1 / 16
1巻
1-1
しおりを挟む序章 婚約者の逃亡
「少し席を外すね」
結婚の打ち合わせのために初めて顔を合わせた婚約者は、そう言い残して、帰ってこなくなった。
随分と長い用だと、伯爵令嬢であるセーラ・ホワイトはのんきに構えていたが、実家では決して飲むことのできない高級茶葉を使った香茶を三杯おかわりしたところで、「おかしいな」と気づく。
紅色の香茶は美味しいが、そろそろお腹がタプタプしてきた。
それに先ほどから、廊下が騒がしい。
「カーク坊ちゃまの姿が見えないとは、どういうことだ!?」
「坊ちゃまは、いずこに……!」
「カーク様! カーク坊ちゃま! いらしたら返事をしてくださいませ!」
この立派なお屋敷のことだ。ある程度の防音対策はしているのだろうけれど、ああも必死で叫ばれれば、嫌でも聞こえてしまう。
「……」
それでもセーラは、廊下の騒ぎになど一切気づかないフリを装って、香茶を飲む。あくまでも、表面だけは優雅に。
だが、カップを持つ手は小刻みにバイブレーションしていた。
許されることならば、「ンな馬鹿なぁああああ!」と悲鳴を上げたいところである。
ギリギリ理性で耐えているのは、こちらのお屋敷――平民が暮らしているとは到底思えない立派すぎるお館に彼女がやってきた理由が、婚約者との婚礼についての打ち合わせだったからだ。
(おおおおおおおおお落ち着くのよセーラ……! ここでパニックを起こして〝地〟を出したら、せっかくの金ヅル――違った、大事なスポンサー、それも違った! 婚約者に逃げられてしまうわ! いやすでに逃げられてるんですけど……とにもかくにも、この婚約をなかったことにされるのだけは、マズイわ! ひとまず、落ち着かなくては!)
己に言い聞かせながら、どうにかこうにか微笑を浮かべた。
セーラが住むこの世界は、どの国も王制で、厳格な身分制度がある。セーラの生家であるホワイト家はホワイト領を統治する貴族ではあるのだが、とある事情から困窮していた。そこで、隣国に住む金持ち商人の弟であるカーク・カリスフォードと結婚し、実家を救ってもらおうという算段なのだ。
幸い、カークの家も商売のために貴族の娘と結婚したがっていた。
相手側の結婚の条件が〝貴族の娘〟である以上、おそらくセーラに貴族らしい品のある振る舞いを求めているはずである。深窓の令嬢は多少のことで動じたりしない。少なくともセーラのイメージの中では……
とにかく、大騒ぎをしてカリスフォード家の人間に幻滅されるのは、得策ではない。今の段階で、素を見せるわけにはいかないだろう。
幸いなことにセーラは、見かけだけはどこに出しても恥ずかしくないほど令嬢然としている。高貴な生まれの華やかな美貌を持つご令嬢……というのが、セーラを初めて見る大抵の人間の感想だ。
もっともそこに、我儘で傲岸、派手好きで底意地の悪そうな、という形容詞が、必ずついてくるが。
彼女の性格は、決してそのような不遜なものではないのだが、生来の顔立ちがきつすぎた。
とくに吊りあがった目と赤い唇は、周囲に、鼻持ちならない女性という印象を与えるらしい。
普段はそのことに哀しい気持ちになることも多いけれど、カリスフォード家が「いかにも」な貴族令嬢を求めているのなら、決してマイナスではない……と思いたい。
そんな思いから、セーラは優雅な貴族令嬢という態度を保ち続けていた。
一方先ほどから、壁際に立っている若いメイドはソワソワと落ち着かない様子を見せている。きっとセーラと同じように、廊下から漏れ聞こえる騒ぎに胸をざわめかせているのだろう。
立場が立場でなければ、セーラだっておろおろしたい。
若いメイドの手を握り締め、動揺を示しつつ叫びたい。「仲間よ! わたくしもめちゃくちゃ、戸惑っているわ! カーク様がいなくなったってどういうこと!? この婚約どうなるの!?」――と。
(いったいカーク様はどうしてしまったのかしら……っ)
カークと直接会うのは今日が初めてだったが、これまで約一年にわたって手紙のやりとりをしていた。実直そうな彼の性格を好ましく感じこそすれ、こんな事態を起こす人には到底思えなかったのに。
セーラは、きっと彼には彼なりの、どうしようもない事情ができたのではないか、と考えることにした。そしてこれ以上カークの事情を詮索することをやめ、今の状況をどうきり抜けようかと知恵をめぐらせる。
どうあってもセーラは、この結婚を成立させなくてはならない。なぜなら、セーラの生家にはとにかくお金がなかった。その実態は貴族というよりも、平民に近い。
だからこそ、この家――隣国の大商会であるカリスフォード商会の男性と婚約したのだ。
カリスフォード商会の代表であるトーマスの弟、カーク。彼との結婚一つで多額の援助金を得ることができる。
世の中、愛よりも金だ。先立つものは、何ごとにも大事である。
(お金さえあれば、ウチの領民も無事に冬を越すことができる!)
セーラがこの婚約に拘っているのには、そんな理由があった。
大規模な天災が重なり、セーラたちホワイト家が守る領は、近年、ひどい貧困に喘ぎ続けているのだ。
できるかぎりの対策を講じてきたがついに万策が尽き、今年は冬を越せない領民が出るかもしれない。
セーラは、このどうしようもない有様を打破するために、心配する家族を宥めて、今回の婚約を成立させた。
そして自分との結婚は、カリスフォード家側にも大きなメリットがある話だったはずなのだが……
(少なくとも、廊下の声を耳にする限りは、この逃亡はカーク様の独断みたいよね)
カリスフォード家自体にまだセーラとの縁組を望む気があるのであれば、婚約破棄を免れることができる。だが、肝心の婚約者がいなければ結婚できないままだし、援助金も手に入らない。
いったいどうしたものか……
そう考えていた直後、扉がノックされ、やや張りつめた声がした。
「――失礼します」
入室してきたのは、見上げるほどに長身の男性だ。セーラも女性にしては背の高いほうだけれども、彼と並べば小柄に見えるだろう。
男性は、艶のある白銀の髪を後ろに撫でつけていた。顔は、鼻梁がスッと通り、非常に整っている。ただ、金褐色の瞳が、どことなく神経質な印象を与えていた。
極めて美形ではあるが、近寄りがたい印象を受ける男性である。
セーラは彼の顔に見覚えがあった。
「あら……確か、トーマス・カリスフォード様でしたかしら?」
男性は、カークの兄、トーマスだった。
カークの家族に会うのも初めてだ。だが、隣国の大商人であるトーマスはセーラの国でも評判で、その絵姿を目にしたことがあったのである。
カークと少し年の離れたトーマス・カリスフォードは、快活な印象を与えるカークとは異なり、硬質なガラスのように硬く、そして繊細なイメージの男性だ。
トーマスの姿を目にしたセーラは、少し考えてから、内心でほくそ笑んだ。
――別に、婚約者がカークでなくともよいのだ。
元々、愛情を前提として婚約していたわけではない。利害の一致があったから、結ばれていた関係だ。
手紙のやり取りをするうちに、カークに対して友愛の情を抱くようになっていたものの、それ以上の深い気持ちはない。
つまり――この、飛んで火にいる夏の虫の如くやってきた兄が結婚相手に代わったとしても、セーラは構わないのだ。
トーマスが紳士的にセーラに挨拶をする。
「ええ、カークの兄のトーマスです。弟が少し席を外し……少々、帰ってくるのに時間がかかっているようなので、私がお嬢様のお相手をと思い、参上いたしました」
「まあ、嬉しい」
セーラはトンと小さな音を立ててカップを置く。微笑を浮かべると、トーマスのこめかみの辺りがピクンと小さく反応した。警戒心を抱いているに違いない。
きっと今の自分は、何かアクドイことを企んでいるように見えるのだろう。
まあ実際、悪いことを考えている。
セーラは落ち着いた声で、トーマスに話しかけた。
「カーク様が席をお立ちになられて、随分時が経ちますもの。そろそろ、退屈していたところですわ。ねえ、トーマス・カリスフォード様? あなたの弟君は、どちらにいらっしゃるのかしら?」
おそらくカークは、すでにこの屋敷内にいないはずだ。
できることなら、カークの首根っこを掴みあげて、「どういうこと!?」と言いたいところではある。
しかし、今は婚約者が逃亡したという事実を利用しよう。イニシアチブを握っているうちに、話を進めるのだ。
このまま、この結婚がなかったことにされたら、たまらない。
(掴め、金ヅル! 領民のために!)
「……まさか、婚約者との結婚の打ち合わせの場――貴族たるわたくしと顔を合わせる席で、無礼にも姿を隠し、そのまま戻ってこない……などということは、ございませんわよね?」
フフフと、セーラは笑った。高圧的な貴族令嬢に見えるように、きっちりとオドシをかける。
これなら無理難題をふっかけても、違和感がないだろう。
内心では、「無礼」なんて生まれて初めて口にしたと、罪悪感に苛まれているとしても……
「ねえ。トーマス・カリスフォード様」
「……なんでしょう……セーラ・ホワイト嬢」
普段は大きな商会のトップとして辣腕をふるっているであろうトーマスの顔に、ありありと「嫌な予感がする」と書かれていた。実際にその勘は大いに当たっているので、セーラは拍手を送りたい気分だ。
(鋭い勘ですこと)
多分、彼女が平民の娘であれば、トーマスは、なんだかんだと理由をつけて物事を自分に有利な形で進めただろう。
だがしかし、現状は彼にとって過酷である。
セーラは、隣国ユーグラシアのホワイト伯爵の娘だ。たとえ貴族とは名ばかりで没落していようとも立場的には強い。
セーラは覚悟を決めた。
正直、ものすごく怖いけれど、行くしかない。
(勝負をかける!)
「わたくし、婿様がカーク様でなくとも構いませんのよ?」
結婚相手が弟ではなく、兄のトーマスに代わってもよいのだと言外に伝える。
そして、セーラはカップを置いた。空いた手で母から譲り受けた大事な扇子を持ち、口元を隠す。
そうすると、ますます自分の顔立ちが酷薄で意地が悪そうに見えると、彼女は知っていた。演出としてはぴったりだろう。
(勝負どころだ。ハッタリ上等!)
人生初の賭事である。
心臓はバクバクと鳴り響き、背中には汗がびっしょりと噴き出ていた。それでも、セーラは精一杯の虚勢を張って、トーマスを脅す。
自分は希代の悪女なのだと、自己暗示をかけた。
「フフフ。わたくしの旦那様になるのは、だぁれ?」
逃げ出した弟か、それとも残っている兄か。
もはや他に選択肢はないだろうと、セーラは笑いながら迫った。
半月後、白いウェディングドレスに身を包んだセーラの横には、苦虫を噛み潰した様子を隠しもしないトーマス・カリスフォードがいた。
セーラ以外の前では、きちんと幸せな新郎の姿を演じているようだが、少なくともセーラの前で彼は、自分の感情を隠す気がないらしい。
それでもセーラは満足していた。
「わたくし、きっと幸せな家庭を築いてみせますわ」
多額の援助金をもらえるのだ。
かわりに、必ず役に立ってみせると艶然と微笑む。
そんなふうに内心で燃えているセーラの姿は、残念ながら彼女のことをまるで知らない他人――たとえば、出会って半月程度しか経っていないカリスフォード家の面々には、これからバンバン浪費して贅沢三昧な生活をする気満々に見えてしまっていた。
もっとも幸か不幸か、そのことにセーラ自身が気づくことはない。
伯爵令嬢セーラ・ホワイトと、その隣国の大商人トーマス・カリスフォードの二人による、すれ違いばかりの新婚生活は、こんな婚約者の逃亡劇により幕を開けたのであった。
第一章 元伯爵令嬢の夜会デビュー
「これは実に見事なドレスですね、セーラ嬢」
「まあ。もう夫婦となったのですから、どうぞセーラとお呼びください。旦那様」
本日は、セーラとトーマスが夫婦になって初日であった。
即席の夫婦である二人に新婚の甘い雰囲気はなく、会話はどこかよそよそしい。
それでもセーラは、トーマスと仲良くやっていこうと決意していた。
元々、故郷では身分に関係なく、誰とでも友好的な関係を作っていたセーラである。生来のコミュニケーション能力は高い。顔立ちで敬遠されることがなければ、スムーズに知人、友人を作ることができた。
そのいつもの調子でトーマスに接するのだが、いかんせん、相手の反応はイマイチであった。
自分のことは名前で呼ぶように頼みながら、精一杯に親しげな雰囲気の笑顔をつくると、なぜか夫の顔が引きつる。
「……では、セーラと呼ばせていただきますが……」
「旦那様……。妻に対し、あまりにも丁寧な物言いは、いかがなものか、と。わたくしは確かに貴族の出ではありますが、今はあなたの妻でございますもの。もっと、砕けた感じでよろしいのではないでしょうか?」
大商人とはいえ平民であるトーマスが自分に気を遣うのはわかるが、夫婦になったからにはもう少し打ち解けてもらいたい。セーラがそう主張すると、トーマスはどうにか頷いた。
「そうです――いや、そうか。ならば、あなたの望むままにふるまわせてもらう」
「ええ、それがよろしいかと」
今、二人は次の夜会でセーラが身に着けるドレスを選んでいた。
選ぶといっても、彼女が持つマトモなドレスは二着しかない。貧困に喘ぐホワイト家は、娘に花嫁道具を持たせる余裕などなかったゆえだ。
一方カリスフォード家でも、セーラが嫁ぐにあたって何も持ってこなかったのは、家財道具のすべてを夫が揃えるのが当たり前だとでも考えているのだろう、と苦々しく感じていた。
一応、ホワイト家が多額の援助金目当てにセーラを嫁に出したことは理解していたが、どれほどのレベルで困っているのかまでは把握していなかったのだ。
乗り込んできたセーラが、派手な美女だったこともあり、自分たちの贅沢による散財で首が回らなくなったのだろうと予想していた。
それはともかく、セーラは母から譲り受けた一張羅の真紅のドレスを着て夫に微笑む。彼から褒められ、まんざらでもないのだ。
トーマスも、少なくとも表面上は満足そうに頷いた。
「――それにしても、これほどまでに立派なドレスには……合わせる装飾品を悩んでしまうな」
彼は、低くうなる。そして、自身が用意させた美しく高価な装飾品の中からいくつかを見繕い、セーラに合わせていった。
セーラは、高価なものにあまり馴染みがない自分より、大商人として辣腕をふるう夫に任せたほうがいいと判断し、大人しく着せ替え人形と化す。
「これなど、いいと思う」
「そうですわね」
「これも、悪くない」
「だと思います」
ただ、しとやかな態度で、トーマスに頷き続けた。
気のない返事をしているわけではない。次々に提案されるものがあまりに立派すぎて、緊張しているのだ。
彼女がこれまで身に着けたことがある装飾品といえば、仲の良い領民からの誕生日プレゼントである木の実のペンダント程度だった。――ちなみに、そのペンダントは、花嫁道具の一つとして大事に持ってきている。もっとも、それを身に着けて夜会に出るのは無理だと、さすがのセーラにもわかっていた。
今、自分の首につけられている、真っ赤な石をあしらった銀細工のネックレスを見て、彼女は内心で目を回していた。
(ほ、ほ、宝玉が大きい! すごく立派! めちゃくちゃ高そう!)
実際の値段はわからないものの高価だということだけは、ヒシヒシと伝わってくる。これを夜会で身に着けるのだと思うと、大変動揺した。
けれど、トーマスはそんなセーラの態度を違う意味にとったようだ。眉を顰めて、妻の顔をうかがう。
「……この中に、あなたを満足させるものはなかったのかな?」
「え?」
セーラは思わず素っ頓狂な声を出してしまった。貴族令嬢らしからぬ態度に、慌てて誤魔化すように笑う。
「おほほ。……な、なぜソノヨウナ?」
「いえ、あまり反応がないようなので……」
「そ、そんなことはございませんわ。あまりに立派な品々に、言葉を失っていただけです」
本音を伝えるが、トーマスの反応はあまり芳しくなかった。あきらかに納得していない表情のままだが、それ以上の追及はない。
「……ならば、いいのだが」
そして何か言いたげな雰囲気を残しながら、セーラの装飾品を揃えていった。
しばらくして、セーラが母親から譲り受けたお古のドレスは、トーマスの用意した装飾品のおかげでよりいっそう煌びやかなものになった。黒檀のように深い闇色のセーラの髪が際立つ。
それを見たトーマスは、満足そうに呟いた。
「実に美しい」
そこに、恋情めいたものは一切ない。ただ、自分の手で作り上げた商品を鑑賞しているような態度だ。
それでも、夫に褒められることが嬉しく、セーラは艶やかな大輪の薔薇のように微笑んだ。
※ ※ ※
トーマスが代表を務めている大商会カリスフォード家には、あり余るほどの資金がある。
その額は、そこら辺の貴族よりもよほど多い。
それでも、いくら金を積み上げようと手に入れられないものがあった。
それが、生まれ持った位だ。
平民の生まれであるトーマスは、正攻法ではこの国の貴族と知り合いになることすらできない。だが、商売をより手広くやるには、どうしても貴族との繋がりを作りたい。そのために、婚姻という形で貴族と親戚になる必要があった。
けれども、平民の家に嫁に行くということは貴族の娘たちにとって、耐え難いものだったようだ。カリスフォード家の資産を欲していても、貴族としての矜持ゆえ、名乗りを上げる家はない。
ようやく探し出せたのが、隣国ユーグラシアのホワイト伯爵の令嬢、セーラ・ホワイトである。
他国の貴族であろうとも彼女の夫としてであれば、この国の貴族と付き合うことができる。
折よく彼女の家は、多額の援助をしてくれる嫁ぎ先を探していた。
貴族との繋がりを切望するカリスフォード家と、財力を求めるホワイト家の望みは一致した。
とはいえ、トーマス自身にセーラと結婚する気はなかった。だから、彼女と年齢の近い弟のカークに任せるつもりだったのだ。
そもそも、夜遊びの激しい自分に高貴な生まれのご令嬢の旦那が務まるとは考えられない。
けれど、婚約者であったはずのカークに逃げられた後、セーラは迫力のある笑みを浮かべてトーマスに迫ったのだ。
「これは利害の一致による、ビジネスのようなもの。婚礼の式を挙げ、紙切れ一枚にサインをすれば終わる代物。そうでございましょう?」
相手は誰でもいいのだと、彼女は口角を上げる。そして、ドレスの端を摘み上げ、淑女の礼をとりながら言った。
「どうかわたくしを、お嫁さんとして買っていただけませんこと?」
我侭な貴族娘の相手をするのは苦痛だ。
だが、トーマスの夜の『社交』――女性関係を知っているらしいセーラは、自分にマトモな結婚生活を求めないと暗に言う。代わりに得るのは、貴族社会への招待状。
それが、セーラとトーマスの間で交わされた約束である。
そして今、その鍵をもたらした妻は、トーマスの前で婉然と微笑んでいた。
夜会用の真紅のドレスに身を包み、カリスフォード商会が用意した宝玉でドレスアップしたセーラは美しい。
その姿を見つめ、トーマスは感嘆の息を漏らす。
彼女のおかげで、貴族と言葉を交わし、商談へ持ち込むことができる。
「――実に美しい」
思わず呟くと、妻の微笑が深くなった。
「では、今度の夜会にはこちらの格好で参りましょう」
バッと開いた扇子を口元に当てながら、セーラが宣言する。
トーマスは、数日後に開かれる夜会での成功を確信した。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。

