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番外編
リンドという男 9
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アマリアは飲み込みが早く、みるみるうちに知識と教養を身に付けていった。
だがカリーナによく似た瞳とは裏腹に、その性格は彼女とは真逆である。
アマリアは誰かに守られることを嫌い、自分の力で進みたがる。
気も強く破天荒な彼女に、珍しくリンドは振り回されっぱなしだ。
「俺はとんだじゃじゃ馬を拾ってきたらしい……」
「失礼ね。嫌がる私を無理やり連れてきたのはあなたでしょうに」
そう言われてはリンドは何も言い返すことができない。
だがこのアマリアとのやり取りを、どこか楽しみにしている自分もいた。
「まあ、あなたの恋しい王妃様には似ても似つかない女で残念だったわね」
アマリアは、リンドがかつてその身柄を引き取り恋した女性がカリーナ……現在のアルハンブラ王妃であることに気付いていた。
街を歩いて国王夫妻の肖像画を目にするたびに動揺して目を逸らし、歴史の講義では王妃の名を口にするたびに表情が固くなる。
リンドが王妃にただならぬ想いを抱いていた事は一目瞭然だ。
「彼女の……王妃様のことは話題に出すんじゃない。失礼だろう」
「……本気で愛していたのね」
「もう過ぎ去ったことだ。今更どうにもならん」
「あなたも、本当はどこかのお貴族様だったんじゃないの? 」
「……それも、過去のことだ。今の俺はただの一騎士のリンドなんだよ」
アマリアはジッとリンドを見つめた。
この数ヶ月、リンドと多くの時間を共にするにつれて、アマリアの中でリンドの印象は変わりつつあった。
当初はただの冷徹な変わり者であると思っていたが、実はその仮面の下には秘めた過去と闘う人間らしい一面もあることを知ったのだ。
今では無造作な髪も、やつれた表情も、かつてはさぞ美しかったのであろうということも何となくわかる。
「髪、短い方が似合うと思うわ」
「……は? いきなり何言って……」
唐突なアマリアの発言に、リンドは眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を浮かべる。
「私が切ってあげる」
「いや、ちょ、何するっ……」
アマリアはそう言うと無造作に一つにまとめられた髪を持ち、もう片方の手で果物ナイフを使いバサリと髪を切り落とした。
「ほら……やっぱり言った通り」
切り落とされたことで短くなった黒髪は、パサリと彼の顔にかかる。
伸び放題であった黒髪が久しぶりに活き活きとした表情を見せた。
アマリアは、顔にかかる黒髪の隙間から覗いたリンドの表情にドキリとした。
(いやだわ、私……何でこんなに胸が苦しいのかしら)
アマリアにとって初めて知る感覚であり、同時に自分がリンドに惹かれ始めていることに気付いた。
「……お前なぁ、なんてことしてくれて……」
リンドが呆れた表情でそう言いかけたその時。
アマリアはリンドを抱き締めた。
なぜこんなことをしたのか自分でもわからなかったが、気付くと彼を抱き締めていたのだ。
「っアマリア、離れるんだ……」
「いや。私あなたのことが好きになったみたい……こんな気持ち初めてなの。私どうしてしまったのかしら……」
「……せっかくのお言葉だが、俺はやめておけ。お前の事を幸せにはできない」
リンドは上を向いてどこか遠くを眺める様な目をしながらそう言った。
カリーナに拒絶されたあの日から、もう恋はしないと心に決めた。
自分はカリーナを散々傷付けてしまったのだ。
そして挙句の果てにその思いは自らの身も滅ぼした。
二度とこんな思いはしたくないし、誰かを再び傷つけることも怖かった。
「王妃様の事、まだ忘れられないの? 」
アマリアはリンドから離れると、その目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。
「……わからない。彼女と今更どうにかなれるなんて思ってはいない。だが彼女のことを考えると今も気持ちが休まらない」
だから、とリンドは続けた。
「こんな俺ではお前のことを幸せにはできない。永遠に他の女の影がチラつく男なんて、お前だって願い下げだろう? 」
「それでもいいわ」
「は? 」
リンドは目を見開きアマリアを見つめる。
カリーナと……自分と同じエメラルドの瞳は怯むことなくこちらを見つめているが、珍しくその瞳には涙が滲んでいる様に見える。
「永遠に一番になれなくてもいい。私はあなたの隣にいたい」
「アマリア……しかし……」
「黙って……」
アマリアは再びリンドに近付くと、背伸びをして口付けた。
リンドは驚き戸惑いの表情を浮かべたが、やがてアマリアの背に手を回し、その口付けを受け入れたのである。
だがカリーナによく似た瞳とは裏腹に、その性格は彼女とは真逆である。
アマリアは誰かに守られることを嫌い、自分の力で進みたがる。
気も強く破天荒な彼女に、珍しくリンドは振り回されっぱなしだ。
「俺はとんだじゃじゃ馬を拾ってきたらしい……」
「失礼ね。嫌がる私を無理やり連れてきたのはあなたでしょうに」
そう言われてはリンドは何も言い返すことができない。
だがこのアマリアとのやり取りを、どこか楽しみにしている自分もいた。
「まあ、あなたの恋しい王妃様には似ても似つかない女で残念だったわね」
アマリアは、リンドがかつてその身柄を引き取り恋した女性がカリーナ……現在のアルハンブラ王妃であることに気付いていた。
街を歩いて国王夫妻の肖像画を目にするたびに動揺して目を逸らし、歴史の講義では王妃の名を口にするたびに表情が固くなる。
リンドが王妃にただならぬ想いを抱いていた事は一目瞭然だ。
「彼女の……王妃様のことは話題に出すんじゃない。失礼だろう」
「……本気で愛していたのね」
「もう過ぎ去ったことだ。今更どうにもならん」
「あなたも、本当はどこかのお貴族様だったんじゃないの? 」
「……それも、過去のことだ。今の俺はただの一騎士のリンドなんだよ」
アマリアはジッとリンドを見つめた。
この数ヶ月、リンドと多くの時間を共にするにつれて、アマリアの中でリンドの印象は変わりつつあった。
当初はただの冷徹な変わり者であると思っていたが、実はその仮面の下には秘めた過去と闘う人間らしい一面もあることを知ったのだ。
今では無造作な髪も、やつれた表情も、かつてはさぞ美しかったのであろうということも何となくわかる。
「髪、短い方が似合うと思うわ」
「……は? いきなり何言って……」
唐突なアマリアの発言に、リンドは眉間に皺を寄せて怪訝そうな表情を浮かべる。
「私が切ってあげる」
「いや、ちょ、何するっ……」
アマリアはそう言うと無造作に一つにまとめられた髪を持ち、もう片方の手で果物ナイフを使いバサリと髪を切り落とした。
「ほら……やっぱり言った通り」
切り落とされたことで短くなった黒髪は、パサリと彼の顔にかかる。
伸び放題であった黒髪が久しぶりに活き活きとした表情を見せた。
アマリアは、顔にかかる黒髪の隙間から覗いたリンドの表情にドキリとした。
(いやだわ、私……何でこんなに胸が苦しいのかしら)
アマリアにとって初めて知る感覚であり、同時に自分がリンドに惹かれ始めていることに気付いた。
「……お前なぁ、なんてことしてくれて……」
リンドが呆れた表情でそう言いかけたその時。
アマリアはリンドを抱き締めた。
なぜこんなことをしたのか自分でもわからなかったが、気付くと彼を抱き締めていたのだ。
「っアマリア、離れるんだ……」
「いや。私あなたのことが好きになったみたい……こんな気持ち初めてなの。私どうしてしまったのかしら……」
「……せっかくのお言葉だが、俺はやめておけ。お前の事を幸せにはできない」
リンドは上を向いてどこか遠くを眺める様な目をしながらそう言った。
カリーナに拒絶されたあの日から、もう恋はしないと心に決めた。
自分はカリーナを散々傷付けてしまったのだ。
そして挙句の果てにその思いは自らの身も滅ぼした。
二度とこんな思いはしたくないし、誰かを再び傷つけることも怖かった。
「王妃様の事、まだ忘れられないの? 」
アマリアはリンドから離れると、その目を真っ直ぐに見つめて尋ねた。
「……わからない。彼女と今更どうにかなれるなんて思ってはいない。だが彼女のことを考えると今も気持ちが休まらない」
だから、とリンドは続けた。
「こんな俺ではお前のことを幸せにはできない。永遠に他の女の影がチラつく男なんて、お前だって願い下げだろう? 」
「それでもいいわ」
「は? 」
リンドは目を見開きアマリアを見つめる。
カリーナと……自分と同じエメラルドの瞳は怯むことなくこちらを見つめているが、珍しくその瞳には涙が滲んでいる様に見える。
「永遠に一番になれなくてもいい。私はあなたの隣にいたい」
「アマリア……しかし……」
「黙って……」
アマリアは再びリンドに近付くと、背伸びをして口付けた。
リンドは驚き戸惑いの表情を浮かべたが、やがてアマリアの背に手を回し、その口付けを受け入れたのである。
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