リリアン

まつり

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梨の王

歴史に残らぬ空白期間 その2 ④

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実のところホールドウィンは珍しい苗字ではあるが、偶にある。

ファーデン以外では神聖視される事もないが、ホールドウィンが王家から降った家なので、それについて来た家臣は皆ホールドウィンだし、そこからかなりの年月が経っているので、そこらに居る。

よって、大層な名前で紹介されたアプリードも浮く事はなく、むしろ実家が太めな楽団員のなかでは馴染むくらいだった。

25歳ほどのアプリードは新人というには年嵩がいっているが、腕が立つのがわかると受け入れてくれた。

つつがなく演奏も終わり、楽団員もあとは来客達と会話に混じる。

ここで少し困ったことが起きた。

楽団ファンには新ヴァイオリニストのアプリードは目立ったが、それだけでは無く団長の目に留まってしまった。

リリアンの所で身につけた社交と優雅な振る舞い。
スパルタで叩き込まれたヴァイオリンの腕は中々のものだったし、リリアンがくれたヴァイオリンはかなりの名品だった。

謎の新人、腕も見目もよく気品があり、持ち物は名品。

ヴェン団からねじ込まれた時は何事かと思ったが、単純に腕前がいいのが場末に居たから表に出そうとしたのだと思われた。

ヴェン団の団長の趣味はそういう芽が出ない有望な芸術家を表に引っ張り出すことだというのは割と有名な話で、芽が出た後はファンとして楽しむだけで、マフィア的な接し方はしない事でも有名だった。

なので楽団長はマフィアの事を忘れて、アプリードを引っ張り回した。
最初は顔を売るチャンスだと思ったアプリードも、普通に自慢の団員として扱う団長に合わせてしまい、特に女性を口説くタイミングもないままに野郎のファンだけが増えた。

全く必要などないのに。

途中からは何故か団長と飯を食い、団長と酒を飲み、団長と合奏したりしていたが、何故だか普通に楽しんでしまい、部屋に招待されてしまった。

団長の事を男色か一瞬疑ったが、陽気な様子からはそんな空気は感じないので、単純に気に入られ過ぎただけだろう。

アプリードも団長の陽気さを気に入ったし、お酒も入って楽しくなっていたので、ポロッと、記憶喪失だったらしいことを話してしまった。

大号泣しながらアプリードの身の上話を聞きながら酒をガブガブ呑み、ベロベロに酔った団長は前後不覚になってしまった。

なので仕方なくアプリードが送る事になった。

途中でギルがやって来て団長の家まで案内してくれるらしい。

「兄貴が大笑いしてましたよ。
旦那が女に行かないで、オッサンに連れまわされてんだから。
でも、ちょっと喜んでも居ました。
楽しんでくれただけでも今回はいいって。」

アプリードはむず痒くなったが、もしこんな姿を見てピアードが楽しんでくれたなら、自分も嬉しい。

やっぱり双子なんだな、と思った。

それをギルに伝えると、最近張り詰めていた兄貴が本気で笑っていたから、自分も嬉しいと言われた。

マフィアに居ると聞いて心配したが、いい仲間に恵まれたのなら悪くないかも知れない。



ギルの案内で辿り着いた屋敷は信じられないほど大きかった。

「あ、旦那、やっぱり知らなかったんですね。
この団長大物ですよ。
ギルバート・ハンバート、大貴族です。

今日の主役の1人だったんですよ。」

アプリードにとっては気のいい酔っ払いだったが、屋敷を見るに本当らしい。

ギルはもう帰ってしまったし、こんなデカい屋敷の訪ね方が分からない。

とりあえず入り口に立っている人に話しかけると、門番のような役割だったらしく中に案内された。
通された応接のソファにギルバートを寝かせ、自分も向かい側に座ると、パタパタと寝巻き姿に上着だけを羽織ったお爺さんがやって来た。

「旦那様!
…あぁ、大変申し訳ない事をしました。
あまり深酒はなさらないんですが、楽しんでおられたのでしょうな。

失礼、私はハンバート家の家宰でございます。
旦那様をお送りいただいて恐縮でございます。」

「いえ、本当にお酒を召し上がられただけですので、朝には…いや、昼には起きると思います。

今日初めて楽団に参加させて頂いて、団長がこんな大きな御屋敷に住まわれていると知りませんでした。
楽しいお酒でしたが、話の中身は音楽のことばかりでしたので。

突然お邪魔して、作法に失礼があれば申し訳ない。

それでは、私はこれで。」

丁寧に挨拶をして帰ろうとすると、家宰に引き留められた。
家長のお礼もなく帰してしまうと家の名に傷がつくとかで、大層大袈裟に引き留められた。

また明日の昼頃伺うと言っても聞かず、客間に案内するので泊まって行けと言う。
こんな馬の骨を泊めるだなんてセキュリティはどうなっているのか、と心配していると、確かに本日参加した楽団員だと確認が取れていると言う。

大貴族の情報網とは凄いものだ。

仕方なく客間に案内されていると、途中で女性がやって来て挨拶をしてくれた。

「こんばんは、お客様。
ハンバート家の次女、シェリルです。
お父様をお連れいただきありがとうございます。

申し訳ありませんが、母はもう就寝しておりまして、私が代わりに挨拶させて頂きました。」

「これは、ご丁寧にどうも。
そんな畏まらなくて結構ですよ。
私は団長に本日お世話になった、アプリードリヒ・ホールドウィンと申します。

私も楽しいお酒でした。

少しだけ、私の方がお酒に強かったようで。
まぁ、音楽の腕前は団長の方が凄いので、ここは譲って頂くということで。

無作法ですみません。

また、明日ご挨拶させていただきますね。
…おや、もしかしてピアノを弾かれるなら、合奏などしてみますか?

はは。
では、また明日。」

家宰が再び歩き出すのについていくと、すぐに客間があり、扉を開くと今まで住んだどの寝所よりも豪華であった。

「もし、水など必要でしたらお声がけ下さいませ。
トイレはそちらの扉に。

…所で、なぜお嬢様がピアニストだと?」

「ご令嬢としては爪が短い割によく磨かれていたのと、細く長い綺麗な指、その割に筋肉のついた手のひらで。

長く練習した美しい手でしたよ。」

「そうでしたか。
やはり音楽家には分かるものなのですね。

…お嬢様が明日本当に合奏を願うかも知れません。
社交辞令だったのでしょうが、もし良ければお相手お願い致します。」

軽く頭を下げて家宰は去っていった。
部屋の近くに人の気配があるので全く警戒されていないと言うわけではないのだろうが、恐らく誰が来たとしてもこんなものなのだろう。

確かに社交辞令で言った。
単純に努力を少しでも分かってあげられたらと思い、そう伝えたので、真剣に受け止められると少し困るなぁ思ったがつい出てしまったので仕方がない。

身分違いなのにうっかりしてしまった。
いや、でもなぁ。
努力を見つけてもらえるのって、嬉しいし貴重だから、きちんと言葉にしておきたかった。
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