百貫作家は、脂肪フラグが折れない

相坂桃花

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一章 百貫作家、現実を知る

その3 軽いものは、太らないと思いたい。信じたいこの軽さ。

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 通販サイトでいつも箱単位で注文している、黒い魅惑的な炭酸をじっとりと見つめる。
 ダイエットなど一度もしたことがない英明とて、コーラがダイエットと大敵であることくらいは、なんとなく知っている。
 しばらく悩んだ末に、

「……ダイエットの為、か」

 意を決して、コーラを断念。これも健康のためだ、と涙をのんだ。
 かわりに、オレンジとぶどうの炭酸ジュースをそれぞれダースで注文することにした。
 コーラよりも、果物の方がヘルシーなはずだ、たぶん。
 世の中の大半の人が、声を大きくして「なんでだよ!」と突っ込みを入れたくなるであろう愚行を堂々と実行した英明は、とりあえず注文手続きをしてから息をついた。

「あ……もうない」

 ポテトチップスがなくなってしまった。
 二袋目を開けるかどうかで、英明は悩んだ。いつもの英明ならば、特に苦悩することもなくすぐに二袋めを開封し、貪り食っていたことだろう。
 だがしかし、ほんの少し……野に咲く可憐な花びら程度のダイエットの必要性に芽生えた英明はためらい、お菓子の箱へと伸びる手を彷徨わせる。

「…………」

 焼肉コチジャン味のポテトチップスを手に取る。手に馴染む、軽い袋だ。この軽い袋の中に、パリパリの儚いチップスたちが入っているのだ。

「……軽い……から、大丈夫……なはずだ」

 これだけ軽いんだから、食べたところで体重が増えるわけがない……と、これまた世のダイエッター……というか、少しでも食に関する常識がある人間ならば「なんでだ!」と頭を抱えそうなことを言い訳にしながら、二袋目をあけてパリパリと食べる。

「……おっと、アイスが溶ける」

 半分ほど食べたらやめようと思っていたのだが、時間が経ってアイスクリームが溶け始めているではないか。すぐに冷凍庫に戻さないと、せっかくのアイスがダメになってしまう。

「もったいないもったいない」

 サッと立ち上がり、キッチンの冷凍庫に入れてしまえば済むものを、「もったいない」と言いながら、パクパクとアイスを食べ進める。

 いやぁ、半分は残すつもりだったんだけどなー、などと誰にも聞かれていない言い訳をして、とうとう最後まで食べきってしまった。
 アイスを食べ終える頃には、ポテトチップスの袋も三袋めに突入していた。
 もちろんというべきか、呆れたことにというべきか、二リットルのコーラもすべて飲みつくしていた。

「げぷ」

 カロリーだけで言えば、成人女性の一日の必要摂取カロリーを有に越している分を食しているにも関わらず、英明にはその自覚がまるでなかった。

 英明とて作家の端くれなので、己の得意とする分野、興味のある分野に関しての知識は身に着けているが、興味がない事柄になると、途端に無知になる男であった。
 もっとも、ダイエットやらカロリーうんぬんに関しては、英明自らが全力で目をそらし、現実を見ないようにしていた結果、常識的範囲で知っていてもおかしくはない知識すらも皆無という現状に陥っていた。

 テーブルに置いていたスマートフォンの画面を指先で軽く触れて開けると、時間を確認する。まだ夕食には早い時間だ。いつもは就寝前に入浴するのだが、今日は一刻も早く自分の体重を確認したいがために、早い時間の入浴となっていた。
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