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「エレノア、今日はあなたにこれを」
そう言ってアルマンは大輪のバラの花束を渡す。
赤に混じりピンク色の薔薇が入ったその花束は、まさにエレノアに見合った美しさを放っていた。
「この薔薇達も、あなたの美しさを前にしたら霞んでしまうかもしれません」
アルマンは熱を持った瞳でうっとりとエレノアを見つめる。
エレノアは彼の視線に耐えきれず、俯いた。
(花束のために切り取られた薔薇など、好きではないわ)
エレノアは野に咲くありのままの花の姿が好きであった。
人の手で切り取られた薔薇の花束は、彼女の気を引く手段としては失敗であったらしい。
「ありがとうございます、アルマン様」
「アルマン、とお呼びください」
「まだ正式に結婚したわけではありませんもの。そのようなご無礼はできませんわ」
エレノアはアルマンの正面に置かれたソファにゆっくりと腰掛けると、既に用意されていた紅茶に口をつける。
そのたった一つの所作すら優雅で、アルマンはほうっと見惚れてしまい、言葉を失っている様子であった。
「我々の婚儀は、来年を予定しております。カサンドラ帝国随一豪華絢爛な式に致しますので、期待して頂ければと思います」
「そのような……今は長引く争いでどこも大変でしょうに。簡単な式だけで結構ですわ」
高位貴族同士の争いではあるものの、長引く戦争には多大な財を投資する必要があるため、それぞれの家の受けている打撃は大きかった。
「社交界の華と呼ばれたあなたを妻とするのに、式だけなどと……。そのような慎ましいところも魅力的なのですが。もう少し、私にワガママも言って頂けると嬉しいですよ」
「もう充分なほどに、良くしていただいておりますわ」
「何か足りないものや欲しいものがあったならすぐに言ってくださいね。あなたの願いなら何でも叶えて差し上げます」
そう言いながらエレノアをじっと見つめる青い瞳には、熱がこもっているのがわかる。
愛など捨てたエレノアには、その熱が苦しくて辛い。
彼女は再びアルマンの視線から逃れるように目線を落とした。
「ああ、そうだ」
突然アルマンが思い出したかのようにこう告げた。
「式の招待状なのですが。形式上皇帝派の面々にも送るつもりです。皇帝やジャニス公爵家令息とあなたは幼馴染だ。彼らにも招待状を送りますか? 」
『皇帝』
その単語がアルマンの口から発せられた途端、エレノアの表情が硬くなる。
走馬灯のようにルクスと過ごした懐かしい日々を思い出しそうになり、慌てて首を振った。
「いいえ……いいえ。彼らとはもう縁を切ったも同然ですわ。今更招待状など、あちらも戸惑われるでしょう」
「本当に、よろしいのですか? 」
探るようなアルマンの視線は、心なしが先ほどより鋭く感じる。
だがエレノアはそれすらも気付かぬふりをした。
「ええ。結構です」
もしかしたらアルマンは、エレノアが抱えている闇に気付いているのかもしれない。
彼を心から愛する事は無いと言う残酷な事実を、果てして恋に浮かれる一人の男は知っているのだろうか。
エレノアの闇を知ってもなお、彼女を妻として迎えたいと思うのだろうか。
憂鬱で長い時間が続いていた。
そう言ってアルマンは大輪のバラの花束を渡す。
赤に混じりピンク色の薔薇が入ったその花束は、まさにエレノアに見合った美しさを放っていた。
「この薔薇達も、あなたの美しさを前にしたら霞んでしまうかもしれません」
アルマンは熱を持った瞳でうっとりとエレノアを見つめる。
エレノアは彼の視線に耐えきれず、俯いた。
(花束のために切り取られた薔薇など、好きではないわ)
エレノアは野に咲くありのままの花の姿が好きであった。
人の手で切り取られた薔薇の花束は、彼女の気を引く手段としては失敗であったらしい。
「ありがとうございます、アルマン様」
「アルマン、とお呼びください」
「まだ正式に結婚したわけではありませんもの。そのようなご無礼はできませんわ」
エレノアはアルマンの正面に置かれたソファにゆっくりと腰掛けると、既に用意されていた紅茶に口をつける。
そのたった一つの所作すら優雅で、アルマンはほうっと見惚れてしまい、言葉を失っている様子であった。
「我々の婚儀は、来年を予定しております。カサンドラ帝国随一豪華絢爛な式に致しますので、期待して頂ければと思います」
「そのような……今は長引く争いでどこも大変でしょうに。簡単な式だけで結構ですわ」
高位貴族同士の争いではあるものの、長引く戦争には多大な財を投資する必要があるため、それぞれの家の受けている打撃は大きかった。
「社交界の華と呼ばれたあなたを妻とするのに、式だけなどと……。そのような慎ましいところも魅力的なのですが。もう少し、私にワガママも言って頂けると嬉しいですよ」
「もう充分なほどに、良くしていただいておりますわ」
「何か足りないものや欲しいものがあったならすぐに言ってくださいね。あなたの願いなら何でも叶えて差し上げます」
そう言いながらエレノアをじっと見つめる青い瞳には、熱がこもっているのがわかる。
愛など捨てたエレノアには、その熱が苦しくて辛い。
彼女は再びアルマンの視線から逃れるように目線を落とした。
「ああ、そうだ」
突然アルマンが思い出したかのようにこう告げた。
「式の招待状なのですが。形式上皇帝派の面々にも送るつもりです。皇帝やジャニス公爵家令息とあなたは幼馴染だ。彼らにも招待状を送りますか? 」
『皇帝』
その単語がアルマンの口から発せられた途端、エレノアの表情が硬くなる。
走馬灯のようにルクスと過ごした懐かしい日々を思い出しそうになり、慌てて首を振った。
「いいえ……いいえ。彼らとはもう縁を切ったも同然ですわ。今更招待状など、あちらも戸惑われるでしょう」
「本当に、よろしいのですか? 」
探るようなアルマンの視線は、心なしが先ほどより鋭く感じる。
だがエレノアはそれすらも気付かぬふりをした。
「ええ。結構です」
もしかしたらアルマンは、エレノアが抱えている闇に気付いているのかもしれない。
彼を心から愛する事は無いと言う残酷な事実を、果てして恋に浮かれる一人の男は知っているのだろうか。
エレノアの闇を知ってもなお、彼女を妻として迎えたいと思うのだろうか。
憂鬱で長い時間が続いていた。
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