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3・冒険者ギルド

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「オリヴィアちゃん!待ってたよぉ~!」

ギルド長の部屋の扉を開けた途端まるでびっくり箱のように壮年の男性が飛び出してきた。
ところどころに白髪が混じってメッシュのようになった髪をオールバックにしている、そして、よく日に焼けた肌に鍛えられた筋肉はおとろえておらず未だに現役で冒険者として活躍しているそうだ。

「ワイルダーさん!お久しぶりですー。そんなに慌ててどうしたんですか?」

オリヴィアは10歳で魔力が確定するまで、わずか6才の頃から魔法の練習を兼ねて治療の手助けをしにギルドに通っていた。

救護室にちょこんと座る金色に輝く少女を、冒険者だけでなくギルド職員達も皆自分の娘のように可愛がった。

幼い癒し手に話し相手を…と女性職員達が自分の子供を連れて出勤できるようになり、子ども養成所を新たに新設し、子どもを預けられる施設をつくったり、遅くまで残っていたり、家に帰らなかったりする男性職員に早く帰りなさいと諭してその家族からありがたがられたりと、職場の環境をガラリと変えたのもオリヴィアであった。


「火炎竜の討伐依頼を出してから調査隊が先行して行ったんだが、誰も帰って来ないんだ。急ぎ本隊を向かわせたいが、高ランク冒険者はまだ到着していなくてね…」

「それは、心配ですね。私たちで何とかなるならすぐに出発しましょうか!」

どんより暗くなっていたギルド職員達に一筋の光が差した瞬間だった。

「とにかく先発隊を探さなくちゃいけませんしね。イブも行くだろ?火炎竜だけじゃないかもしれないしなぁ。」

「当たり前。ヴィアが行くなら私も行くよ。治療班じゃないなら尚のことね。」

「わしも行きたいところだが、離れられん。いいか、無理だと思ったら帰還するんだぞ。」

「私たちに無理なら帝国の軍隊を連れてこなきゃ討伐できないわよ。大丈夫よ。」

イブはポン、とワイルダーの肩を叩く。「その代わりお礼ははずんでよね」とちゃっかり報酬を値上げしようとしていた。

コンラッドとリアは早速受付に行き、出発の登録と預けておいたドッグタグを受け取る。

「あの、オリヴィアさん…」

一人ボーッとロビーに座っていると受付にいた女性が話しかけてくる。ピンクの髪をツインテールに縛った可愛らしい若い女性だ。
オリヴィアの周りには人気の男性がいるので、取次でも頼みたいのかと思い、「なぁに?」と返事をする。

「この子を、連れて行ってください。森のリスをテイムして訓練したんです。危険を察知して教えてくれます。」

差し出された手の上にはもふもふのリスが乗っていた。

「リスだわ!!可愛い!!」

受け取ろうとして手を差し出すと小さな小さな手でペチンと手を叩かれてしまう。

「おい!!気安く可愛いとか言うんじゃぁねえ!!」

「…すみません。ちょっとあの、訓練を厳しくしすぎてこんな乱暴ものになってしまったけどいい子なんです。少しでもオリヴィアさんの役に立てたらと思って……あの…大好きなんです…オリヴィアさんが!!!!!」

突然の告白につい、ポッと頬を赤らめてしまう。
二人の手のひらの上を行ったり来たりしているリスは「聞いてんのか!こら」と見た目には似合わないほど乱暴に騒いでいた。

「以前オリヴィアさんに回復魔法をかけてもらって、その後もいつも優しくしてくれて…それから大好きなんです!!」

「あり…ありがとう、あなたみたいに可愛い人にそう言ってもらえて嬉しいわ」

笑顔でお礼を言うと、リスをポイっと床へどかし、両手を力強く握られる。「オリヴィアさん…」と瞳を潤ませながら頬を桃色に染めてグイグイと近づいてくる。

「おい!ガンナー!なにすんだよ!」

床に落とされたリスがプンスカ起こりながらスルスルとオリヴィアの体を登ってくる。
肩のあたりまでくると手に待っていたどんぐりを目の前のピンクの頭に投げつけている。

「…ガンナー?」


「僕の名前を呼んでくれるなんて!!感激だ!!僕の気持ちを受け取ってくれるって事ですか!?」

リスのどんぐり爆弾など、優しく舞い落ちる粉雪と言わんばかりに全く気にする事なく、ぐいっと手を引っ張りオリヴィアの鼻の先まで顔を近づける。

「おい!逃げろお嬢ちゃん!こいつはヤベェ男だぜ!ずっとお嬢ちゃんの名前を呼びながら空を見上げたりしてんだよ!!」

リスが一生懸命オリヴィアのもみあげあたりの髪を引っ張る。「にげろってぇ!!」とリスは必死だが、ガンナーの力が強すぎてびくともしない。

「おい、何やってんだよ小僧」

グイッと逞しい腕が二人の間に割って入るとオリヴィアは一瞬で後ろに体を引っ張られる。手続きが終わったコンラッドが慌てて助けに来てくれた様だ。
不機嫌そうな顔でガンナーを見つめるコンラッドからは殺気がダダ漏れになっており、先程まで元気だったリスもオリヴィアの胸ポケットの中に隠れてしまった。

「あああああ!!コンラッドさん!!僕あなたのことも大好きで!!!!!」

「おい!やめろ!首にされてえのか!!」

ガンナーは飛び上がる様にコンラッドに抱きつこうとした…が、後ろからワイルダーに首根っこを掴まれ動きを止められてしまう。
しょんぼりしているが、瞳は潤んだまま、頬も桃色のままである。

「すまないね、オリヴィアちゃん、コンラッドくん。こいつはね、所謂冒険者マニアで特にワンフルール一家とコンラッドくん推しなんだよ。あ、そのリスは探索用の相棒で連れてってやってくれ」

チロチロと小さい手がポケットから振られる。どうやら彼も同意している様だ。

「僕の育てた使い魔を、“豪炎の夜明け”の皆さんに連れて行ってもらえるなんて…幸せすぎる!ちなみにそのリスの名前はシュバルツです。」

空でも飛ぶのかと思うほどに蒸気した顔で、フラフラと退散して行ったガンナーは大人しくそのまま受付の椅子に座った。
あんなに夢現な状態で大丈夫なのだろうかと誰もが心配していた。

ちなみに、コンラッド、イブ、リア、オリヴィアの4人で狩や討伐に出るにあたり、パーティーを組むときにそれぞれの髪色を合わせて“豪炎の夜明け”とパーティー名をつけている。

「シュバルツさん?よろしくね。」

「おう。まかせな。」

何とも心強い一言をいただき、いよいよ出発準備を済ませた一行はその足で、火炎竜の出るという森へ向かう。
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