リリアン

まつり

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梨の王

逃避行 ②

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当日、昼からイレギュラーな出来事が続いて抜けられる暇がなく最終点検は出来なかったが、それでも気象条件的に今夜しかない。

兵舎が寝静まった後に墓地へ行き、気球を隠しておいた、まだ使われていない空の墓から布部分を引き出し、廊に隠しておいた籠と物資を運んで結び、火を入れた。

これですこし待てば浮き上がるはずで、ある程度浮くことができれば、星空に目立たない程度の火の光しか漏れずに逃げられるはずだ。

「ここまで二年か。
大分かかってしまったな…。」

「おぅ。

脱出しても幸せとは限らねぇけど、な。
それでも受け入れられないモノを信じる事を強制されるよりは、俺はいい。

もしこの気球が空で爆発したとしても受け入れるさ。」

「お前…。
縁起でもない事を言うなよ。
でも、僕もわかるよ。
ゴミの様な任務で、信仰がどうとかで使わされてさ、捨て駒にされて消えて行った仲間がいる。

僕はせめて、自分の命を自分が大切に出来るところで生きたい。」

気球は二人の思いが込もるかのように膨らんでいく。

バレにくように闇夜を選んだ。
星は瞬いているが月は出ていないので、墓地に歩み寄る人影も闇に紛れていて、それに兄弟は気づかなかった。

「本当に行っちゃうの?
寂しいよ居なくなっちゃうの。」

心底驚いたが、何処か納得していた。
ミモザは妹のようなものだ。
いつまでも隠し事が通用する訳が無かった。

「ミモザ。なんだよ…悪かったな。
俺らの事は忘れろ。
最初から居なかったと思ってくれて良い。」

カゴに浮遊感が生まれた。
いよいよ浮き上がってきたようだ。

「すまないな、ミモザ。
イセリアと仲良くやっていくんだぞ。

お前の幸せを祈っているからな。」

「なんでよ。
ファーデンがそんなに嫌なの?
家族も捨てるくらい?」

2人は知らなかった。
幼馴染の女の子に、ファーデン国民として信仰心がある事を。

浮き上がって行く気球。

なにも言うことが出来なかった。
信仰が悪い訳ではなく、戦場には信じられる神が居なかっただけだ。

信じられないものを信じている人達の中で生きていけない、それだけだ。

気球から垂れるロープを拾い、掴んだまま、ミモザはまだこちらを見ているようだ。

それも段々と闇に溶けて行く。

「引き帰せないの…?」

闇からの声に応えず、ピアードはロープを切った。

「裏切り者。」

兄弟はそれを聞いても何も思わず受け入れた。
ミモザから見たら正しくそう見えるだろう。

裏切られているといえば、既に戦場で彼らの神に裏切られている。

パサ、と切ったロープが地面に落ちる音がした。

もう繋ぐものは何も無い。
このまま風に流されて生きて行くだけだ。

「打って!」

闇の中から聞こえた怒声はおそらくミモザのものだ。

生まれて初めてヒステリックな妹の声を聞いたが、それを気にしている場合では無い。

カゴにバチバチと何かが当たる音がする。
パラパラとカゴ内に何かが入ってくる

何か攻撃をされて居る。

「なんだよ弾か?
…やべぇかな。
いや、ツルを編んだだけの籠すら貫通してないんだから、大した脅威じゃないか…。

なんか撃たれてるんだろうな。
上への攻撃はあんまり効果的じゃねぇのに、それも知らないって事は…。」

「ああ、軍人じゃないミモザとイセリアだろうな。
確信も持てなかったし、説得する気もあったから軍を呼んでいなかったんだろう。

命拾いしたな。」

複雑な気持ちだ。
攻撃してきたと言うことは、軍人の彼らにとっては死んでも良いと思われたという事だ。
信仰を捨てたならば、仲良くしてた兄達でも、嫌悪する敵に。
それが嫌だったというのに、最後に妹分に見せつけられた。

風向きや天気に嘘はなかった様で、浮いてからは安定していた。
もう見つかりようが無いくらい進んだはずなので、2人とも浮遊感に微睡みながら黙っていた。

それでも、忘れていた事もある。

飛び立つ墓地にミモザが来たということは、気球もバレていたということになる。
決行前に点検が出来なかったのは、昼はミモザに、夜はイセリアに呼び出されて、飯を食いに行ったからだ。

2人は偶然だと思っていたが、もちろんそんな事はあるはずがない。

3時間程度経った頃、上の方でパツン、パツンと軽い音がした。

急いで確認すると、気球が裂け始めていた音だった。

「…ミモザかな。
切れ目入れてやがったな…くそ。

飛行は不安定になるかもしれないが、墜落する程ではないな。」

多少の穴では気球は問題ない。

そう思った次の瞬間、猛烈な煙が発生した。

「なんだ!
クソ!」

煙の元は分からないが、この量だ。
蒸気石しかありえない。

「蒸気で火は消えないよな!?
なんの嫌がらせだ。
くそ!
そんなに殺してぇかよ!」

「最後に打ち込んできたやつだろう!
弾じゃなくて蒸気石だったんだ!

おい!
まずいぞ!
このガスは、空気より軽いし熱でさらに増える!

バルーンが弾けちまうぞ!保たない!」

裂け目が広がり、ゆっくりした墜落が無軌道な回転に変わり落下して行く。

落下の途中でピアードがカゴから放り出されそうになったが、なんとかしがみついた。

「兄貴!
どっかに捕まれ!
立ってられるもんじゃねぇなこれは。」

鳴り響く風と蒸気とで、なにも見えないし聞こえない。
揺れる籠では確認したくても立ち上がる事は出来ない。

「クソ!」

暗い闇夜で目の前が真っ赤に染まる。
単に怪我をして血が目に入ったのか、怒りの余りか、前ゆく気球の色か、思い返してもはっきりとはしない。
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