19 / 19
『これは僕の趣味ではありません』(無自覚ストーカーなコンビニ店員×サラリーマン)
1
しおりを挟む見ざる聞かざる言わざる。
これが古今東西、夫婦円満の秘訣だ。妻が僕の某密林IDで買う物について、僕は知らない振りを徹している。
そのおかげで僕らの関係は良好だ。
今日も妻が注文した品をコンビニに受け取りに行く。残業が長引いてすっかり遅くなってしまった。深夜の、しかも過疎化が進む団地のコンビニはほぼ無人状態だ。
「いらっしゃいませー」
レジからいかにも女子が好きそうな若いイケメン店員がこちらへ笑顔を向ける。端整な顔立ちである上、最近よく見掛けるので覚えている。コンビニに淀んだ深夜の薄汚い空気が浄化するほどの輝きを放つ彼の笑顔は、仕事で疲れ切ったサラリーマンには些かきついものがあった。
しかし視線を真っ直ぐこちらに向けているので無視するわけにもいかず、僕は曖昧に頭を下げ、用もないのに彼に背を向ける理由を作るためだけに雑誌のコーナーへそそくさと逃げた。無愛想なイケメンであれば男はやはり心だと思えるのに、イケメンで愛想までいいと劣等感でどうにかなってしまいそうだ。
そんなことを考えながら適当にお菓子やジュースを手にしてレジに向かった。
カウンターに置いた商品を見て、なぜか店員がくすりと笑った。
「……どうしました?」
「あ、いえ、いつもこれ買うなと思って」
僕が持って来たチョコ菓子を指差しながら店員がくすくすと笑う。他愛ない単なる世間話のようなものなのだろうが、なぜかその笑い声は僕を不快にさせると同時に、怖じ気立つ何かを孕んでいた。
「……はぁ、まぁ、好きなんで」
正直、客が何を買おうが勝手だろうというのが本音だが、それを口にするほど子供じゃないし、元気もない。
「俺も好きです。……一緒ですね」
「は、はぁ……」
まるで女の子を口説くような甘さを声や目元に漂わせるものだから、僕は若干引きつつも何とか曖昧に返事をした。
「あ。あと注文した商品の受け取りをしたいんですけど……」
「はい、届いております。少々お待ちください」
バックヤードへ商品を取りに行く店員の背中を見ながら、そう言えば自分が名前を言っていないことに気づいた。名前も聞かないでよく分かるなぁ……。
この周辺はコンビニ受け取りの利用者が意外と少ないのかもしれない、などと考えているとすぐに店員が戻ってきた。
「お待たせ致しました。こちらの商品でお間違いないですか?」
「あ、はい、これです」
段ボールの伝票に書かれた自分の名前を確認して頷く。
「ではこちらの会計が……--」
お金のやりとりを終えて、さぁ帰ろうかとカウンターに置かれた箱を取ろうとした瞬間、ガシ、と店員に手を掴まれた。
驚いて顔を上げると、店員がこちらをじっと見詰めていた。目は妙な熱に浮かされたように潤んでいて、口元には歪な笑みが浮かんでいた。
「……俺も好きなんです。一緒ですね」
「え……、あ、お菓子ですか?」
「違いますよ、この箱の中身ですよ」
彼の声に帯びた熱がうねるように一層歪さを増した。
箱の中身……。
箱をじっと見詰める。中身は妻だけが知っている。
けれどどういうものが入っているかは、完全に知らないわけではない。ごくりと、乾いた喉が蠢いた。
「悪いことだとは分かってますよ? でもどうしてもあなたのことが全て知りたくて……。それで、つい、中を調べさせてもらったんです」
頬を奇妙な熱で紅潮させながら言い訳を連ねる男は不気味以外のなにものでもなかった。
「……ハードなのが好きなんですね。あ、勘違いしないでくださいね。俺は全然嫌じゃないですから。むしろ嬉しいくらい。……ずっとぐちゃぐちゃにしてやりたいって思ってたんだ」
男は掴んだ僕の手を自分の頬へ近づけ、そのまま頬ずりした。愛おしげなその動きに、全身に鳥肌がひしめくほどに粟立った。
「ふふふ……、これってもう運命、ですよね」
熱い吐息混じりの笑いが手の平にじっとりと染み込んだ。男は手を離す気配はない。 僕も恐怖で体が固まってその手を振りほどけないでいる。
妻の買う本には、こういう状況から逃げ出す方法が載っているのだろうか。箱をじっと見詰めても、あざ笑うように密林のマークが口端を吊り上げているだけだった。
-了-
52
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(3件)
あなたにおすすめの小説
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
【花言葉】
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!
【異世界短編】単発ネタ殴り書き随時掲載。
◻︎お付きくんは反社ボスから逃げ出したい!:お馬鹿主人公くんと傲慢ボス
人気俳優に拾われてペットにされた件
米山のら
BL
地味で平凡な社畜、オレ――三池豆太郎。
そんなオレを拾ったのは、超絶人気俳優・白瀬洸だった。
「ミケ」って呼ばれて、なぜか猫扱いされて、執着されて。
「ミケにはそろそろ“躾”が必要かな」――洸の優しい笑顔の裏には、底なしの狂気が潜んでいた。
これは、オレが洸の変態的な愛情と執着に、容赦なく絡め取られて、逃げ道を失っていく話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
どれも続きが読みたい!ってなります!
アサクラ様
感想ありがとうございます!!✨
続きのご要望すごく嬉しいです!😊💕
穂積先生と新田くんのシリーズはいろいろ考えているのでまた形になった時はどうぞよろしくお願いします✨
めっっっちゃ好きです
興奮しました。
転生ストーリー大好物様
感想ありがとうございます!!
不穏なヤンデレ攻めが好きで書いた短編集なので、興奮して頂けてすごく嬉しいです!!
少しずつ書きためていきたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします!
退会済ユーザのコメントです
A子様
感想ありがとうございます!!
自分の好きを詰め込んだ短編集なので全部好きと言っていただきすごく嬉しいです!!
受けが嫌々っていいですよね…!!
健気受けを横取りするヤンデレも好きで、同じ好みの方に気に入ってもらえて本当に嬉しいです……!
こちらこそ素敵な感想をありがとうございました!!
今後ともどうぞよろしくお願いします!!