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8恋しさを手放すということ
しおりを挟むルビーが洞窟に向かい、救出されてから三日が経った。
驚いたことに、ルビーは数日間も村から消えたことになっていたらしい。
ルビーが覚えている限り、洞窟にいたのは数刻程度のはずだったのだが……
何にしても、ルビーは行方不明扱いになり、家族やギルバート、それに例の呪いで消沈する村人たちをさらに狼狽させることになってしまったらしい。
衰弱していたルビーは、三日をベッドの上で過ごすこととなったが、ようやく上半身を起こして生活することができるようになっていた。
意識を取り戻したルビーを待っていたのは、家人からの叱責と、涙の抱擁。顔中に降り注いだ親愛の口づけだった。
「あなたにまで、何かあったら私たちは……!!」
いつも優しい家人たちが、あんなに取り乱すところは初めて見た。
救出された際に見たギルバートと同じ、必死な瞳だった。
その瞳を見て、ルビーは自分の行動が迂闊だったことにようやく気付いた。
ルビーは村や姉を想い、そして何より――自分が犠牲になる程度ならば、大したことないと行動を起こした。姉が助かるのが何よりも重要で、姉が助かれば彼女の神力で花を咲かせ、引いては村を救えるものだと思っていた。
ルビーは、己の存在を誰よりもないがしろにしており、自分のとった行動で、どれほどの人間の心を打ち砕くことになるかなんて、考えていなかった。
いや、思わなかったのだ。
自分に、そんな価値があるなんて信じられなかった。
だけど、違った。
自分がいないと胸を痛める人たちが、ルビーには数えきれないくらい、いたのだ。
「ルビー。お前の勇気を俺は誇りに思うが……それでも……それでも二度と、あんなことはしないでくれ」
まだベッドに伏せているルビーを見舞いにきたギルバートは、難しい顔でそう言った。
いつもは優しくも雄々しく見える顔立ちが、疲れ果てた旅人のように見えた。
憔悴していると形容してもよいその青ざめた顔に、ルビーはおずおずと頷くことしかできなかった。
心配されることが、こんなにも心を痛めることだとは思わなかった。
ルビーは、己のことをもっと大切にしなければいけなかったのだ。
そう、ようやく思い至ることができた。
だがそれも、ルビーの起こした行動がよい方に転がったゆえでもある。
結果として、永久の眠りについていた村人たちは目覚め、助かった。
まずサファイアが目を覚まし、順次村人たちも目を覚ましたらしい。
らしいというのは、ルビーは話を聞いただけだったからだ。奇跡が起きた日、ルビーは眠り続けた。
夢をいろいろと見た気がする。懐かしい顔も見た気がする。
でもほんの少ししか内容は覚えていなかった。
ルビーが命をかけてとってきた植物は、現在、ルビーのベッドの傍らにある小さな棚に花瓶に入れて飾られている。
だが、その花が咲くことはついになかった。
姉ですら、咲かせることはできなかったのだ。
ただ、洞窟からとってきた不可思議な植物は花瓶に挿したまま青々としている。
「カミコ……て何かしら?」
ぽつりと疑問を口にした時、寝室のドアを叩く音が聞こえた。
返事をすると、間もなくして客人が顔を出す。見慣れてはいるが、見る度に胸をときめかせてしまう精悍な顔が、ひょっこりと覗かせてきた。
「ルビー。もう、いいのか?」
ギルバートだった。顔を見れば嬉しい。声を聞けば胸が高鳴る。
ルビーの体調が整ってくるのに比例して、ギルバートも普段通りに戻ったように見える。ギルバートはいつものように、暖かく笑みながら入ってくる。
ああ、好きだな……
心の内で本音を呟く。
言葉をどんなに重ねても足りないくらいに、あなたが好き。
けれど、ルビーは決めたのだ。この恋心は手放すのだと。
弱く微笑み、こっくりとうなずくルビーに近づき、ギルバートは小さな子どもをあやすように、頭に手を乗せてそっと触れる。
触れられたところが、甘く痛む。そこから熱が広がって、溶けてなくないそうになる。
それでも、この優しい手はけして自分のものではない。
あの時、ギルバートが助けにきてくれたこと自体が、ルビーにとっては奇跡だった。
嬉しかった。
彼はルビーがいなくなってすぐに気づき、ルビーを探し回ってくれていたらしい。
姉のことだけでも心労をかけたというのに、自分のことでも負担をかけてしまい、心苦しく思った。
「今夜の食事には、ルビーも参加できるって聞いたが」
「……うん」
重いものはまだ口にする気にはならないけれども、家族と一緒に食事をすることはできそうだった。そのくらいの回復はしていた。
「今夜、俺も夕食に招かれている。そこで大切な話がある。ルビーも、ちゃんといてくれ」
真剣な声に、ああ……と心の中で呟く。わずかな絶望をこめて。
いつか来ることは覚悟していた。それでも、やはり心は痛む。泣きたくなるほどに。
とうとう今夜、彼は姉に指輪を与えるのだろう。
そして、生涯の愛を誓うのだ。
姉はきっと受け入れる。家族も、ギルバートが相手ならば悪い顔はしないだろう。
ギルバートと姉はそれほどに似合いのふたりだった。
二人が共に立っているところを想像すると、誰もが祝福せずにはいられないほどの似合いの若い夫婦ができあがった。
「そう。ギルバートが一緒なのは、嬉しい」
いつか忘れることができると思うから。
愛しい二人への祝福を込めて、ルビーはできる限りの笑顔で、首を縦にふった。
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