リリアン

まつり

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梨の王

逃避行

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「もう、うんざりだ。
宗教的に鉄を嫌うなんざ、どうかしてるだろ。

確かに木は燃料として使い過ぎて数を減らしているけどさ、鉄とは関係ないだろ?

この使いにくい、石とか木のナイフとか弓矢とか。
こんなもので、戦おうとしてるんだぜ?
人の命よりも木の方が大切みたいだ。

僕らだけか?
僕らがおかしいのか?」

宗教国ファーデンの教義は木の保護と鉄の否定だった。

それだけを聞くと牧歌的な平和な国を想像するだろうが、それに反して過激な思想を持っていたその国のやり方は度々時間を起こしてきた。

テロ行為を内部に入り込みながら行い、被害と恨みと教義とをばら撒いている、そんな国だった。

始まりは彼らが神木として居る木が、工業化と共に進んだ鉱毒の流出により腐り落ちたことが始まりだったことらしい。

燃料石や蒸気石と呼ばれる物質が発見されてからしばらくして、利用される研究が進むに従ってからの近代化は目覚ましく、始めた国はまだしも後追いの国の焦りは早急な発展を求めるあまりに各地に歪さを残した。

蒸気石は加熱するか、もしくは圧力を加えて高温にすると、ミストを吹き出し体積が大きく膨れ上がる。
その性質を利用してピストン等を動かす技術が発展していた。

ミストに毒性はないが、動力が発達し馬力が増すと他の金属の加工も盛んになり、それに利用される大量の水に混じった重金属が毒の原因だと推測されている。
その金属の中でも鉄とそれに合成されることの多い鉛が、ファーデンがより嫌う象徴的な金属となっていた。

鉄を嫌うとはいえ武装はもちろんしており、武器としては石や木を加工したものや、鉱石を調合した火薬を利用した爆発物。
薬品で鉄を腐らせたり毒物を使用したりで武装に不足はなく、彼らが語るほどの戦力不足は感じさせはしなかったが、前戦で肉弾戦となれば武器の強度で劣ることが多く、それが原因となっての軽重の負傷や死者が発生する事もあったので、軽視されてると感じても仕方ない状況ではあった。

しかし一番恐れられているのは、内部に入り込んでのスパイ工作や破壊活動で、音もなく取り込み崩壊させるその手腕は見事なものだった。

彼双子のピアードとアプリードの兄弟は、それを不満に思っているのを隠しもせず、軍内で規律違反を起こすことがあった。

秘密警察という潜入調査などを行う内密な部署にいるので規律違反がやむを得ないことがまま有ること、両親が熱心なファーデン信者ということが相まって、特段危険視はされていなかった。

そうした中、ある夜に彼らは脱走を図る。

出入り口は厳重に管理されており、徒歩で抜け出る事は不可能。
それならばと計画したのは空からの脱出だった。

地道に布を集め、黒く染め、縫い合わせて、簡単な気球を作っていた。

布は兵士の彼らが気軽に集められるものではないので、もう1人協力者がいた。

幼馴染で、妹の様な存在のミモザだ。

自分のもの以外の兵站に触れる機会の少ない双子とは別で動き、目を盗んでは物資を渡してくれていた。
ミモザ自身は、単に物資の優遇程度だと思って居る様だが、それは兄弟がなにも話していないからだった。
もし途中で他の人に発覚した場合、ミモザを巻き込むのを避ける為だった。

ミモザには恋人のイセリアがいるので、詳しく話すことにリスクがあったのもある。
話している分には良いやつだが、宗教的にどの程度の信者か分からないのだ。
宗教国でその類の話題を出す事は常に危険があった。
誰がどの程度、許容しているかが全く分からないのだ。



「目処はたったからよぉ、兄貴。
あとは風向きとか逃げる方向とか、そっちも考え始めねぇと。
考えなしで逃げたって俺らは誰かに捕まるか、騙されるか、遭難するか、そのどれかになるだけだぜ?」

「うん。
イセリアは軍略兵科だろ?
相談しよう。
逃げるのに理想的なルートとかも、知識がない僕らが勘で動くより、地図とか気象も頭に入ってる人に頼った方がいい。

詳しくは伝えられないけど、僕らの任務はそういうものだから不信感はもたれないだろう。

そういう他の仕事の話として人目につかないルートを割り出してもらおう。」

逃亡ルートだと伏せたままイセリアに聞いた気象条件と方角を考えた結果、5日後は風が強く吹き、月明かりもほぼ無い理想的な環境だと言うことが分かった。

西側へと流された場合、砂漠に捕まる可能性はあるが、その手前にも大きな街がある。
そこへと辿り着く事が出来れば、それからは何とかなるだろう。
何せ、潜入は専門としているのだから。

「なんだよ兄貴。
音楽が盛んな街だからそこへ行きたいのか?
本当はもう少し離れた歌姫の街にでも行きたかったんじゃねぇの?」

「いや、うん、そうだな。
趣味で目的地を決めてはいないけど、僕はヴァイオリンを弾けたら嬉しい。
ここではそれも難しいからね。

…ピアードは、何かしたいことはあるか?」

「どうかな。
切った貼ったは嫌いじゃねぇから、自分が信じるものに賭けられるようなそんなものをまず見つけたいかな。
兄貴がもしも、天才ヴァイオリニストだったら、俺が矢面に立ってやるよ。」

そう話して、二人は笑った。

作業はかなり急ぐが、それより良い条件は中々なさそうだ。
闇世に紛れて気球を飛ばして中立国へ逃げる。

「ミモザはどうすんだ?

アイツはイセリアも居るし大丈夫だと思うけど、俺らが居なくなったら、ミモザが疑われたりしねぇかな。」

「…わからない。
俺らと行くのも相当なリスクがあるし、今のところミモザには俺らの逃亡を話していないからな。

どうするか…。
話すのが筋だと思うが、知らせるだけでもアイツにリスクが生まれる。
話さないのも優しさだと思う。」

「置き手紙置いていく訳にもいかねぇからなぁ。
ま、話さないでいいか。
二度と会えないって決まった訳じゃ無いしな。

知らないなら知らない方が良いのは賛成だ。
知らないとは言え、片棒担がせちまってるのが心残りだけどさ。」

それからの五日間、訓練の合間に少しずつバレない様に、食糧や水などの物資を運び入れておいた。

気球は急拵えなので、どの程度安定して飛行してくれるかが分からない。
最悪墜落したとしても、何日か動ければそれだけで生き残って亡命できる可能性が高まる。

どうせこの国でしか使えない金は、この後迷惑を掛けるであろう両親とミモザに適当な名目で渡しておいた。
資金は幾つかの金粒と宝石だけを持って、それを換金する予定だ。

七年も碌に使う暇もなく軍役についていたので、二人分ともなれば、そこそこの金額が貯まっている。

故郷には名残がないと思っていたが、いざ決行するとなると、やはり心残りはあるものだと分かった。
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