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外伝

ルマンド事件

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ーーー勇者召喚より一月後、ウーニア聖堂にて

「王権法24条を以って宣告する。ルポ王国第一皇子スランは、アリア・ルマンド侯爵令嬢との婚約を破棄する。また、王家のさらなる繁栄の為、そして国政の安定のため、勇者アスカ・タカギを王妃代理として後宮に迎え入れるものとする。」

   会場がざわめいた。保守派の一部であろう、貴族たちの中には怒りに震えているものまでいる。彼らにとってスラン皇子とルマンド侯爵令嬢の結婚は次代の保守派を意味している。それを一方的に破られたのだ。結婚を推し進めてきた貴族が怒りを覚えるのも無理はない。逆に革新派の一部は大喜びであった。貴族位とであるとはいえ、正式に貴族位を持つ者ではない。つまり、これは平民や、下級貴族たちの、じつりょくによる時代の到来を意味していた。

「静粛にっ!」

   教会の長も一同を宥めようとする。しかしながら、教会の長も実のところ困惑を覚えていた。勇者を妻とするのは構わないのである。いや、寧ろ勇者の召喚に積極的であった彼らには恩恵の方が大きいのは予想に難くない。だが、ここで大貴族の支援を無くすのもかなり辛いものだ。だから、一部の保守派と教会関係者は考えたのだ。ルマンド侯爵家だけを犠牲にする、という、ごく当たり前の手段を、である。
   当のルマンド侯爵は何を言われたのかわからないような顔をしていたし、ルマンド侯爵令嬢の顔は真っ青になっていた。哀れな親子に、教会の長は続けて言う。

「ルマンド侯爵にはルマンド侯爵令嬢をスラン皇子に嫁がせ、国内を武力によって統一した上、外戚として国権を壟断しようとしたという嫌疑もかかっておる。これが終わり次第、自宅にて沙汰を待つよう。」

   ルマンド侯爵は周りに味方がいないか必死で見回した。しかし、誰も弁護するものがいない。目があったヨルファ公爵の目は、虫けらを見る目であった。ルマンド侯爵は膝をつき、崩れ落ちた。それを近衛兵が引っ張ってゆく。

「お若いの、苛立っているのかね?」

   グリーンの隣に立っていたのは、髪は漆黒でありながらも、顔に深いシワを刻んだ年老いた老爺であった。

「いえ、小官は全く苛立ってなどおりません」

   背筋を正して、目の光を軍人独特の、感情を消している時のものに変え、敬礼しながらキッパリと答える。相手につけこまれたりしないためだ。

「ほっほっほ、そう隠さずともよい。わかっておるとも。今回の愚行のことに貴官がどれ程怒っているかはのぅ。」

   グリーンは沈黙を貫く。この老爺は必ずしも信用できる人間かどうか彼にはわからないのだから。ここで考えなしに答える必要はない、そう判断したのだ。

「ほっほっほ、まあ、よい。儂も反対したがの。あと王には逆効果だったようじゃ、儂のような老人はささと引退すればよいと言われてしもうてな。国家の繁栄のため、だそうじゃ。全く。」

   老爺はそう独りごちた。グリーンはちらりと老爺を一瞥した。オールバックにした髪はまるで本人のように一部の隙も与ぬものであった。老爺がこの若者を知っており、そして、第一皇子の護衛官の一人であることも知っているのであろうことは明白であった。

「それは…また…」
「ほっほっほ、よいよい、儂もそろそろ退官を考えていた故な。では、若いの、貴官ももう少し軍人として成長するようにの。モーガンよ奴もまだまだ鍛え方がたりんのぅ、やれやれ。」

   グリーンははっとした。かの老爺は王国軍副参謀総長、ビットマン伯爵であった。モーガン大隊長の士官学校時代の師である。聖堂を出て空を眺めると、流れ星が見受けられた。偉大な星がまた一つ燃え尽きたことを知った。

「おう、こんなところにいたか、なにしてんだ、お前さんは。」

   モーガン大隊長であった。今日も星空の下で頭をテカらしている。

「星空でも眺めようかと」

そう気障に答えてやると、モーガンは太った身体を揺らして笑った。

「彼女ができてからでもいいやがれ」

   モーガンも言ってから、まずい事を言った、と悟ったのだろう、申し訳なさそうな顔をして、すまん、と小さく謝った。そして直ぐに顔を真顔に戻すと、グリーンの顔を覗き込んで目を見つめ合わせた。

「武官は政治に口出しせず、だ。わかったな?坊主」
「イエス、サー…」

   モーガンも軽くそうか、と言って離れていった。気まずかったのであろう。だが、モーガンの言ったとおりに出来ないのも事実であった。抗議に抗議を重ねて、それでも受け入れられなかったら、そしたらビットマン伯爵のように自分も退官しよう。彼は静かにそう決めた。

   言うが早いが、彼は翌日から皇子に猛抗議した。何度も跪いた。抗議するたびに他の部隊の兵に引き離された。自分の麾下の兵も自分の行動に反対する事はなかった。寧ろ、カプランなどは、他の保守派と寄親・寄子関係にある貴族に手を回していた程であったし、騎士団長にもかけあった。だが、訴えは尽く無視された。
   皇子の護衛官からは何度も行っているうちに外され、二度、頭を冷やしてこいと、営倉も食らった。二度目の営倉の時、ルマンド侯爵の自害を知った。
   悪い人ではなかった。家としての付き合いが同じ侯爵家というのもあり、何度か便宜もはかってもらっている。スランが令旨を発していなかったならば、自分がアリアを娶る可能性もあった。それだけに、今回の一件はルマンド侯爵に恩義を返すときであったのだ。だが、それも結局水の泡と化した。



「で、こういうことになったのかね?」

   騎士団長のブラスト伯爵が腕を組んで顔を顰めていた。顔を顰めていても、かつて宮廷一の美男子と呼ばれた彼の顔は端正なままである。

「はっ、臣下の諫言に耳を貸さず、そして賢臣さえもその手から手放す、めくらにこれ以上仕えていようという志は残念ながら小官は持ち合わせておりませんでして。」

   諫言は三回が基本であった。それが死なないためのコツである、マーリンドルフ家の家訓である。それを大幅に超えても、近衛騎士団に推薦していただいた侯爵への恩義そして、ルマンド侯爵令嬢の幸せのために動くべきであったのだ。それも果たされなかった今、もう仕えている意味は消えかかっていた。

「貴官は不敬罪という言葉を知らんのか…」

   ブラスト伯爵は額に困ったように言った。彼も実際の所はよく言った、と手放しで賛同してやりたかった。それ程にグリーンがルマンド侯爵令嬢を大切に想っていたのは宮廷でもかなり有名なことであったし、貴婦人に仕えて、一人の女性にその命と志を捧げるのが正しい騎士道であった。その点においてグリーンは騎士の鑑とも言えた。それだけに、立場を考えると賛同してはならない自分が歯がゆかったのである。

「侯爵と、侯爵令嬢への恩義が果たせなかった今、牢獄に繋がれようと、処刑されようと、小官にとってはそれこそ本望であります。」
「聞かなかったことにしておく。兎に角この辞表も却下だ。これからも励んでくれ給え」

   騎士団長にも分かってはいた。恐らくこの若者をどれ程止めようと、近衛騎士としてこれ以上王に仕えることはないだろうということは。反逆することはないであろう、しかしそれだけだ。
   惜しい人材を無くしたものだ、とブラストは零した。このつけは何れ何処かで押し寄せるのかもしれない。今回の件で、賢臣が数人辞表を提出してしまったのはまだまだこのつけの前兆でしかないのだ。自分はつけを払う前に辞めておきたいものだ、とブラストは苦笑した。
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