぽいような、ほんのり赤っぽいような石がお母様の手のひらに転がっている。
「まさか…岩塩!?なんで見つけられたの?!」
「え?さっきのニードルディアが地面舐めてたからよ。何舐めてたのかなって見てきたらあったの。あとでもっと採りに行きましょーね♪」

思わずポカンとしてる私に気付いてるのかいないのか…水の刃で岩塩をスライスにし、そのままその水を塊に変えて塩を溶かし、血で汚れた水塊と入れ替えている…。

普通…刃にした魔法を別の形に練り直すなんて出来ない。
せいぜい大きさや勢いを変えれる程度だ。

「え…本当にお母様って…何者?」
光魔法使えるし、普通じゃない魔法の使い方するし、メンタル鋼だし…。
「え?元、旅の踊り子?」
どうやら心の声が漏れてたらしい。
腑に落ちない答えが返ってきた。


どうせ二人で食べ切れないのでロースや内モモ、ヒレなど柔らかい部位だけ取り出しあとは放置しておく。
「勿体ないけど食べきれないものねぇ」
切り出した肉は内臓の中から胃袋を取り出し、キレイに洗って(ついでにお母様が浄化魔法もかけて)そこに詰めた。
これで血や水が染みてこないはずだ。
そのあとお母様が見つけた岩塩も砕き布袋に詰める。

「これに入れたら運びやすいわよ」
にっこりと差し出されたのはカゴだった。
たしかに体温で温まり傷む可能性を考えたらリュックに詰めるより手持ちのカゴの方が良いだろう。
それでも両手は空けていたかったので持ち手に縄をかけて肩から下げられるようにした。



さて出発。

…と思ったが、さっきの戦闘ですっかり方角がわからなくなってしまった事に気付いた。
「大丈夫よ~」
と言いながら何かを探すお母様。

「さっきも方角は分かるって言ってたけど…何を探しているの?切り株で方角が分かるってのは迷信よ?」
何とか進んで来た時の足跡を見つけようと私も地面を見回してるとお母様の弾んだ「あったー!」という声が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

彼女が微笑むそのときには

橋本彩里(Ayari)
ファンタジー
ミラは物語のヒロインの聖女となるはずだったのだが、なぜか魔の森に捨てられ隣国では物語通り聖女が誕生していた。 十五歳の時にそのことを思い出したが、転生前はベッドの上の住人であったこともあり、無事生き延びているからいいじゃないと、健康体と自由であることを何よりも喜んだ。 それから一年後の十六歳になった満月の夜。 魔力のために冬の湖に一人で浸かっていたところ、死ぬなとルーカスに勘違いされ叱られる。 だが、ルーカスの目的はがめつい魔女と噂のあるミラを魔の森からギルドに連れ出すことだった。 謂れのない誤解を解き、ルーカス自身の傷や、彼の衰弱していた同伴者を自慢のポーションで治癒するのだが…… 四大元素の魔法と本来あるはずだった聖魔法を使えない、のちに最弱で最強と言われるミラの物語がここから始まる。 長編候補作品

奪われ系令嬢になるのはごめんなので逃げて幸せになるぞ!

よもぎ
ファンタジー
とある伯爵家の令嬢アリサは転生者である。薄々察していたヤバい未来が現実になる前に逃げおおせ、好き勝手生きる決意をキメていた彼女は家を追放されても想定通りという顔で旅立つのだった。

原産地が同じでも結果が違ったお話

よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。 視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。

転生者だからって無条件に幸せになれると思うな。巻き込まれるこっちは迷惑なんだ、他所でやれ!!

ファンタジー
「ソフィア・グラビーナ!」 卒業パーティの最中、突如響き渡る声に周りは騒めいた。 よくある断罪劇が始まる……筈が。 ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも同じものを投稿しております。

【完結】平民聖女の愛と夢

ここ
ファンタジー
ソフィは小さな村で暮らしていた。特技は治癒魔法。ところが、村人のマークの命を救えなかったことにより、村全体から、無視されるようになった。食料もない、お金もない、ソフィは仕方なく旅立った。冒険の旅に。

私ですか?

庭にハニワ
ファンタジー
うわ。 本当にやらかしたよ、あのボンクラ公子。 長年積み上げた婚約者の絆、なんてモノはひとっかけらもなかったようだ。 良く知らんけど。 この婚約、破棄するってコトは……貴族階級は騒ぎになるな。 それによって迷惑被るのは私なんだが。 あ、申し遅れました。 私、今婚約破棄された令嬢の影武者です。

さよなら聖女様

やなぎ怜
ファンタジー
聖女さまは「かわいそうな死にかた」をしたので神様から「転生特典」を貰ったらしい。真偽のほどは定かではないものの、事実として聖女さまはだれからも愛される存在。私の幼馴染も、義弟も――婚約者も、みんな聖女さまを愛している。けれども私はどうしても聖女さまを愛せない。そんなわたしの本音を見透かしているのか、聖女さまは私にはとても冷淡だ。でもそんな聖女さまの態度をみんなは当たり前のものとして受け入れている。……ただひとり、聖騎士さまを除いて。 ※あっさり展開し、さくっと終わります。 ※他投稿サイトにも掲載。

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

処理中です...