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英雄数珠繋ぎ~身近な救世主たち~

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 日本は危機的状況に陥っていた。ある日、何の前触れもなく宇宙人が襲来したのだ。彼らは手当たり次第に町を破壊した。警察や自衛隊が力を合わせて応戦したが、あらゆる武器が宇宙人には通用しなかった。
 一人また一人と減っていく警察と自衛隊。もはや万事休すと思われたとき、近くを通りがかった子供が「ヒーローさんをいじめるな!」と宇宙人に向かって団子を投げた。プロ野球選手もビックリのナイスコントロールによって、団子は吸い込まれるように宇宙人の口の中にすっぽりと入った。
 その瞬間、宇宙人は地面に倒れてのた打ち回った。目は血走り、口からは泡を吐き、明らかに苦しそうな様子で暴れている。散々もがき苦しんだ後、宇宙人は嘘のように息絶えた。銃が一切通用しなかった宇宙人が、ただの団子によって死んだのだ。
 その様子を目撃していた人々は、ただちに宇宙人がやられる瞬間の映像をネットに流した。情報は口コミによって一気に拡散し、政府関係者の耳にまで届くほどになった。


 首相は緊急会議を開き、料理人を集めるよう指示を出した。ネットユーザーのたゆまぬ努力により、子供が投げた団子の正体はすでに判明している。今大注目のお店『団子のようで団子』が販売している『団子のような団子』だ。
 政府の考えはこうだ。団子を大量生産し、宇宙人を根絶やしにする。首相の命を受けた政府は、全国各地から選りすぐりの料理人を集めた。
 料理人はすぐさま、『団子のような団子』の生産を始める。しかし宇宙人の猛攻は止まらない。たがが一体やられた程度で臆する相手ではなかった。むしろ火がついたかのように、宇宙人の部隊が攻めてきたのだ。
 政府は新設されたばかりの対宇宙人部隊を全国各地に派遣することに決めた。できたてほやほやの団子をかばんに詰め、対宇宙人部隊は戦場に躍り出る。
 料理人の作った団子は素晴らしかった。ただ政府と対宇宙人部隊の認識は甘かったと言わざるを得ない。なぜなら団子を口の中に入れる必要があったからだ。
 まぐれ当たりで何体かの宇宙人を倒すことに成功はしたが、全滅には程遠い数である。最悪なことに団子の供給も追いつかなくなってきた。いかに凄腕の料理人といえど休息は必要。
 次々と疲労で倒れる料理人。もはや団子の製造は無理なのかと思われたそのとき、救世主が現れた。
「料理は私たちにお任せください」
 世界でもっとも料理を作っているといっても過言ではない人種、そう我らが女神、が姿を現したのだ。ママさん連中はすごかった。それはもう目にも留まらぬスピードで団子を作り始めたのだ。
 政府は歓喜に湧いた。主婦コールで会議室が溢れかえるほどに。それほど彼らは追い詰められていた。
 だがここで問題が生じる。なんと団子を作る材料がなくなってしまったのだ。これでは宇宙人が倒せない。
 もう駄目なのかと思われたそのとき、会議室に謎のおじいさんが入ってきた。
「ワシらの食材を使ってくだせぇ」
 そのおじいさんは農家だった。材料不足の話を聞きつけた全国各地の農家が、物資を送ってくれたのだ。
「ありがとう。みなさん、本当にありがとうございます」
 首相は涙ながらに農家のおじいさんと握手を交わした。農家のみなさんのおかげで、団子の生産は滞りなく行われた。
 これで一安心だと思われたが、全国各地に団子を届けるためには人手と足が圧倒的に足りなかった。せっかく希望が生まれたのに。そう嘆く彼らの前に、またもや救いの手が差し伸べられる。
「あんちゃん。団子はわしらが届ける」
 集まった人々はトラック野郎だった。何かできることはないかと全国各地からやってきたのだ。彼らトラック野郎はトレーラーいっぱいに団子を敷き詰め、「野郎ども。わしら運ちゃんの力を宇宙人のクソどもに見せ付けてやるぞ」「おおー!」夕日をバックに旅立っていった。


 トラック野郎の一人、タケちゃんは困っていた。宇宙人が所かまわず街を破壊したせいで、道路がまともに進めるような状態ではなくなっていたのだ。
 瓦礫の山をかわしつつ、巨体のトラックを操っていたが、とうとう足止めされてしまった。建物の破片や倒木などで、道路は分断されている。人がようやっと通れる隙間しか空いておらず、トラックで通ることはどう考えても無理だった。
「くそ、ここまで来たのに!」
 悔しさのあまり、拳をハンドルに打ち付ける。物に当たっても何も解決しない。分かっていてもタケちゃんには怒りをぶつけるしかなかった。
「ブーンブーンブーン」
 トラックの後方から爆音が鳴り響く。音は徐々に近づいてきていた。タケちゃんがバックミラーで後ろを確認すると、暴走族の集団が迫ってきているのが分かった。もしや火事場泥棒かと身を硬くするタケちゃん。
 暴走族のバイクはトラックのすぐ近くで止まった。一台のバイクが運転席に近づく。一人の青年が運転席の窓をとんとんと叩いた。
 タケちゃんは警戒しながら、窓を少しだけ開けた。
「何のようだ坊主?」
「おっちゃん。荷台に団子が積んであるんだろ?」
 やはり火事場泥棒なのか、青年の言葉にいっそう警戒心を高めるタケちゃん。いつでも発進できるようにアクセルのペダルに足を乗せる。
「瓦礫の山か。おっちゃん、道、通れないんだろ。ここは一つ俺たちに任せちゃくれねえかい?」
 青年はニヒルな笑みを見せた。
「どういうことだ?」
 タケちゃんの硬い声に、青年はふっと空を見上げた。その横顔には決意が見て取れる。
「俺たちがおっちゃんの代わりに団子を届ける。バイクなら瓦礫の山だって通り抜けられる」
 青年は真剣な表情を浮かべていた。タケちゃんはこの青年なら信用できるかもしれないと思った。
「どうして、坊主が?」
「俺たちだって日本人だ。この国を助けたい。ただそれだけだ」
 タケちゃんは警戒心を完全に解き、トラックを降りた。荷台の扉を開け、青年たちを振り返る。青年たちは固唾を呑んでタケちゃんの動向を見守っている。
「坊主。本当に任せてもいいんだな」
「あぁ、おっちゃんの想い。俺たちが届けてやるさ」
「感謝する。行って来い坊主ども」
 タケちゃんから団子を受け取り、青年たちは敬礼をした。
「おっちゃん、行ってきます」
 青年たちはさっそうとバイクに飛び乗り、瓦礫の山に向かってスピードを上げた。暴走族の集団は隙間を華麗に通り抜けていく。
「(がんばれ。大和の男たちよ)」


 暴走族の命がけの走りにより、団子は無事に対宇宙人部隊へと届けられた。防戦一方に回っていた彼らは反撃を始めるが、そううまくは行かなかった。
 彼ら対宇宙人部隊の最大の弱点。それはコントロール力のなさにある。いくら団子があっても、宇宙人の口の中に入らなければ意味がない。宇宙人を倒せないなら、大量に団子を生産しても無駄。
 彼らはいまだ絶体絶命の危機の中にある。特殊部隊の誰もが理解していた。今のままでは勝てないことを。
 暗雲が立ち込める中、うなり声が辺り一帯に鳴り響く。彼らの目の前にはありえない光景が広がっていた。数十体以上の宇宙人の死。まぐれ当たりでは説明できないほど、無数の死体が転がっていたのだ。
「軍人さん。ここは俺たちに任せてください」
 一人の青年が彼らの前に歩み出た。後に続くように、若者たちが宇宙人の前に立ちはだかる。
「あなたたちは一体?」
 ぽかんとした表情を浮かべる特殊部隊に対し、一人の青年が笑って答えた。
「なーに、俺たちはしがないただの――コンビニ店員ですよ」
 青年の名は山本。特殊部隊のピンチの噂を聞きつけ、やってきたコンビニ店員の一人だった。彼の技能はいたってシンプル。
「さーて宇宙人ども。カラーボールで鍛えた腕前を見せてやる」
 山本の威勢に答えるかのごとく、集まったコンビニ店員たちが一斉に団子を投げはなった。
 コンビニ店員VS宇宙人の戦いが始まる。

 コンビニ店員の山本は、カラーボールの名手だ。今までに何人ものコンビニ強盗に印をつけ、犯人逮捕に貢献している。
 彼にとってデカい図体の宇宙人は狙いやすい標的だった。何も考えずとも体が勝手に動く。精密機械のごとく、淡々と投げられる団子。倒れ行く宇宙人。
 勝機は見えた……かに思えた。仲間の一人が倒れるまでは。
 仲間は宇宙人にやられたわけではない。腕がパンパンに膨れ上がり、体力が持たなかったのだ。圧倒的数の暴力。倒しても倒しても迫りくる宇宙人。彼らの敵は宇宙人だけではなかった。持久力もまた敵の一人だった。
 持久戦に敗れ、次々と倒れていく仲間たち。山本の心に焦りが生まれる。それでも彼は諦めることなく、団子を投げ続けた。いつか終わりが来ることを信じて。

 そしてついに山本は宇宙人を追い詰めた。あと一体。あいつを倒せば終わりだ。なのに腕がもう上がらない。動け動け動け動け動けー! 何度腕に力を込めてもぴくりとも動かない。山本の心に絶望の二文字が踊る。
 宇宙人はゆっくりとした足取りで、山本に確実に迫ってきていた。他の仲間はすでに疲労困憊で倒れ伏している。助けてくれる仲間はいない。
 終わったと山本は思った。死を予感した。そのとき、山本の視界の隅を何かが横切った。その何かは人だった。手には山本の財布が握られている。
「ど、泥棒ー!」
 考えるよりも早く、手は動いていた。まるでカラーボールを投げるかのごとく、団子が放たれる。団子は泥棒の背中に向かって飛んでいく。ぶつかる寸前、泥棒は体を横に滑らせた。
 団子は泥棒の横をすり抜け、に飛び込んだ。
「ぎゃああー」
 宇宙人は悲鳴を上げて倒れこんだ。じたばたともがき苦しみ、やがて死に絶えた。
 山本は力を振り絞り、泥棒の側まで歩み寄る。そこで彼は気づいた。泥棒のわき腹にどでかい穴が空いていることに。血は止まることなく、溢れ続けている。誰が見ても致命傷だった。
「泥棒、お前……」
 泥棒はぜぇぜぇと息をつきながら、手を空に向かって伸ばした。
「母ちゃん、俺……ヒーローになれたかな?」
 伸ばされた腕は力なく垂れ下がり、やがてぴくりとも動かなくなった。
「……あぁ、なれたとも」
 山本は静かに答え、泥棒の目を閉じさせた。


 コンビニ店員の活躍により、日本は宇宙人に打ち勝った。その裏にはプロの料理人や主婦、農家やトラック野郎、暴走族の手助けもあった。彼らの活躍は全世界に知れ渡り、一躍時の人となった。
 だがもう一人、勝利に貢献した英雄がいる。人知れず人類を救った男がいる。自らの命と引き換えに宇宙人を倒した泥棒がいる。
 知られざるヒーローの活躍を知っているのは、生涯の敵であるはずの山本一人だけだった。

「よぉ、元気にしてるか。いろいろあったが、日本は平和さ。まだまだ元通りとはいかないが、人間の底力って奴には驚かされるばかりだ。数年後には元通り、いや、それ以上の平和が築かれているだろうさ」
 青年は山の上から町を見下ろしている。町は平和そのものだった。半年前、宇宙人から襲撃されたとは思えないほどに。
「なぁ、見えてるか。あれがお前の守った町だ」
 彼は背後を見やる。頂上にひっそりと佇む一つの墓。その表面にはこう刻まれている。――町を救ったヒーローと。
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