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第6章 35歳にして、初めてのメイド喫茶!
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「……っ、うっ、うっ、うぐっ」
「……おい、いい歳したおっさんが泣くなよ」
会場を出ても泣き続ける僕を見かねて、聖夜さんがフロアに引き連れソファに座らせた。
「……ほら、これ使えよ」
聖夜さんは鞄の中のタオルハンカチを袋を破いて取り出し僕に差し出した。
タオルハンカチにはフラキュアの絵が載っている。
「い、いいんですか? 新しいのに……」
「涙と鼻水垂れ流したおっさんと歩くよりマシだ」
「うっ、すみません……」
申し訳なかったけれど、ハンカチとティッシュを持って来忘れたので有り難く借りることにした。
「……まさかこんなに泣くとわな」
聖夜さんは呆れたように溜め息を吐いた。
でもその顔は溜め息に反して優しいものだった。
「だ、だってインドール伯爵が……まさかあんな過去があるとは思わなくて……うぐっ」
思い出したらまた嗚咽がこみ上げてきた。
「おい、それ以上インドール伯爵のことは言うな。俺だって……。ああ、くそ! 五回目なのにまた涙が出てきたじゃねぇか!」
聖夜さんは乱暴に腕で涙を拭った。
「……これ、使います?」
「そんな汚ぇハンカチいらねぇよ。俺の心配するより自分の汚い面でも拭いとけ」
そう言って、聖夜さんは僕が差し出したハンカチを手ごと握って僕の顔をゴシゴシと拭いた。
「ちょ、ちょっと痛いです」
「ハハ、いいんじゃねぇの。シミ、シワもとれるかもよ」
「え! ま、まだそんなにないです……よね?」
不安になって恐る恐る訊くと、聖夜さんは吹き出して大笑いした。
僕もつられて笑っていると、
「あの、さっきはありがとうございました」
振り向くと、さっき上映前に泣いていた女の子とそのお母さんがいた。
女の子は恥ずかしそうにお母さんの脚にひっついてこちらを上目遣いで窺っていた。
「いえ、もらってくれてこちらも助かりましたよ」
スッと立ち上がった聖夜さんは、いつの間にか王子様スマイルを浮かべていた。
「一緒に来た姪も紫の髪の子はいらないって言うんで、処分に困っていたんです。僕が持っていても仕方がないですしね」
え! 一緒に来た姪!?
つらつらと出てきた言葉に、思わず僕は姪っ子の姿を探してしまった。
「そうなんですね。でも本当に助かりました。ありがとうございます」
「いえいえ、気にしないでください」
「ほら、ゆきもお礼を言いなさい」
お母さんが促すと、ゆきと呼ばれた女の子は母の影からおずおずと顔を出し恥ずかしそうに小さな声で「ありがとう」と言った。
「ふふ、こちらこそもらってくれてありがとう」
しゃがんで聖夜さんが頭を撫でると、ゆきちゃんはもじもじと目を泳がせていた。
もしかすると聖夜さんはゆきちゃんの初恋の相手になったんじゃないだろうかと思うとその光景が微笑ましかった。
「……これ、そこでかったの。あげる。おれい」
ゆきちゃんはそう言うと、ハンカチを聖夜さんに突き出した。
それは僕に聖夜さんが貸してくれたものと同じものだった。
思わぬプレゼントに目を丸くした聖夜さんだったが、すぐに笑顔でそれを受け取った。
「嬉しいな。ありがとう」
ゆきちゃんは顔を真っ赤にしてまたお母さんの影に隠れてしまった。
「それじゃあ失礼します。本当にありがとうございました」
お母さんはもう一度頭を下げ、ゆきちゃんを連れて立ち去った。
ゆきちゃんは何度かこちらを振り返ったが、聖夜さんと目が合うと慌てて前を向いた。
「……ふふふ、よかったです」
「は? なにが?」
怪訝そうに聖夜さんが僕の方を見た。
「いえ、僕がこのハンカチ汚してしまったので。でもちゃんと聖夜さんの涙を拭くハンカチも手に入ったので安心しました」
「……俺に拭く涙なんかねぇし」
そう言って、聖夜さんは恥ずかしさを誤魔化すような荒さでハンカチを自分のポケットに突っ込んだ。
「……つーか、遅くなったけど、飯、食わねぇ?」
「いいですね。ゆっくり映画についても話したいですし」
「どっか行きたいところとかある?」
「あ、いえ、僕は特に」
「……じゃあ行きたいところあるんだけど」
「じゃあそこに行きましょう!」
僕はソファから立ち上がった。
顔を濡らしていた涙は恐らくもう涙は乾ききっているだろう。
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