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 ルクスに流されるように宮殿に留まっていたエレノアの元に、実家であるモンターン公爵家からの書状が届けられたのは、その数週間後のことであった。

 本来ならば敵方の書状は、エレノアが開封する以前に検閲する必要があるのだが。
 ルクスはエレノアのことを思って、それをしていなかった。
 エレノアはミラから書状を受け取ると、おかしなことに気づいた。
 封筒を留めるための封蝋が、ずれているのだ。
 まるで再度上から蝋を垂らしたかのように見える。
 違和感を覚えたエレノアは、封筒を開けた。
 封筒の中には便箋が一枚。
 そして砕けた封蝋の隙間からも、小さく畳まれた紙が出てきたのである。
 

 まず便箋にしたためられていた内容は、アルマンとエレノアの婚約が正式に破棄されたこと。アルマンの実家であるマキシウム公爵家に多額の違約金を支払うことになったが、こちらは大丈夫であるから気にするなという内容であった。
 
 (お父様、お母様……私のせいでご迷惑をおかけしてしまった)

 ルクスに強引に連れてこられたとはいえ、モンターン公爵家にかけた迷惑を思うと、居た堪れなくなる。
 だが今のエレノアにはどうすることもできない。

 エレノアは小さく首を振ると手紙を元のように折りたたみ、封筒の中へと戻した。
 次は封蝋に隠されるように仕込まれていた、小さな紙切れへと手を伸ばす。
 これほどまでに細工をして隠すように届けられたのだ。
 恐らく何か重要なことが書かれているのであろうことがわかる。

 折り畳まれた紙切れを広げていくと、そこには驚きの内容が書かれていた。

 「ルクス様を、毒殺……」

 そこに書かれていたのは、宮殿内に裏切り者がいるということ。
 その裏切り者はルクスを毒殺するつもりであるという報告であった。

 エレノアは、なぜ父母がこのことを知らせたのかがわからなかった。
 このまま黙っていればルクスは近いうちに毒殺され、無事に第二側妃リリアンの推すルシアン派の勝利となる。
 だがこの両親の行動は、まるでエレノアにルクスの暗殺を未然に防いで欲しい、と頼んでいるようなものではないか。

 両親からの手紙には、肝心の裏切り者が誰であるのかは記載されていない。
 そこまでのリスクを負うことを恐れたのだろうか。
 だがエレノアには何となく心当たりがあった。

 (確信はないけれど、恐らくあのお方が……)

 エレノアの中で二つの気持ちが入り混じる。
 このままルクスを見殺しにすれば、内戦は第二側妃派の勝利となり、自分はモンターン公爵家に戻れるだろう。
 アルマンとの結婚は不可能になったが、元々勝手に親同士が決めたこと。
 エレノアにとっては全く関係ない。
 両親とともに、モンターンの領地を維持していくための勉学に励むのも良いかもしれない。

 だがもう永遠にルクスはいない。
 その声で名を呼ばれ、優しく触れられ、強く抱きしめられ、強引に身体をつなげられることも無くなるのだ。

 (どうしたの……それでいいはずじゃない。愛などとっくに捨てた。わざわざまた同じ辛い思いをしに行くというの……? )

 自分の中での感情がぐちゃぐちゃになり、答えが見出せない。

 『エル……』

 切なげに、弱々しくエレノアの名を呼ぶルクスは非常に脆く、今にも壊れてしまいそうな様子であった。
 自分が見殺しにする形でルクスを失ったら、一生その罪悪感と喪失感を抱えて生きていけるのだろうか。


 ……ではもしルクスを助けたら?

 間違いなく実家のモンターン公爵家とは絶縁になるだろう。
 そして、モンターン公爵家はサリアン派の中でも非常に気まずい立場となることも分かりきっている。
 特にアルマンや第二側妃リリアンの実家でもあるマキシウム公爵家は、両親に辛く当たるだろう。
 マキシウム公爵家からの鉱石の供給によって、モンターン公爵家の家業は成り立っているのだ。
 私怨に身を任せて、その供給を打ち切ると言われてしまったら、どうなるのだろうか。

 エレノアにはどちらの答えも選ぶことができなかった。




 「食事を……共に? 」
 「ええ。ルクスが、良ければ……」

 エレノアがその名を呼び捨てにしない限り、毎回のように拗ねて機嫌が悪くなるルクス。
 遂に彼女も諦めてルクス、と呼ぶようになった。
 そんなエレノアに対し、ルクスは満足気だ。

 あの日以来、その宣言通り彼女と同じ部屋で眠ることにしているルクスであったのだが。
 いつものように起床し身支度を整えていたところ、唐突にエレノアからこう切り出されたのだ。


 結局エレノアには決断できなかった。
 だからその代わりに、できる限りルクスのそばにいようと決めた。
 毒殺ということは恐らく食事に毒が混ぜられる可能性が高いだろう。
 ルクスの食事に同席することで、少しでも怪しい動きがあれば気付くことができるかもしれない。
 
 これがエレノアなりの答えであったのだ。

 正直ルクスを失うことが怖い。
 再会してからの短期間で、ルクスへの想いが少なからず大きくなってしまったことに気付いていた。
 かと言って彼の側で寵妃として一生を終える覚悟もできない。
 答えが出ない今、自分にはこうするしかないように思えた。
 

 一方突然のことで、ルクスは瞬きしながらエレノアを見つめる。

 「あの……ダメなら……」
 「いや! ダメなわけがない! ぜひ今日から共に食事を摂ろう! 」

 無言を拒否と捉えたエレノアが引き下がろうとすると、その言葉に被せるように食い気味でルクスは賛同した。

 「エレノアのためなら、たとえ執務が溜まっていても無理矢理切り上げる」
 「……それはいけませんわ」
 「大丈夫、シオンあたりに任せておけば……」
 「シオンが不憫です」
 「エル、あいつの心配などするな。また妬けてしまう」

 ルクスはそう言うとエレノアの首元に顔を埋め、うっとりとするように目を閉じる。
 一体今の会話のどこに嫉妬する要素があったのだろうか、とエレノアは呆れた。

 「お前の香りは落ち着く」
 「っ……またそのようなこと」
 「本当だ。そばにいてくれるだけで、俺は生きる意味を見出せる」
 「ルクス……」

 ルクスはエレノアの髪を耳にかけると、触れるか触れないかの口付けを落とした。

 「この戦いが落ち着いたら、幼い頃のようにまた川原に行こう」
 「え……」

 かつてシオンも含めた三人で毎日のように通った思い出の場所だ。

 「また、エレノアに花冠を作りたい」
 「……覚えていたのね」

 モンターンの屋敷にしまいこんでいた古い花冠。
 捨てるに捨てられず、もはや枯れ果てているのにそのまま取っておいたことを思い出した。
 
 「当たり前だろう。今度は花冠だけでなく、本物の冠をお前にかぶせてやる」
 「ルクス、それは無理よ……サリアナ様はどうなるの……? 」

 あの日のサリアナの様子を見るに、彼女もまたルクスに強い想いを抱いていることは明らかである。
 ……エレノアに対するアルマンのそれと同じように。

 「サリアナのことは、本当にすまなかった。元はと言えば、俺が曖昧で投げやりな態度をとっていたせいなんだ。責任をもってハルン侯爵家と話し合いをする。だからエレノアは何も心配しなくていい」
 「サリアナ様からしたら、私は憎たらしい女だわ。あなたを横取りしたように思われても仕方がないもの」
 「俺の心は最初からエレノア、お前のものだ」

 サリアナに申し訳ないと思いつつ、ルクスの真っ直ぐで強い愛を心地よいと感じ始めている自分が怖い。
 自分はいずれこの愛を手放すことはできるのであろうか?


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お読みいただきありがとうございます!
短編【R-18  ヴァンパイアの幼馴染は私をご所望です】を掲載いたしましたので、よろしければそちらもお読みいただけたらなと思います♪
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