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梨の王
ファーデン ②
しおりを挟む新たな国は父子ホールドウィンを中心に纏まっていた。
彼と彼の子、この場合は教え子の事だが、彼らは各地に散り思想を強めていった。
議会はもちろん一度テロに近い形で無理やり建国した彼らを危険視していたし、隣国が急に建ったことで兵を差し向ける意見も出たが、そうはならなかった。
ファーデンを挟んで向こう側の国が大崩壊を起こしたのだ。
その国では雨が降り止まなくなり、病気が蔓延して作物も育たなくなった。
王国もファーデンもその対応にあたり、歪みあっている場合ではなくなったのだった。
黒く染まった国の王はそこから出る事が出来ないようだったが、大量の移民が発生してファーデンと王国へ雪崩れ込んで来た。
ホールドウィンは医学に長けており、その弟子も当然知識を収めていたので対応に苦慮しなかったが、王国は対応しきれなかった。
規模が違う国なので、始めは王国の方へと大量の人が向かったが、逃げ出して来た貴族を優先し、避難民への対応が遅れた事で治安が大幅に悪化。
それを押し付けるようにファーデンとの国境近くの領地へと、兵士を差し向けて避難民を追いやっていった。
さて、何故ファーデンでは避難民の受け入れが順調に進んでいたのか。
まずは先程の理由、医師の知識を持つ人間が多かったこと。
そして、ボロボロになって逃げて来た人を受け入れる教育が行き届いていたこと。
なにより一番大きかったのは、大量に梨が植えられていた事だった。
丁度時期的に梨の木には実がなっており、普段は食べられるだけ食べた後に加工して果糖にしたり、ドライフルーツにしておやつや保存食にされていたのだが、国民が植え続けていた為に大量に余っていた。
ホールドウィンの逸話と土着信仰が合わさり、余計に大流行した梨の木の植樹は進み、どの家庭にも1本はあって、実ったら日頃の感謝を込めて隣家に送り合う文化が出来ていた。
それを避難民にも惜しむことも無く分け与えたのだ。
空腹でもなくなり、街の発展に協力し始めた避難民は、ファーデンの教えを受け入れる様になる者が大多数であり、平和な暮らしが出来るようになって喜んでいた。
そんな様子は当然国境の領地に厄介払いされた避難民にも届き、無理矢理国境を越えようとするもので溢れかえり、国境は崩壊寸前となった。
ホールドウィン達はその様子を見て、自国の避難民達と共に国境へ攻め入った。
名目は虐げられた人達を悪国から救う為。
何万もの民衆が兵となり国境の領地を飲み込み、またファーデンは大きくなった。
規模で言えばファーデンと王国の差がかなり少なくなっており、腐敗した王侯政治と気鋭のファーデンの実質的な差はどんどんと広がっていった。
王国民にもかなりホールドウィンの教えは広がっていき、戦えば確実にファーデンが勝つだろう所まで来た時期に、ファーデンから使者がやって来て、ホールドウィンからの手紙が届いた。
誰もが宣戦布告かと思ったが、国を分けたまま政治を同調させないかといった内容だった。
世論にかなり押されていた王国は、城を国府として独立性を保ったままという条件でファーデンと合併することになる。
そうして現在の宗教国家ファーデンが出来上がった。
貴族は国府に飲み込まれ、領地は無くなったが、権威という虚飾だけは残っている事に安堵し、飼い慣らされていく事になる。
この時点でホールドウィンの復讐は終わった。
無能を飲み込み、有能を上に据えて世論に方向を任せる。
夫婦の思想の結実を見送ると、半引退状態となり政治から一線を引いて、教育に力を注ぐようになっていく。
◆
「すげーなこの人。
結局戦いにはなってないのな。」
「そうなんですよね。
教育で誘導して、正しい行いで尊敬を集めて味方を増やし、弱者に寄り添ってそれを食い物にしていた人達を蚊帳の外にする。
それだけなんですよ、纏めちゃうと。」
「言うのは簡単だけどよ…。
あれ?
梨の木腐り落ちてないな?」
「ええ、ホールドウィンの時代には起きなかった出来事なんですよ。
厳密に言うと、彼の最期の時までは。」
ハッとしてアプリードはパラパラとファーデンフロイデを捲り始めたが、目当ての文言が見つからないらしく、何度も行ったり来たりを繰り返している。
「…ない。
悪魔のリンゴが師父を殺した。
それがない。
有名な文言で、絶対入っているのに。」
「そう、それが現在の過激派の源です。
貴方の国では、リンゴはどういう扱いでした?」
「梨から裏切った果実。
恥だけは覚えているから、酸っぱく赤い。」
リリアンは指をパチンと鳴らすと別の本を持って来た。
「ホールドウィンが本に書かれるような活躍をするのは、ここまでですが、もちろん国はまだ続きます。
これは、彼の教え子の日記のようなもので、ホールドウィンの最期をどう見たのかが描かれています。」
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