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 「……それでも、俺にはできない。すまない……」

 数分の沈黙の後に、絞り出す様な掠れ声でカイルは言った。
 彼が今どのような表情をしているのか、怖くて伺う事ができない。

 もちろんこのような突拍子もない要望を、受け入れてもらえると思っていたわけではない。
 なんとなくカイルは断る様な気もしていたが、実際にハッキリと拒絶されると辛いものがある。
 ルーシーの瞳からポロリ、と涙が溢れるがもう我慢はしなかった。
 
 「っ泣かないでくれ……」

 カイルはルーシーの涙を見ると激しく動揺し、恐る恐るルーシーの頬に手をやり涙を指で拭う。
 ルーシーはその手にそっと自らの手を重ね、涙で潤んだ瞳でゆっくりカイルを見上げた。
 まるでその姿を目に焼き付けるかの様に。

 「……俺は君を幸せにできるかわからない」

 「わかっています」

 「辛い思いをさせてしまうかもしれない」

 「それでも、あなたが良いのです」

 「ルーシー嬢、あなたと言う人は……」

 「ルーシー、と呼んでください」

 カイルは涙を拭っていた指をルーシーの顎に当てて口付けした。

 「せっかくあなたが苦しむことのないように断ったと言うのに……。こんな顔をされては、辛い思いをさせるとわかっているのに離してやれなくなってしまうかもしれない」

 「それでもいいのです。私を離さないでくださいませ」

 次の瞬間、カイルは勢いよくルーシーを抱き締めた。
 手で頭を固定して激しく口付ける。

 「んっ、カイル様……」

 ルーシーもカイルの腰に手をやり、しっかりと抱き締め返す。

 
 「っ……部屋へ来るか? 」

 その言葉が何を意味するかくらい、ルーシーにもわかった。
 考える間も無く、ルーシーは頷く。
 こうして二人は遂に一線を超えたのだった。


 二人は結ばれた後、まるで離れ難いというように強く抱き締め合った。
 そしてカイルはルーシーの手を取りながらこう言った。

 「俺はこれから、陛下とアトワール国の繋がりを暴くための任務に取り掛からねばならない。命の危険を伴うことになるだろう。だが、その任務が終わり次第あなたを迎えに行きたい。必ず生きて迎えにいく。待っていてはくれないか? 」

 ルーシーの答えは一つだった。

 「もちろん、いつまでもあなただけをお待ちしておりますわ。必ず生きて戻るとお約束してください」

 カイルの胸にすり寄ると、ムスクの香りに包まれる。

 「私はブライトとお父様に自分の気持ちを今度こそしっかりと伝えます。あなたにふさわしい女性になれるように」

 まだブライトとの婚約破棄は成立していない。
 というより、ブライトには婚約破棄するつもりは毛頭ないのだ。
 父マークを巻き込んで話し合うしかないだろう。

 「必ず、また会おう」

 二人はそう約束し、それぞれの務めを果たすために別れたのだった。

 



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