リリアン

まつり

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梨の王

歴史に残らぬ空白期間 その2 ③

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「じゃあ、俺がアプリードなのか?」

「あぁ、そうだ。
マジに記憶喪失ってヤツかよ、兄貴。
…大変だったろ。
いや、俺も大変だったけどさ、運が良かった。」



あれからすぐに戻ってきたアプリードと名乗る男の方がピアードだった。

彼は彼で、気球から投げ出された後にキャラバン隊に拾われ急死に一生を得ていた。

この街で回復を待ち、直った後の事を考えながらプラプラしている所をヴェン団の親父に拾われたらしい。

キャラバン隊はヴェン団の隊商だったのだ。

始めは下っ端らしく電話番なんかをしていたが、ある日絡んできた兄貴分をボコボコにしたらしい。

アプリードと同じく訓練された軍人であった彼に、生業にしているとは言え、街の腕自慢など相手にならず、連れてきた5人ともをきっちり畳んでから仕事の電話番を再開していると、親父が帰って来て事情を聞かれた。

素直に隠さず答えたところ、罰はなかった。
何処がかは分からないがなんだが気に入られて、逆にそいつが持っていたシノギを引き継ぎ、ギルを下につけて働いていた。

しばらくは借金の回収と、キャバレーの見回りをしていたが、ある時からマフィア同士での抗争が始まってからは、戦力として扱われるようになっていった。

銃もナイフも毒も徒手も訓練済みの軍人は相当な手柄を挙げたようで、みるみる地位を上げていき、正式にマフィアとなった後直ぐに地位が上がった。

しかしマフィア内ですら、ヴェン団ですら彼らを詳しく知る者はいなかった。

親父が特に気に入ったのは、ファーデンを脱走して来た、という点だった。
閉じた国のファーデンからやってきたその軍人のことを知る者はだれも居ない。
幽霊みたいなものだ。
過去を探れなければ弱みも探れない。
聞けばギルも他国の孤児で、その国では一定の孤児は戸籍がないらしい。

彼は親父の指示で本当の意味での無国籍軍団長となり、ヴェン団の内部の腐敗を潰して回る仕事になった。



「つー訳でね。
汚れ仕事もあるけど、気楽なもんだよ。
兄貴もやるか?
歓迎するよ。」

「いや、俺にも目的があってな。
ところで、なんで俺の名前を使っていたんだ?
素直にピアードで良かったろ。」

「…こんな仕事なのに兄貴の名前使ったのは悪かったと思っているけどよ、始めはここまでじゃなかったしな…。
兄貴がまだ生きてるんじゃ無いかと思って、同じ名前で同じ顔なら、どっちかの知り合いが勘違いして話しかけてくる可能性があると思ったんだよ。
俺の事は前みたくピアードって呼んでくれていいから。
その内名前も戻すかなぁ。
兄貴は見つかったしよ。」

「はは。
そうか、実際今回はお前だと思って話しかけられてここに辿り着いたからな。

ほら、あの角のバーだ。
ボラれそうになって返り討ちにしたら、なんか帽子を被ったヤツが詫びに来たんだよ。」

「あ?
なんであそこのヤツが俺のことを知っているんだ?
それもヤサまで。
…キナくせぇな。」

「兄貴、あそこのバーは、ほら、親父の兄弟の…。」

「あぁ!
そうか!
なら問題ねぇや。

あそこは親父の兄弟がやっててな。
情報屋の店だ。
普段からボッてるが、客の反応見るためだって言ってたな。

兄貴も試されたんじゃねぇ?
一応別のファミリーだしな。」

「そうなのか。
いや、ならいいんだ。
兄弟を探していたが、新しい生活をしていたら迷惑がかかるかも知れないとは思っていたんだよ。

俺も焦っていたんだなぁ…。」

「ところでよ、俺の仲間にならないのはいいんだけど、一人でなにをするつもりなんだ?」

アプリードはカバンから本を取り出すとピアードに渡した。

「おい、ファーデンフロイデじゃねぇか。
舐めてんのか?
これが嫌で俺らは逃げ出して来たんだろうがよ!
あのクソみたいな組織に戻るのか?」

「それはな、ピアード。
原典に近いものだ。
開いて読んでみろ。
古いヤツなんだよ。」

机をガンッと蹴り飛ばしたが、ピアードは一呼吸して本をめくり始めた。

「兄貴、これ。
…俺らの知ってるヤツじゃねぇな。
受け入れるって話じゃねぇけどよ。

全然中身が違うな…偽物…?
いやそんな訳…ない。
印章の彫りは本物だろ?
あ?なんでだ?」

アプリードは図書館で知ったファーデンの変遷をピアードに話した。
にわかには信じがたい内容も含まれていたが、目の前にある、古いファーデンフロイデが説得力を増した。

「それで、兄貴のやりたい事ってなんだよ。」

「革命だ。
ファーデンを元の教義に戻す。
戦争を止めるぞ、俺は。

先ずは情報を集めるのと、有力者かその娘に近づく為にこの国に来た。
お前と会えたのは僥倖だ。
先にミモザや親父達と会っていたら、パーになる所だった。」

「やり方は考えてんだな。
教えろよ。
噛ませろ。
金じゃねぇ、誇りだ。
誇りにかけて兄貴を助けてやる。」

アプリードがコートとシャツを脱ぐとピアードとギルは目を剥いた。
肩から木が生えているからだ。

「なんすか、それ、旦那。
マジだったんすね。
冗談かと思いましたよ。」

「…梨の木か。
偶然生えて来たのか?
…そうか。
ならやれるかもな。」

「生えて来たってなんだよ。
多分刺さったヤツが定着したって言ってたぜ、助けてくれたやつは。」

「しらねぇのか?
いや、覚えてないだけか。
ファーデンでは生まれて来た子供に梨の種を植えるんだ。
まぁ、大体は健康を祈って飲ませたりするんだが、由来がホールドウィンの魂を植え付ける為って話らしい。

つまりは、兄貴はホールドウィンの遺志が芽吹いたって言い張れる訳だな。」

それは大きな大義名分だ。
しかし、確かにホールドウィンの遺志は自分に宿っていると言っていい。
弟とも会えた。
それだけで十分だ。
心が奮い立つ。

「腹が決まった。
ピアード、マフィアなら金持ちのパーティを主催しているだろう?
俺も招待客として招き入れろ。

そこにいる大物の娘をモノにする。

出来るか?」

ピアードは机から乱暴に石を取り出すと機械にセットして、レバーをぐるぐると回し始めた。
画面には情報が浮かび上がり、彼の仕事内容が記録されているようだ。

あぁ、そういえば紙や本は貴重なのだったな。
本の森にいたから忘れていた。

「…中々いい条件がないな。
例えばよ、兄貴が楽器を弾けるとかだと楽団に潜り込ませるんだが、警備に入れたって仕方ないしなぁ。
俺と間違われるし。

あれ、ヴァイオリンは弾けたっけ。
いやでもプロレベルでは無いだろ?

どーすっかな。
先に親父に…いや、親父は兄貴を気にいるな、後の方が面倒じゃねぇか。」

「楽器なら出来るぞ。
上流の交流に必要だからな。
ヴァイオリンは深めに修めてきた。
本来ピアノにするべきだったんだろうが、図書館にはなくてな。

子供の頃の手習も役に立つもんだと思ったよ。」

「やるじゃん
ならそれで行こう。

それで、兄貴の名前はなんで登録しておく?」

「アプリードリヒ・ホールドウィン。」

「…やるぅ!」
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