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外伝

指揮官に選ばれた勇者

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「第12近衛中隊を新しく再編する。」

   中隊長が退官した次の日にガルフィス兵務次官から通告された。曰くそうである。通常は先任の中隊長の希望が尊重されるのだが、王家に刃向かった、少なくとも形の上では刃向かったようにみられるグリーンの希望が叶えられることはなかった。
   大隊長モーガンより後任中隊長をアトスとする、と、抗議連絡が上申されたが、その抗議も無視されたままだ。

「おい、お前ら、居るか?」

   中隊宿舎を訪ねてきたのはモーガンであった。いつものごとく頭が光っている。だが、いつもと一点だけ違うのは、目は魚の目の如く濁っている、というだけだ。

「大隊長ですか、どうしましたか?」

   隊長代行のアトスが書類に埋もれながら返事する。監視がついていないことは無いだろうが、機密文書の内容まではわからないはずだ。一日中この部屋には誰か起きている者を配置している。

「いや、特に用事も無いんだがな…。ただ、謝っておこう、とな。」
「何がです?」

   すまなさそうにモーガンは言うが、返ってくる言葉はそっけない。そうでもしなければ自分を抑えることができ無いのかもしれない。

「全部だ。本当なら何が何でもお前さんをなんとかしなきゃなんねぇんだが、、生憎と俺も左遷されてな…」

   初めての情報だ。アトスのところには、中隊長代行では当然かもしれないが、そんな情報は回ってきていない。

「こんどはどちらへ?」
「あゝ、近衛師団情報参謀だとよ。聞いたこともねぇ役職だ。凡そ、新しくつくってそこに押し込めるつもりだろうよ。まあ、しゃあねぇ、アリアはウチの娘だ。可愛い過ぎて目に入れても痛かねぇからな」

   そう言って、モーガンはカラカラと笑う。一見、元気を取り戻したようにも見えるが、目は死んだままだ。

「さいですか。嬢ちゃんの為なら私たちも我慢ぐらいはしてやりましょう。中隊長のアレですからね。一肌、二肌ぐらぃ脱いでやりますよ。それが仁義ってもんでしょう。」
「…すまねぇな。」
「良いですとも。」

   アトスは和かに笑った。多分産まれて初めて和やかな笑みを浮かべただろう。次に回されるのは戦場か、それとも危険地帯か。良くて実質引退、教官だろう。

「じゃあ、そういうことだ。この中隊にはグラだけは残れるようにしておいたから、残りは押し付けておけ。時間をとってすまなかったな。」
「はい、ではまた…」

   モーガンがニッ、と笑って踵を返す。アトスもいつものようにニヤリと笑う。あっさりしたものだ。今生の別れかもしれないが。だからこそ、あっさりしたもので構わないのだ。
   アトスが書類に再び目を通してすぐ、ドアのノックされる音を聞いた。

「…どうぞ。」

   一瞬モーガンが帰ってきたのかと思ったが、モーガンはノックなんてしない。見てみれば若い男である。

「初めまして!この度、第12近衛中隊の隊長に就任します、リュウジ・モチダです!よろしくお願いします!」

   まだ子供だ。何故こんな場所に子供が…しかも中隊長がいるのであろうか。不審である。それを察したのか、少年が早口でとってつけくわてえる。

「あっ、僕は転生者でして、ほら、第一皇子の婚約者にタカギっているでしょう?あの子の仲間です!」
「…そうか。」

   中隊長がこれでは行く末が思いやられる。これまで中隊長の麾下にいて、しかも、のせいで中隊長が退官したことを考えれば、少なくともまともには見れない。まともにみていない、評価していないだけならまだましだろう。こいつは近いうちに殺される可能性だってあるだろう。そう思われた。

「僕は騎士にあこがれて、強くなって、みんなを守って、この国が安全になればなぁ、と思っておりまして、それで、勇者としてこの国を…」
「御託はいい。俺は今日付けでクビになるやつだ。あとは、グラっていう古株の奴にききな、

   小僧の妄言を遮って、さっさと部屋から退出する。すれ違いざまにドアを蹴りつける。12を汚したくなかった。それだけに、これ以外自分に今できることはなかった。
   部屋を出ると、グラが壁にもたれかかって口笛を吹いている。

「あとの仕事はお前がやっておけ」

   静かにそういう。今は冗談を叩ける気分ではなかった。最低限のことを言って、また歩き出そうとし、グラの顔を一瞥すると、グラも真顔であった。

「アトス第12近衛中隊長代行の命を、第70近衛小隊長、グラが謹んでお受けいたす。中隊長代行、お疲れ様でした。」

   グラの声にも、一切の茶化すものは混じっていない。それも当然であろう。彼は今から1人闘っていかねばならないのだから。12の居場所を1人守り続ける、これだけが、彼に課せられた使命なのだ。
   安心したように1度目を瞑ると、アトスは再び歩き出す。幼い息子達を祖父母か、もしくははたまたモーガンあたりに押し付けなければならない。妻を喪い、今度は父までも失う哀れな子供達に、どこか、せめて少しでも休ましてやれる環境を整えてやらなければならない。
   胸ポケットから煙草を取り出して吸う。久々に見た空は恐ろしく眩しかった。煙草の煙がちょろちょろ頼りなさげに空へと上っていく。
   最後にみた書類は同僚のこの先の人事であった。カプランは第2近衛大隊の広報参謀、ルッツオーニングは近衛師団から最北の地、アルバロ州軍参謀として派遣されていった。二人とも軍の隅へと追いやられていった。それだけが自分にとっての救いかもしれない。若い奴が死ぬのだけは耐えがたかった。
サラトガとカインは退官した。二人とも帝都からは立ち退きの命令を食らってしまったらしい。まあ、奴らならなんとかやっていけるだろう。

「あっ、アトス小隊長、お疲れ様です。」

   今年第67近衛小隊に、自分の部下として入隊してきた若者である。幼さはまだ顔に残しているが、軍人らしい顔をしている。一年みっちり鍛えられてきた、精悍な顔だ。これだけが他の中隊と比べて全く違う。他の中隊がどれほど、宮廷ダンスでスカートめくりをしていようと、第12近衛中隊だけは、常に剥げた塗装の鎧を着、身体に生傷をつけながらしぶとくその命を燃やし続けてきた。これはアトスにも、グラや、サラトガ、そしてこの若者にとっても誇りだった。アトスは目を細めて軽く手を挙げる。

「やめろ、俺はもう小隊長じゃない…」

   え、と若者、名前はなんだだたか、ヨルゲンセンといったか、が驚いた顔をする。そりゃそうだ。

「地獄で沙汰待ちだよ、全く。まあ、前線行きかもな」
「そんな…」
「まあ、大丈夫だ。なんとか上手くやるさ。」

   アトスはそんなことを毛頭信じていない。もし、いやおそらく前線送りだろうが、前線にいけば死ぬまで戦わされるだろう。1度軍上層部に睨まれたのだ、今度は2度目、もう怖くはない。それよりもグリーンへの仁義を貫き通す方が余程大事だ。じゃあな、と矢張り、軽く言って、歩き出す。

「一年間、ありがとうございやした!」

   後ろでヨルゲンセンの悲鳴に近い、大声が聞こえる。いい部下を持ったものだ、とアトスは思った。向かい風が強く吹いてくるのを感じたが、煙草の煙は全く返ってこない。

見れば煙草はもうすっかり吸えなくなっていた。
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