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 その夜、エレノアは泣き疲れてソファに横たわったまま眠ってしまっていたらしい。
 ふと人の気配を感じて目が覚めると、ソファのそばに佇むルクスの姿があった。
 エレノアが目覚めたことに気が付いたのか、顔を覗き込むようにしゃがみ込む。

 「っ……」

 思わず体が硬くなるエレノアの手を、ルクスの手が包み込んだ。

 「さっきは悪かった。またエレノアを悲しませてしまった……」

 どうしようもなく悲しそうな顔でそう告げたルクスは、今にも泣き出しそうだ。

 「……大丈夫ですわ。少し昔のことを思い出しそうになっただけです。ルクス様のせいではありませんので、お気になさらないで」

 「ルクス、と……。ルー……とはもう呼んではくれないのか? 」

 「え……? 」

 次の瞬間、エレノアはルクスに抱きすくめられる。
 ふわりと漂う香りは、昨日抱かれた時と同じものだ。
 大きな胸板がエレノアをすっぽりと包み込む。

 「エレノア……俺もお前の笑顔が見たい」

 ルクスは泣いているのだろうか。
 抱き締められているため彼の顔はよく見えないが、その声は震えているように感じる。

 「シオンに、あいつには笑いかけていた。俺はまだ一度もその笑顔を向けられていない……」

 「っそれは……」

 「俺よりシオンの方が好きなのか? そりゃそうだよな。こんな性格の捻くれた男よりも、シオンの方が優しくて良い男だ」

 いつも自信に溢れていたルクスの口から、次から次へと自分を卑下するような言葉が飛び出してくる。
 相変わらずその声は震えたままで、恐らく彼は泣いているのだろう。

 「だが諦めてくれ、お前は俺の妻だ。シオンには渡さない。何があっても、絶対に」

 「あの、ルクスさ………」

 エレノアがシオンに対して恋心を抱いたことは、これまでに一度もない。
 あくまで何でも話すことのできる幼馴染、といった存在である。
 エレノアが男性として意識していたのはルクスただ一人。
 ルクスはどうやら誤解をしているようなのだが。
 その誤解だけはとこうと口を開いたところ、その唇をルクスに奪われてしまった。

 「んっ……るくす……」

 前回の噛み付くような口付けとは異なり、唇を丁寧に味わうような優しい口付けに、自然とエレノアの体の力が抜けていく。

  「エレノア……この前はひどく乱暴にお前を抱いてしまったこと、後悔しているんだ。今日は優しくする。だから……」

 「……っでも……」

 ここで頷いてしまったら。
 簡単に絆されてしまったならば。
 自分がこれまでの三年間で苦しんだ思い達は、どうなってしまうのだろうか。
 今更ルクスと昔のような関係には、戻ることはできない。

 「エレノア、俺を受け入れてくれ……」

 そう言ってエレノアを見つめるエメラルドの瞳は、心なしか涙で潤んでいるように見える。
 ルクスの泣き顔を見たエレノアは、再び胸が苦しくなった。
 この感情が何かはわからない。
 だが今のエレノアには、このルクスの思いを断ることができなかったのである。

 (ごめんなさい、お父様お母様……)

 頭の中で、モンターンの屋敷に残してきた両親の顔が浮かぶ。
 敵方の男と関係を持つなど、親不孝以外の何物でもない。

 閉じた目の目尻から、じわりと涙が滲む。
 ルクスはそこに口付けて、彼女の涙を優しく吸い取った。
 その動作にエレノアが前回のように抵抗しないと気付いたルクスは、そっと彼女のドレスを脱がせる。
 ゆっくりと肩からドレスを下ろすと、彼女の真っ白な肌と豊かな膨らみが現れた。

 「お前は女神だ。昔からエレノアはいつだって、俺のことを惑わせる」
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