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番外編

リンドという男 14

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 リンドは重い足取りでアマリアの部屋を訪れる。
 彼女は納得してくれるであろうか。
 ……たとえ納得してくれずとも、リンドの意志は固いのだが。

 「アマリア、今いいか? 」

 ドアをノックしてそう言うと、こわばった表情を浮かべたアマリアがドアを開けた。
 前回のような過ちを起こすことのない様、今回はアマリアと距離を取ったところで立ったまま話始める。

 「……実はな、俺はこのローランド辺境伯邸を出ていくことにしたんだ」
 「えっ……」

 リンドの突然の報告に、アマリアは戸惑い言葉を失う。 
 エメラルドの瞳には悲しみの色が浮かんだ。

 「お前に詳しく話した事は無かったが、俺は以前シークベルト公爵と呼ばれる立場にあった。その時にお前と同じように身元を保護して教育を施したのが、カリーナ……今の王妃殿下だ」
 「やはりそうだったのですね。薄々は気付いておりました」

 アマリアは遠くを見つめる様な呆然とした瞳でそう告げた。

 「彼女は恐れ多いことに俺の事を慕ってくれた。だが俺は貴族の身分を持たない彼女を妻とする事への決意ができず、自分の思いを必死に認めぬふりをしたんだ。その結果、彼女は国王の元へ去っていった。ようやく自分の気持ちを思い知り無礼にも王城へ乗り込んだ。だが彼女は最終的に国王陛下を選んだんだ」

 アマリアは何も言わずにジッとリンドの話を聞いている。
 リンドはさらに続けた。

 「愛する人を永遠に失ってしまった事、国王陛下の婚約者に横恋慕した事、全ての責任をとるつもりで俺はシークベルト公爵家を出て、ローランド辺境伯の元で新しい人生を送ることにしたんだ。そしてそんな時にお前と出会った」

 アマリアは顔を上げてリンドを見つめる。

 「なぜ私をここへ連れてきたの? 少しは私の事を思ってくださっていたからだとばかり……」
 「最初はそのエメラルドの瞳を見た時に、彼女と同じだと思った。そうしたら放っておけずに君を辺境伯邸へ連れて来ていた。そのうちに自分も君に惹かれている様な錯覚に陥っていたんだ。思わせぶりな事をしていたのなら、すまなかった」

 リンドは深々と頭を下げる。

 「だが、君と過ごす時間は楽しかった。これは本当だ、信じてほしい」
 「でも恋愛感情ではなかったと……? 」

 アマリアは下を向き唇を噛むよう尋ねる。

 「恋愛感情だと思っていた。だがそれは勘違いだった……俺は勝手に君にカリーナの幻影を当てはめていたのかも知れない。君は彼女とは違うのに」

 リンドはさらに続ける。

 「俺はまだ彼女の事を忘れる事はできていない。お前と先日口付けた時にそれを思い知った。これから先も、永遠にその想いが消える事はないだろう」
 「それでもいいと言ったら? あなたの中に王妃様の存在があってもいい。ただあなたの隣にいれたなら……」

 アマリアはすがる様な目をリンドに向けるが、リンドは静かに首を振った。

 「俺は彼女の人生を、幸せを守りたい。遠くから支えて行きたいんだ。先日城で彼女の姿を一瞬見かけた時に、心からそう思った。俺は死ぬまで彼女のために生きて行く」
 「そんな……私はどうすればいいの? 元はと言えばあなたに無理やり連れてこられた様なもの。あなたを失ってしまったら、私はひとりぼっちだわ! 」

 アマリアは珍しく取り乱し、泣き叫んだ。
 リンドはその様子を苦々しく見つめる。

 「すまない。だが、ローランド辺境伯が必ずお前のために動いてくれるはずだ。お前を悪いようには絶対にしない」
 「なぜあのお方もそこまで……? 」
 「あのお方は、亡くなられた奥方が行っていた慈善事業をそのまま自らの手で引き継いでいるのだ。だから俺やお前のように困ったものたちを引き取りその身元を保証する手助けをしてくださっている」

 ローランドは亡くなった妻、アンヌに操を立てた生き方を貫いているらしい。

 「……いつ、行かれるのですか」

 すっかり気落ちした様子のアマリアは、呟くそうにそう訪ねた。

 「一月以内にはここを出て、シークベルトの屋敷に戻るつもりだ」
 「ではもう本当にお別れなのですね」
 「アマリア、お前なら必ず幸せを掴み取ることができる。お前は俺とは違う。自分の気持ちに正直に生きることができるお前なら、大丈夫だ」

 アマリアはもう何も答えなかったが、リンドはその様子を横目に見ながら、静かに部屋を出ていった。
 その後部屋からはしばらく啜り泣くような声が聞こえたという。




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残り数話で完結予定です。
あともう少しお付き合いくださいませ。
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