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3呪いで暴かれる恋しい人の本心
しおりを挟むそれはなんの変哲もない午後だった。
始まりと呼ぶには平和な、日常にまぎれた異変。
「あら、おじいちゃん。こんなところで寝ちゃったの?」
ポカポカと温かい日。
村の老人は、庭のよく見える部屋で昼寝をしているようだった。早寝早起きを信条としている老人が、昼間から睡眠を取ることはなかった。
家事をしていた嫁は珍しいこともあるものだと思いながらも、そう気にかけることはなかった。
だが、彼が起きることはなかった。
その日を境に、村人が突如深い睡眠に陥り、目を覚まさないというできごとが立て続けに起きた。
性別、年齢は関係ない。
小さいが平和だった村は、混乱に陥った。
「隣の村では、衰弱してそのまま還らぬひとになったとか……」
「王都では、もっとひどいことが起きているとか。なんでも、突然心臓が止まったらしい」
「何が起きているの」
「呪いだ。これは、きっと」
「北の魔女だわ。きっと、そうなのよ」
人々は口々に噂をした。
北にいるという悪い魔女の噂を。
実際にいるかどうかはわからないが、悪いことが起きると彼女のせいだと言った。
はるか昔、神にツバを吐きかけた愚かな女。
神から見放された女は、時から取り残された。
彼女は永遠を生きるかわりに、すべてを憎むようになった。
憎しみは呪いとなって、気まぐれのように災いを起こす。
魔女の呪いに打ち勝てるのは、聖なる乙女の祈り。
もしくは、その魔女自身を倒すことができなければならない。
ルビーは走っていた。お使い先で耳にした、信じられない事態。
村の中で、二十人目の犠牲者が出た。
しかし、その人物が問題だったのだ。
「姉さま!」
屋敷まで転がるようにして走った。
息が切れる。急ぐあまりに途中で一度転んでしまった。
(嘘よ! そんな……!)
買い物に出ていたルビーを、使用人が慌てて呼びにきたのは半刻ほど前のことだ。
サファイアが、意識を失い倒れてしまった――と。
ルビーの胸に、次々と倒れる村人たちの姿がよぎる。原因不明の眠りの病。
他の村では死者すら出ていると言われる、この奇怪な病で最悪の被害がまだ出ていないのは、この村に祈りの乙女がいるおかげだと言われている。
病が流行り始めた日から、サファイアは祈り続けた。
そのサファイアが……まさか、村人たちと同じ呪いにかかるだなんて、そんなことがあるはずはない。
あの素晴らしい姉が、覚めることのない眠りにつくなんて、そんなことがあるわけがない。
(姉さま……!)
一生懸命呼吸を整えながら、屋敷内の階段をのぼる。個々にある姉の部屋と自室は、二階にあった。階段をあがり、部屋の近くまで行くと姉の部屋のドアがわずかに開いていることに気づいた。入ろうとして、ためらう。中に入るのが、怖い。
姉が呪いにかかっているのだと思うだけで、涙が溢れてくる。
下を向き、口元を押さえる。床に、水滴が落ちた。
だが、中に先客がいることに気づきハッと顔を上げた。
おそらく、先に入った人物もルビーと同じように大慌てしていたのだろう。
ドアをノックしようとした手が、中から聞こえてきた声で止まった。
一つは、弱々しいが間違いなくサファイアの声だった。
よかった。
完全に、眠りについているわけではないようだ。
「神様……!」
ルビーは胸の前で手の指を組み合わせ、心の底から姉が完全な眠りについていないことを、神へと感謝を捧げた。
けれど、もう一つの声にルビーの表情が固まる。
「衰弱、してるみたいだな」
ギルバートだ。
先客は、彼だったのだ。
ギルバートにとってサファイアは特別なひとだ。誰よりも早く、彼女のもとへ駆けつけたのだろう。
そんな場合ではないとわかっているのに、胸が痛んだ。同時に、自己嫌悪に陥る。
大好きな姉が大きな不幸に見舞われているというのに、自分はなんと浅ましい。
(私は、醜い)
容姿だけではなく、心も。
ギルバートが姉の見舞いに来るのは当然だとわかっているのに、それでも嫉妬してしまうなんて、なんて愚かなのだろう。
姉を心配して流れた涙が、嫉妬の涙にかわった気がして、死にたくなる。
そんなことを思いたくないのに、どうして私はこんなにも醜いのだろうと、また一つ、自分のことを嫌いになる。
「……俺が、なんとかする。だから、しんどいだろうが踏ん張れ」
いつもよりトーンを落としたギルバートの声に、姉の弱い声が反応を示す。小さすぎて、こちらまでは聞こえてこない。
さすが神力を持っている乙女だ。他の村人たち意識喪失しているというのに、かろうじてだが、意識を保っているらしい。
中に入りたい。
姉の容態を知りたい。
でも、今自分は入るべきではないとも思った。
ふたりの仲を、壊してはいけない。幸せになるべきふたりの間に。
自分などが、割り入ってはいけないのだ。
何よりも、こんなにも醜い自分には、サファイアの容体を確認する権利はないと思った。今、姉に必要なのは自分ではなく、ギルバートだ。
ギルバートにとって、一番必要な人が姉であるように。
そっとドアを閉めようとしたルビーの小さな胸を貫いたのは。
「――指輪を、用意したんだ」
決意を込めた、ギルバートの言葉だった。
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